イギリスは石炭に回帰する

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著者:アンドリュー・モントフォード、ディレクター、ネット・ゼロ・ウオッチ

訳 :杉山大志  キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹

本稿は、アンドリュー・モントフォード

The UK is going back to coal
https://www.netzerowatch.com/all-news/the-uk-is-going-back-to-coal
を許可を得て邦訳したものです。

風が吹かず、太陽も照らないとき、私たちはいわゆる「確実な設備容量(firm capacity)」に頼って照明を点灯し続けます。英国では、それはガス火力発電所と原子力発電所を意味し、それ以外にはほぼ何もありません。ドラックスにある巨大な木質バイオマス発電が唯一の顕著な例外です。

残念ながら、ガス火力発電所と原子力発電所の両方とも、いまでは非常に古くなり、その設備容量の多くは寿命に近づいています。規制当局は一部の原子力発電所の稼働延長を許可していますが、2028年以降は永久閉鎖となる可能性が高いです。一方、ガス火力発電所の設備容量の3分の1以上は、今後5年間で廃止となる見通しです

これらの発電所が代替されないか、寿命が延長されない限り、遅くとも2030年までに我々は発電容量不足に直面します。これは最もましなシナリオでも電気料金の高騰を意味し、最悪の場合には電圧低下、言い方を変えれば電力の供給制限(ブラウンアウト)が発生します。これは恐ろしい見通しです。スペインが最近のイベリア半島大停電で痛感したように、電力供給が途絶えれば人命が失われます。

しかしいまのところ、代替する電力供給の確保は困難です。風力や太陽光が大量に送電網に流入しているので、ガス火力や原子力発電所の新規建設には誰も投資したがりません。新規発電所の建設も既存発電所の改修も、もはや採算が合わなくなっています。

理屈の上では、補助金でこの問題を解決できます。政府の容量市場入札では新規の容量がほとんど生まれていませんが、もしも上限価格を撤廃すれば、理論上はリスクを取る者が現れるかもしれません。

しかし実際にはこれは起こりません。世界における新規のデータセンターからの電力需要急増によって、ガス火力発電所の新設にかかるリードタイムは、現在、8年もの長期になっているからです。原子力発電所のリードタイムはさらに長いものです。韓国は最短8年で完成させましたが、他の国では、はるかに時間がかかります。そしてここ英国は、何を作るにも永遠の時間を要する国です。

いずれにせよ、新規のガス火力発電所や原子力発電所の稼働は遅すぎて、英国の電力供給逼迫を回避するには間に合いません。

では必要な時間範囲内で供給を実現する選択肢は何でしょうか?重要なのは――こっそり言いますが—―石炭火力発電所の導入が可能かもしれないことです。政治家にとっては極めて苦い選択となりますが、停電が起きることを釈明しつづけるよりは、おそらく受け入れやすいでしょう。一部の方には突拍子もないことに聞こえるかもしれませんが、危機的な状況下においては、ドイツ緑の党でさえ「黒いもの」の必要性を受け入れざるを得なかった事実を思い出す価値はあるでしょう。

石炭火力発電所にはおそらく補助金が必要となり、稼働することの保証も求められるでしょうけれども、ベースロード運転をすれば、新規の原子力発電よりも低コストになります(ベースロード運転がなぜ重要かといえば、石炭火力発電所はガス火力より資本費がはるかに高い点にあります。常時稼働しない限り、売電価格を大幅に引き上げざるを得なくなります)。

理論上、石炭火力発電設備は約3年で導入が可能です。しかし実際には、これは絶望的なまでに楽観的すぎます。というのは、英国の官僚的・規制的硬直性と環境活動家の妨害があるからです。しかし今すぐ着手すれば、発電容量不足を回避できるタイミングで稼働開始できる可能性はあります。

ただし、もう一つの重大な障壁を乗り越えられなければ実現しません。われわれは、石炭火力分野の専門家に対し「英国では将来性がない」と長年伝えてきました。このため、このような大規模の建設事業に対応できる適任な技術者を見つけることが難題となります。

他に何か方法があるでしょうか? ほとんど議論されていない興味深い選択肢が、いわゆる航空機派生型のガスタービンです。これは発電用に改造されたジェットエンジンです。非常に柔軟性が高く、再生可能エネルギーが支配的な我が国の狂った電力網が要求する運用に適しています。購入コストはやや高めですが、小型(例えば10万キロワット級)であるために多数の導入が必要となり、単価を交渉の余地は十分にあります。利点としては、基本的に「既製品」として購入でき、ほぼ直接送電網に接続可能なため、稼働までの時間が短縮され、専門技術者の必要性も低減されることです。

石炭への回帰やジェットエンジンの大量採用が、やや窮余の策に思えるかもしれません。それは間違いではありません。我々は非常に厳しい状況にあって、明りを灯し続けるための選択肢はほとんど残されていません。残された手段は、窮余の策だけなのです。さらに、こうした対策が何とか間に合って、災厄から我々を救うためには、現政権のエネルギー安全保障・ネットゼロ大臣であるエド・ミリバンド氏が今すぐ行動を起こす必要があります。