MEPC83(第83回海洋環境保護委員会)にて、「2023 IMO GHG削減戦略」の中期対策を基本合意
福田 泰弘
日本郵船株式会社 脱炭素グループ グループ長
国際海運は、国連気候変動枠組条約のパリ協定(2015年採択)のスコープには含まれず、IMO(国際海事機関)がGHG排出量削減の規制主体となっている。IMOは、GHG削減のためのロードマップの最初のマイルストーンとして、2018年に「船舶からのGHG排出削減の初期戦略」を採択し、2023年には更に目標を強化した「2023 IMO GHG削減戦略」を採択した。
「2023 IMO GHG削減戦略」
1. 目標レベル(Levels of ambition)2. 中間指標(Indicative checkpoints)
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- 新造船向けのエネルギー効率の更なる向上を目指す。
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- 2030年までに、CO2排出(輸送量当たり)を最低限40%削減(2008年比)。
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- 2030年までに、使用されるエネルギーの5~10%に対しZNZ(Zero or Near Zero)のGHG排出削減技術、燃料、エネルギー源を導入する。
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- パリ協定の1.5℃目標と整合し、出来るだけ早期に国際海運からのGHG排出をピークアウトし、2050年頃までに、GHG排出ネットゼロを達成する。
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- 2030年までに、GHG排出を20~30%削減(2008年比)。
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- 2040年までに、GHG排出を70~80%削減(2008年比)。
「2023 IMO GHG削減戦略」において、国際海運からのGHG排出削減に向けた短期対策に続き、更なる対策として2050年頃ネットゼロに向けた中期対策の議論が本格化した。
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- 短期対策:EEDI (エネルギー効率設計指標に関する規制)、SEEMP (船舶エネルギー効率管理計画書に関する規制)、DCS (燃料消費実績報告制度)、EEXI (就航船のエネルギー効率指標に関する規制)、CII (燃費実績格付け制度)の適用がすでに開始している。
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- 中期対策:GFI (GHG Fuel Intensity、船舶で使用した燃料のエネルギーあたりのGHG排出量[gCO2eq/MJ]であるGHG強度に関する規制がMEPC83(2025年4月開催)で基本合意された。
中期対策案についての審議では、主要途上国や産油国は燃料GHG強度規制での課金制度の導入に反対する一方、島しょ国は課金制度を導入すべきと主張し、長い間、意見がまとまらない状況が続いていた。MEPC83(2025年4月開催)において、すべての船舶に対する一律の課金制度ではなく、GHG強度に関する2つの規制値と基準値を設定し、船舶が使用した燃料の年間平均GHG強度を算定し、規制値と基準値に到達できなかった船舶についてのみ超過分に応じて負担金を課すという規制の枠組みに基本合意した。
「2023 IMO GHG削減戦略」の中期対策規制の枠組み
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- 2050年頃ネットゼロに向け、船舶で使用した燃料のGHG強度を段階的に削減する。
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- GHG強度の低い燃料、エネルギー源、技術などを使う船へのインセンティブを付与する。
上記案が2025年秋に開催される臨時MEPCで採択されれば、2027年3月に発効し、2028年のGHG排出分から規制が適用されることになる。
日本船主協会は、中期対策の承認について「これにより、外航海運は世界の産業界において、国際カーボンプライシングが導入される最初の業界となる見込みであり、かつ、制度は我が国海事産業界が一丸となって取り組むゼロエミッション燃料船の開発・普及を力強く後押しするものであるため、日本船主協会は今般の合意成立を歓迎する(後略)。」(2025年4月14日付)とコメントしている。
GFI規制
1. GFI規制の概要
国際海運としては初めて燃料のライフサイクル全体を考慮し、Well to Wake(燃料の製造から使用まで)のGHG強度[gCO2eq/MJ]が規制の対象となった。
規制の対象は5,000GT以上の国際航海に従事する船舶であり、各船が1年間に使用したすべての燃料のGHG強度を加重平均し、年間のGHG強度(Attained annual GFI)を算出し、IMOへ報告する。
2. GFI規制のターゲット
GFI規制では、船舶が順守すべき「規制値(Base target)」と、目標とすべき「基準値(Direct Compliance target)」の2種類のターゲットがあり、基準年からの削減値は毎年増加するように設定され、年間ターゲットGFIは年々厳しくなる。
年間のGHG強度が基準値を下回った船舶(図中の青色の船)は、超過達成ボーナスとしてSU(Surplus Unit)を受け取ることができる。SUは自由市場を通して、規制値を達成できなかった船舶に対し、融通(譲渡、売却)することが可能である。
規制値(Base Target)を達成できなかった船舶(図中の黒色の船)は、①市場からSUを購入する、又は②IMO基金に対し高単価の負担金(規制値超過負担金)を支払うことで規制に適合することができる。
また、規制値(Base Target)を達成しているが、基準値(Direct compliance target)を達成していない船舶(図中の灰色の船)については、SUを購入することはできず、IMO基金に低単価の負担金(基準値超過負担金)を支払うことで規制に適合することができる。
3. IMOネットゼロ基金(IMO Net Zero Fund)
規制値/基準値未達により、各船から徴収された負担金は、IMOネットゼロ基金に集められ、ZNZ(Zero or Near Zero emission)のためのGHG排出削減技術、燃料、エネルギー源を使用する船舶への還付を中心に、ゼロエミッション燃料の開発や途上国支援等の幅広い用途で分配されることになっている。
GFI規制対応と課題
GFI規制の規制値、基準値を下回るためには、船舶の年間達成GHG強度を下げることが必要となる。対応策としては水素、アンモニア等のZNZ(Zero or Near Zero)燃料の使用があげられるが、ZNZ燃料を使用するためには、当該船舶がZNZ燃料に対応したエンジンでなければならない。ZNZ燃料船を建造するためのコストが必要となるが、ファーストムーバーとしてZNZ燃料対応の船舶を建造すれば、IMOネットゼロ基金から報奨金を受け取りつつ、ZNZ燃料船に船隊をリプレイスしていくことが可能となる。しかし、十分な量のZNZ燃料が国際海運に供給されなければ、「2023 IMO GHG削減戦略」を達成することができない。
一方で既存船における対策は、ドロップイン燃料であるバイオ燃料の使用があげられる。また、運航効率を改善するとともに、風力推進やOCCS(Onboard Carbon Capture and Storage system、船上CO2回収装置)など新たなエネルギー源の利用や本船から排出されるCO2を回収すれば、GHG強度を低減することができる。
IMOでは、2028年の規制発効までに、GFI規制を執行するための新たなガイドラインを作成することになっているが、GHG強度をWell to Wakeで算出するためのガイドライン(LCAガイドライン)、SEEMP(Ship Energy Efficiency Management Plan、船舶エネルギー効率管理計画書)ガイドライン、PSC(Port State Control、寄港国による監督)の手順書など既存のガイドラインも同時に改定することになっている。
ZNZに対する報奨金(還付金)や2031年以降の負担金単価や2036年以降の年間ターゲットGFIなど未確定の要素が多々あり、各社、今後の事業戦略の策定に頭を悩ましているが、2050年頃ネットゼロ達成に向けて、海事クラスター全体で今できることを地道に取り組んでいくしかないだろう。