北海道・日本海溝・千島海溝で起きる津波被害の減災


京都大学名誉教授・京都大学レジリエンス実践ユニット特任教授

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前回:北海道・日本海溝・千島海溝の地震の被害想定

 日本海溝・千島海溝地震で被害想定された地域は寒冷地にある。したがって、冬季の深夜に巨大地震が起きると被害が急増する。北海道から千葉県にかけての太平洋側と秋田、山形を含む9道県に被害が出ると予想されている。

 具体的には、積雪地域では吹雪や路面凍結で避難が著しく遅れるため、津波被害が最も大きくなる。さらに、津波と共に流氷が襲ってくる可能性もある。余震が続く中で防寒着を着込み、積雪や凍結した道路での避難を強いられる。

 内閣府による被害想定では、冬の夕方に津波から早期避難ができなかった場合、発生から1日後の避難者数は日本海溝では90万1000人、また千島海溝では48万7000人に達する。

 また極寒地では避難所でも暖が取れなければ低体温症にかかる人が増える。さらに本州からの救援部隊は、寒冷地仕様の資機材を持たないため救援に困難を伴う恐れがある。

 冬季以外でも寒冷地では、津波に巻き込まれ濡れたままの被災者が低体温症で死亡するリスクがある。高台などに難を逃れても屋外にいる時間が長ければ命を落とす恐れがある。

 こうした低体温症となる要対処者数は、日本海溝と千島海溝の地震それぞれで4万2000人と2万2000人に及ぶ。一方、避難所への避難路と体を温める防寒備品の整備などによって、こうした死亡リスクは減らせるだろう。

 被害が予想される上記の9道県では、自力避難が難しい高齢者の割合が多い。たとえば、1995年1月に起きた阪神・淡路大震災や2011年3月に起きた東日本大震災と同じように、寒さで体調を崩し避難後の災害関連死の増加につながる恐れがある(鎌田浩毅著『京大人気講義 生き抜くための地震学』ちくま新書を参照)。

 よって、寒冷地の避難では「家から逃げる時」と「避難所に逃げた後」のそれぞれに防寒の工夫が必要となる。また、避難する際の一人ひとりのタイムラインの策定や高齢者をサポートするシステムづくりが求められている。

 東日本大震災後「想定外」の事態を最小限にするため防災態勢の見直しが進んでいる。南海トラフ巨大地震は最大死者32万3000人、首都直下地震は同2万3000人と見積もられている(鎌田浩毅著『日本の地下で何が起きているのか』岩波科学ライブラリーを参照)。

 一方、早期避難を可能にする「事前防災」の徹底により、死者や建物被害などの想定被害を大幅に減らせるとされた。内閣府は事前に十分な策を講じれば死者数の8割を減らせるとし、さらに土木学会はインフラ整備によって経済被害の6割を減らせると提言している。

 また日本海溝・千島海溝沿いの巨大地震でも避難率が上昇すれば犠牲者数を大幅に減らすことができる。具体的には、避難率が100%になれば日本海溝地震で3万人まで、また千島海溝地震で1万9000人まで、それぞれ犠牲者を減らせる。

 地学的に見ると日本の国土面積は世界のわずか0.25%だが、世界で発生するマグニチュード6以上の大地震の2割が集中する(鎌田浩毅著『地球とは何か』サイエンス・アイ新書を参照)。加えて東日本大震災以降の日本列島は1000年ぶりの「大地変動の時代」に突入している。今回の内閣府による地震被害想定を早急に事業継続計画に組み込み、対策を進めなければならない。

 ちなみに、2021年はTBS系ドラマの日曜劇場『日本沈没』が話題になったが、日本海溝・千島海溝地震の予測を考える上でも参考になる。地盤の大変動で日本列島が海に沈むというストーリーだが、ドラマの原作は20世紀を代表するSF作家の小松左京が1973年に発表した小説『日本沈没』である。刊行後に500万部を超えるミリオンセラーとなり、政治や社会や科学など多彩な観点からの様々な読み解き可能な優れたディザスター小説でもある。

 地学的には日本沈没が起きることは現実にはないが、実際に地球内部で起きている現象を数万倍も大きくしたらそうなるかも知れないというエデュテインメント・フィクションである。

 その一方、小説で描かれた地震・噴火の巨大災害の描像は、「大地変動の時代」に突入した日本列島では現実のものとなりつつある。日本列島は4枚のプレート(岩板)がひしめき合う世界屈指の変動帯にあり、海のプレートと陸のプレートの境界ではマグニチュード9クラスの巨大地震を起こす震源域がある(鎌田浩毅著『首都直下地震と南海トラフ』MdN新書を参照)。プレートが沈み込む海底では、それぞれ海溝もしくはトラフ(海盆)という凹地が生じている。

 具体的には北から南へ、今回甚大な被害想定が発表された千島海溝と日本海溝の北部、11年前に東日本大震災を引き起こした日本海溝の中央部、2030年代に巨大地震を起こすと想定される南海トラフ、そして南海トラフ巨大地震と同規模の地震・津波の発生が懸念されている琉球海溝である。

 さて、ドラマ『日本沈没』では沈没の引き金となる「スロースリップ」(ゆっくりすべり)が何回も登場した。これは現実にも起きており、陸と海の2枚あるプレートの境目が数日から数年かけてゆっくり滑る現象が時おり観測される。その間はたまったひずみを少しずつ解放するので、大きな地震は発生しない。

 スロースリップは通常の地震計では捉えられないが、地面のかすかな動き(地殻変動)に現れるためGPSで観測できる。実際に東日本大震災では、スロースリップが本震の起きる2ヶ月ほど前から発生し、巨大地震の引き金となった可能性がある。

 近年、地震が多発する千葉県の東方沖でも、スロースリップが発生した後に比較的大きな地震が起きている。さらに南海トラフでも5~8センチの地殻変動が観測されることがある。よって、日本海溝の北部と千島海溝でも今後観測が進めばスロースリップが確認される可能性がある。

 私の友人の地震学者たちもドラマの田所博士のように、日本列島の海域で巨大地震が発生する地点と時期を特定することに全力を挙げている(鎌田浩毅著『地学ノススメ』講談社ブルーバックスを参照)。

 実際にスロースリップはドラマで描かれたほど頻繁には発生しないので、先ほど述べたとおり現実には日本沈没は起きない。巨大地震と巨大津波は避けることができないが、いつか必ず起きることを前提に、災害に関する正確な知識を事前に持っていただきたい。