World Energy Outlook 2022 概要と分析(その1)
中山 寿美枝
J-POWER 執行役員、京都大学経営管理大学院 特命教授
はじめに
昨年10月にWorld Energy Outlook 2022が発刊された際に、パラパラと眺めてみて、真面目に読まないことにしたのだが、社内外で「WEOの解説をする人」と認識されているのか、WEO2022はどうなっているのかと何度か聞かれ、今更ではあるが一通り読んでデータ分析をしてみたので、ここに概要などを報告したい。
長くなるので何回かに分けて寄稿することとするが、今回はWEO2022のシナリオの特徴を説明して、次回以降で主要なエネルギー指標のシナリオ比較分析、WEO2022の特徴(見どころ)と疑問点(突っ込みどころ)、などについて示していきたい。
WEO2022のシナリオ
WEO2022の最も罪深いところは、シナリオが変わってしまったことである。以下の図のようにSTEPS、APS、NZEという3つのシナリオがWEO2022では扱われているが、おなじみのSDS(well below 2℃と整合)は完全消滅してしまい、本文はもとより無料のエクセルおよび有料のエクセルからも消えている。
3つのシナリオは以下のように説明されている。
- NZE :
- 2100年における世界の平均気温が、産業革命前の水準から1.5 °Cの温度上昇で安定するように、2050年に世界のエネルギー起源CO2および産業プロセスCO2がネットゼロを達成する規範的なシナリオ
- APS :
- 各国政府が長期のネットゼロ目標や NDC での誓約を含め、発表した気候関連の約束を全て達成するシナリオ
- STEPS:
- 米国のインフレ抑制法(IRA)など、政府が設定した目標と目的を達成するために実際に行っていることと整合したシナリオ
ご記憶の方も多いと思うが、WEO2021まではSTEPSがNDCと整合したシナリオと定義されていたのに対して、WEO2022ではAPSがNDCと整合したシナリオと記載されていて、シナリオの定義まで変わってしまったのである(これを知って、これまでのシナリオとの連続性が失われて、比較分析の意味がなくなってしまったと失望して、読む気をなくしてしまったのであるが)。
このようなシナリオの定義変更はあったが、世界合計値でWEO2021とWEO2022のCO2排出経路を比較したところ、STEPSは大きく変化していなかったが、APSは大きく変化していることが確認された。また、〇で囲んだ部分に注目すると、WEO2021ではコロナ禍の影響で減少したCO2排出量はAPSとNZEではそのまま下がっていくと想定されていたが、WEO2022では2021年に排出が再び増加に転じたことを反映して、NZEは2030年までより急速な(急こう配での)排出削減となっている、ということがわかる。
上図に示されたようなAPSの大きなCO2排出量低下は、WEO2022において多くのネットゼロ宣言国が追加されたことによるものであり、中でもインドの影響は大きい。APSの主要国別の世界CO2排出量について、WEO2021とWEO2022を比較してみた結果を図3に示す。なお、今回も有料のエクセルに、NZEに関しては世界合計のデータのみで、主要な国・地域別のデータは掲載されていなかった。
黄色で示したインドの排出量は、左のWEO2021ではむしろ2050年に向かって増加しているが、右のWEO2022では大きく減少していることが見て取れる。WEO2022本文には(ネットゼロ宣言を反映した全ての国名は示されていないが)インドの他に東南アジア、中東、アフリカがAPSの排出量低下に大きく貢献したと記載されている。2050年の合計排出量はWEO2021では21Gtであったのが、WEO2022では12.4Gtにまで低下している。
ここからは、WEO2022の3つのシナリオの比較を示していきたい。不思議なことに本文にはCO2排出量とエネルギー関連投資額の3シナリオ比較はあるが、それ以外の3シナリオの比較はほとんどないため、筆者がエクセルデータから作成した。
下図は左から一次エネルギー需要、発電電力量、CO2排出量についてシナリオ別の2050年までの変化を示したものである。一次エネルギー需要はCO2排出量と同様にNZE<APS<STEPSであるが、発電電力量はその逆でSTEPS<APS<NZEであり、排出削減に電化が貢献していることが示唆される。
上図は、いわばWEO2022の3つのシナリオの概観であるが、次回はその詳細を、一次エネルギー需要、最終エネルギー消費、発電電力量、CO2排出・回収を比較することで見ていきたいと思う。