石炭火力の縮小が電力供給の強靭化に逆行する危惧


キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹

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 地球温暖化対策として、石炭火力の縮小を検討するという経産大臣の発表があった。これは経済的な影響のみならず、電力供給の強靭性を損なう危険がある。なぜなら、送電網の中に、出力の安定した石炭火力発電所が複数あることで、感染症、自然災害、テロ、紛争などの複合リスクに対する強靭性が高まるからである。石炭火力の縮小は、電力供給の強靭性を維持する観点からも、慎重な検討を要する。

1.石炭火力の縮小案への懸念

 地球温暖化対策として、石炭火力の縮小を検討するという経産大臣の発表があった。山本隆三氏の記事注1) で解説があったように、これは、電気料金の上昇を招き、コロナ禍で傷んだ経済を更に悪化させるという重大な懸念がある。更に、エネルギーミックスにおける石炭火力発電の割合が減ることで、安価で安定した電力供給が損なわれることも危惧される注2)
 本稿では、以上の懸念に加えて、石炭火力の縮小により、いま日本が切望している電力供給の強靭性が損なわれる懸念があることを指摘したい。

2.複合リスク対策としての電力供給の強靭化

 いま、電力供給の強靭化の要請が高まっている。コロナウイルス禍によって、電力インフラの安定的な運営が脅かされている。またこれと同時進行で、豪雨・台風・地震が重なる可能性が指摘されている。
 地政学的なリスクも高まっている。北朝鮮はミサイル実験を繰り返している。中国は東シナ海・南シナ海で軍事活動を活発化している。ホルムズ海峡では2019年に日本のタンカーがミサイル攻撃を受け炎上した。
 今後は、日本に対して、サイバーテロ、バイオテロ注3) を含め、テロ攻撃が複合的に遂行される可能性にも備えなければならない。そのような悪意ある攻撃は、何等かの自然災害のタイミングに合わせて発動されるかもしれない。現代では、大規模な軍事攻撃こそ稀になったが、低強度の紛争は頻発し、そこでは、電力インフラは攻撃対象になっている。ウクライナでは、電力インフラがたびたびサイバーテロの攻撃対象になり、2015年と2016年には大規模な停電が起きた注4) 。他方で、コロナウイルス禍は、感染症が経済社会を麻痺させることを実証し、バイオテロの脅威への認識が新たになった。
 高まる強靭性への要請を受けて、エネルギー供給強靭化法がこの6月に閣議決定された注5) 。そこでは、電力供給の強靭化については、(1)災害時の連携強化、(2)送配電網の強靭化、(3)災害に強い分散型電力システム、といったことが、法のポイントとして挙げられている注6) 。なお同法の背景となる政府の考え方は、エネルギー白書2020に詳しく記述されている注7)

3.火力発電が電力供給を強靭化する

 さて上記(3)の内容を見ると、太陽光発電・風力発電等の再生可能エネルギー、バッテリー、緊急時の送電網・配電網の独立運用などが言及されている。
 だがここでは、重要な視点が欠落している。それは、火力発電が強靭な電力供給に果たす役割である。
 大規模な火力発電所はもちろんのこと、小規模な火力発電所であっても、それが送電網に分散して配置されていることで、電力供給は、縷々述べてきた多様なリスクに対して強靭になる。
 このことは、一昨年に起きた北海道の大停電においても明らかになった。泊原子力発電所が停止したため、苫東厚真発電所1か所に発電能力が集中していた。その苫東厚真が震災に遭ったことで、大規模な停電が起きた。もしもこのとき、十分な数の火力発電所が道内に分散して稼働していれば、停電は回避できた筈だ。停電からの復旧過程においても、地震によって多くの不具合が発生した混乱の中で、不安定になりがちな電力供給を安定的に回復させてゆくためには、自然任せの太陽光発電や風力発電ではなく、自在に出力を操作できる火力発電所が不可欠だった。このうち、石炭火力としては、砂川発電所と奈井江発電所が活躍した注8)
 2011年の東日本大震災においても、津波で太平洋沿岸の発電設備が軒並み被災した中、日本海側と磐城に立地していた火力発電所が、停電からの復旧を支え、また夏場にはフル稼働して電力不足に対応した。このうち石炭火力としては、能代発電所、酒田共同火力発電所、磐城共同火力発電所が活躍した注9)
 エネルギー白書2020等の政府のエネルギー供給強靭化の記述において、強靭化のための分散型電源として、再生可能エネルギーが何度も言及されるのに、火力発電が出てこないのは全く奇妙である。太陽光発電や風力発電等の再生可能エネルギーは、そのシェアが増えると、むしろ電力供給を脆弱化する。特に、停電からの復旧時には、出力が不安定なためお荷物になる。他方で、火力発電が分散して存在すると、電力供給は強靭化する。

