半導体は米中新冷戦の主戦場

書評:クリス・ミラー 著、千葉 敏生 翻訳『半導体戦争 世界最重要テクノロジーをめぐる国家間の攻防』


キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹

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(「電気新聞」より転載:2023年3月31日付)

 半導体の歴史は戦争と深く関わってきた。最初の大規模な応用はNASAの人工衛星、ついで核弾道ミサイルICBMの制御だった。当初の半導体は極めて高価であったが、真空管をはるかに上回る高い性能が重視された。その後あらゆる軍事技術が半導体によって知能化されていった。ソ連もこれに対抗すべくばく大な投資を行った。シリコンバレーを丸ごとコピーした町まで建設された。

 しかし西側では軍事分野のみならず、民生分野を中心に半導体が大発展した。これにソ連は全くついていけなかった。ココム等の制度で半導体は禁輸されていたので、製品を盗んでコピーしようとしたが、極めて微細で複雑な製造工程を再現することができず、常に数年遅れで性能の悪い製品を作るのがせいぜいだった。軍の知能化競争にソ連は大きく遅れた。このため戦争をしても米国に一方的に敗北するという危機感が高まった。ゴルバチョフ書記長は劣勢を認識し、ソ連は冷戦のエスカレーション競争から降りていった。

 日本と東南アジアは半導体によって隆盛した。日本はトランジスタラジオを発明し産業が発展した。東南アジアではエレクトロニクス工場によって良質の労働が生まれた。これで農村人口が都市に吸収された。米国は、これら友好国の経済発展を、貧困に起因する共産化に対する最大の防御として歓迎した。米国はベトナムで軍事的には敗北したものの、半導体がもたらした経済的繁栄で東南アジアは防衛されることになった。

 いま米国は対中の半導体輸出規制を強化しており、日本も協力している。中国の科学水準は高くなっており、オーストラリアのシンクタンクASPIによれば科学技術論文のランキングで44のハイテクのうち37で中国がトップ、残り7で米国がトップで、日本はゼロだ。西太平洋での軍事バランスもいま米中は拮抗していて、台湾有事が懸念されている。とくに射程500キロから5000キロまでの中距離ミサイルは中国が2000発を有し日米を圧倒している。

 しかし中国はまだ西側に半導体の供給を依存し、製造装置も日米蘭の企業に頼っている。

 今後西側の半導体禁輸が奏功して、中国は新冷戦に敗北するのか。それとも中国は禁輸をかいくぐり、あるいは自己開発で半導体でも優位に立ち、軍を知能化して勝利するのか。現在の半導体戦争を知るためにこそ本書のような歴史書が重要だ。


※ 一般社団法人日本電気協会に無断で転載することを禁ず

『半導体戦争 世界最重要テクノロジーをめぐる国家間の攻防』
クリス・ミラー 著 千葉敏生 翻訳(出版社:ダイヤモンド社
ISBN-13:978-4478115466