中国の”核汚染水”発言で変化した日本のメディアの”処理水”報道


環太平洋大学客員教授、元中日・東京新聞記者、経済広報センター常務理事・国内広報部長(産業教育で文部科学大臣賞を受賞)

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芸人が”世の中の空気”をリードする国

 我が家に長期間、ホームステイしていた米国の知人が、朝のテレビ番組を見て不思議がっていた。「なぜ、日本のテレビの出演者はあんなにオーバーアクションなのか」と。「彼らは芸人だ」と告げると、「米国では全国ネットに朝からコメディアンが出てきてニュースを語ることはない」と笑われた。
 芸人さんが世の中の出来事をコメントしても悪くはない。難しい出来事を分かりやすく解説することは重要であるし、素人目線や素朴な疑問も必要だ。しかし、間違ってはいけないのは、素人の井戸端会議が必要なわけではないのだ。ただ、最近のテレビ番組を見ていると、素人が、当たり障りのないコメントや、多くの人たちが話していることをなぞるように話していることが多いように思われてならない。

変化する朝日、毎日、中日の論調

 東京電力の処理水の海洋放出についても、そうだ。放出が決まると、こぞって「政府、東電の判断は見切り発車ではないか」といった政府に批判的な発言が目立った。ところが、中国が、核汚染水の海洋放出と物申し始め、日本からの水産物輸入を禁止すると、「中国に言われたくない」との感情からなのか、「日本政府よ、しっかり中国に安全であることを説明するように。政府よ、しっかりしろ」の論調に変わった。
 これは大手マスコミの論調も同様だ。朝日新聞や毎日新聞のような原発に批判的な新聞の論調も一転した。中国の過激発言前の毎日新聞の社説は「東京電力福島第一原発の処理水を海洋放出することへの不信や不安に、政府は誠実に向き合わなければならない」(2023年7月6日)だったが、中国の発言後には「科学的な論拠に基づかない(中国の)禁輸は自由貿易のルールに反する。直ちに撤回すべきだ」(8月26日朝刊社説)と一変した。
 朝日新聞も「処理水放出の決定にあたり、政府は『廃炉と復興』を進めることを名分にした。その場しのぎの『約束』を重ねるようなことは、もはや許されない」(8月23日朝刊社説)と厳しかったが、中国の発言以降は「(中国は)巨大市場を武器に、貿易で他国に圧力をかける『経済的威圧』にも等しいふるまいだ。合理性を著しく欠いた措置に、強く抗議する」(8月26日朝刊社説)と変化している。
 私の古巣の中日新聞も原発に批判的なことで有名だが、当初は、朝日や毎日の論調が変化したにもかかわらず8月26日も「福島第一原発 処理水放出」「漁業者反発の中、強行」「(トリチウム) 完全除去できず→他原発でも放出」との見出しが躍っていたが、8月31日になって「中国は冷静な対応を」と、ようやく他紙に追いつく書きぶりになった。

画一的な報道を受けて変化する世論

 こうした報道を受けて(と言っていいのかどうかわからないが)NHKの世論調査も8月11日-13日実施では、「福島第一原発の処理水放出は適切か」との問いに、「適切だ」が53%、「適切でない」が30%だったのに対し、9月8日-10日実施では「福島第一原発の処理水放出は妥当か」との質問に対し、66%が「妥当だ」と回答している。「妥当でない」は17%に減少した。処理水問題だけではないが、わが国は、多様な”世論”が存在するというよりも、何かひとつの”世論”があり、瞬間的に反応している気がしてならない。