4.石炭火力が電力供給を強靭化する

 日本は一次エネルギーの約4割を石油に頼っており、その9割は中東に依存している。LNGは供給の安定性を増しつつあるものの、蒸発しやすいために備蓄期間には限度がある。原子力発電は、残念ながら、再稼働の見通しがはっきりしない。他方で、石炭の供給は安定しており、チョークポイントの制約も無い。
 コロナ禍と台風・豪雨・地震などの自然災害が同時発生することは、すでに現実味あるシナリオとして検討されている。もしそのタイミングで、領土的野心を持つ国が軍事的に攻撃してくるならば、日本の混乱を狙って、エネルギーインフラに対するサイバーテロやバイオテロも同時に仕掛けてくるだろう。それでも停電に陥らないためには、あるいは、仮に停電になったとしても、速やかに復旧するためには、火力発電所が国内に多くあった方が良いのではなかろうか。また、その燃料も、LNGや石油だけでなく、石炭があり、石炭火力発電所の貯炭場に何十日分かの燃料が置いてあることが望ましいのではなかろうか?

5.複合リスク対策として石炭火力を再評価すべし

 小型の発電所が経年化し維持費が高くなり、より技術が進み高効率化した大型の発電所でリプレースされてゆく、というサイクルは、かつて日本が辿ってきた道であり、また経済性がある。いま風に言えば、KWh、KW、△KWの全ての価値について、適切な支払いが為された上で、経済的判断のもと、小型の石炭火力発電所が減少する、というならば合理的である。
 だがいま日本政府が打ち出している石炭火力縮小の方針については、それが経済的に不合理な範囲まで踏み込んでしまうのではないか、という懸念があることは前述の山本隆三氏の指摘の通りである。
 これに加えて、本稿で提起したことは、複合リスクに対する、電力供給の強靭化の観点から、既存の石炭火力発電所は、仮に経済性がある程度失われていても、廃止しないほうが良いのではないか、ということであった。これを制度設計に反映する方法としては、例えば、発電設備の維持費用について、安全保障の観点からの支払いをすることがありうる。

注1)
山本隆三、「抑制すべきは石炭火力か電気料金か~石炭火力削減で電気料金はいくら上がるのか~」
http://ieei.or.jp/2020/07/yamamoto-blog200706/
注2)
拙稿 「日本の石炭戦略」
http://ieei.or.jp/2019/06/sugiyama190620/
注3)
厚生労働省研究班、バイオテロ対応ホームページ
https://h-crisis.niph.go.jp/bt/
注4)
NEC技報、重要インフラに対するサイバー攻撃の実態と分析
https://jpn.nec.com/techrep/journal/g17/n02/170204.html
注5)
経産省プレスリリース「強靱かつ持続可能な電気供給体制の確立を図るための電気事業法等の一部を改正する法律の一部の施行期日を定める政令」が閣議決定されました
https://www.meti.go.jp/press/2020/06/20200619001/20200619001.html
注6)
経産省電力安全課、エネルギー供給強靭化法案について 令和2年4月14日
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/hoan_shohi/denryoku_anzen/pdf/022_02_00.pdf
注7)
エネルギー白書2020 第1部 第2章 災害・地政学リスクを踏まえたエネルギーシステム強靱化
https://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2020pdf/whitepaper2020pdf_1_2.pdf
注8)
平成30年北海道胆振東部地震に伴う大規模停電に関する検証委員会中間報告
https://www.occto.or.jp/iinkai/hokkaido_kensho/files/181025_hokkaidokensho_chukanhoukoku_gaiyou.pdf
注9)
経済産業省、 3月11日の地震により東北電力で発生した広域停電の概要、平成23年9月10日
http://www.bousai.go.jp/kaigirep/chousakai/tohokukyokun/9/pdf/sub2.pdf