北海道・日本海溝・千島海溝の地震の被害想定


京都大学名誉教授・京都大学レジリエンス実践ユニット特任教授

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 2021年12月に政府の中央防災会議のワーキンググループが、北海道及び日本海溝と千島海溝沿いの太平洋で起きる巨大地震の被害想定をまとめた。具体的には、想定される最大クラスの地震の震度分布と、同時に起きる津波高と浸水域を公表した。いずれも非常に大きな災害が予想されているので、2回に分けてくわしく解説する。

 岩手県沖から北海道日高地方沖合の日本海溝沿いにある震源域と、襟裳岬から千島海溝沿いの震源域の二つで発生する地震予測が詳細に行われた。地震の規模を表すマグニチュード(M)では前者がM9.1、また後者はM9.3が想定された。

 これは11年前の東日本大震災を引き起こしたM9.0や、2030年代に起きる可能性の高い南海トラフ巨大地震のM9.1を上回る非常に大きなものである(鎌田浩毅著『地震はなぜ起きる?』岩波ジュニアスタートブックスを参照)。すなわち、日本列島の北方に再び超巨大地震が襲来すると言っても過言ではない。

 海底で地震が起きるメカニズムは、東日本大震災と全く同じである。すなわち、日本海溝と千島海溝は、太平洋プレートが日本列島を乗せた北米プレートの下に沈み込む場所にある。こうした2枚のプレート境界面が一気にずれるとM9クラスの巨大地震が起き、同時に隆起した海底に沿って大津波が発生する。

 なお、プレートが沈み込む速度は年に10センチメートルほどで、南海トラフ巨大地震を引き起こすフィリピン海プレートが年に4センチメートルほどに比べると倍以上も速い(鎌田浩毅著『首都直下地震と南海トラフ』MdN新書を参照)。

 さらに日本海溝と千島海溝では2つのプレート境界面が接合しやすい性質があるため、地震の起こる頻度が高くなっている。国の地震調査委員会は千島海溝沿いを震源とするM8.8以上の地震が30年以内に起きる確率を、最大40%と見積もった。

 日本海溝と千島海溝沿いで発生した過去の巨大地震は、海岸近くで見つかる津波堆積物の地質調査から明らかにされてきた。過去6500年間に発生した18回ほどの巨大地震では同時に大津波が発生した(鎌田浩毅著『地球の歴史』中公新書を参照)。

 津波の残した堆積物の調査結果から、北海道から岩手県の太平洋沿岸では300〜400年ごとに大津波が襲っていたことが分かってきた。前回の巨大地震は17世紀前半に起きた慶長三陸地震(1611年)である。そして最新の活動時期から約400年が経過していることから、日本海溝と千島海溝沿いで最大クラスの津波の発生が迫っていると警戒を促している。

 さらに、満潮時などの条件下で沿岸部の津波高を推計したところ、岩手県宮古市と北海道えりも町で最大27.9メートル、また青森県八戸市で25メートルを超える津波が来ると予想された。すなわち、宮古市以北の多くの場所で東日本大震災より高い10~20メートルの津波が襲ってくる可能性がある。

 次ぎに、日本海溝と千島海溝沿いの巨大地震と津波がもたらす具体的な災害について見ていこう。北海道から東北北部の太平洋沖でマグニチュード9クラスの巨大地震が起きると、震度7の強い揺れと最大で30メートル近い大津波が押し寄せる。具体的に見ると、北海道・襟裳岬の東方沖を震源域とした場合には、厚岸町で震度7、えりも町は震度6強の揺れに襲われる。特に、冬の深夜の地震発生で津波避難率が20パーセントと低い場合に、最大の被害が想定される。

 その結果、日本海溝沿いの地震では犠牲者数が19万9千人、全壊・焼失棟数が22万棟となる。また千島海溝沿いの地震では犠牲者数が10万人、全壊・焼失棟数が8万4千棟となる。いずれも東日本大震災による死者数や経済的被害を大幅に超え南海トラフ巨大地震に匹敵する甚大なものだ(鎌田浩毅著『日本の地下で何が起きているのか』岩波科学ライブラリーを参照)。

 こうした犠牲者のほとんどは津波によるもので北海道、青森、岩手、宮城、福島、茨城、千葉の7道県で発生する。実際には津波による浸水深が30センチを超えると犠牲者が出るため、人的被害を減らすには早期の避難しかない。

 具体的には、津波避難タワーの整備や、避難を12分以内に始めるという早期避難によって、犠牲者数の8割を減らすことができる。すなわち、日本海溝沿いの地震では最大19万9千人から3万人に、千島海溝沿いの地震では最大10万人から1万9千人まで減らせる。一方、津波による家屋流出は減らないので、家屋被害を減らすには高台移転を促進する必要がある。

 建物とインフラの被災や生産低下による経済的被害の想定では、日本海溝地震は31兆3000億円、また千島海溝地震では16兆7000億円に達する。経済被害の大部分も津波によるもので、沿岸部にある施設と港湾の被害が特に大きい。道路・鉄道・通信などのインフラと電気・水道・ガスなどのライフラインの長期にわたる途絶が予想される。

 建物被害では、強震動・津波・火災などによる全壊棟数が、日本海溝地震で最大22万棟、千島海溝地震で最大8万4000棟となる。特に冬は積雪荷重で強震動による全壊率が高くなり、さらに夕方は出火率が上がり火災による全壊が増える。一方、耐震化率が向上すれば全壊数は大幅に減少し、日本海溝地震で1000棟、千島海溝地震で4000棟は減らせる。

 こうした経済的被害も事業継続計画(BCP)の実効性を高めることで、日本海溝と千島海溝の地震に対して、それぞれ1割減と2割減が見込める。最新の地震学でもいつどこで地震が発生するかの短期予知は不可能で、想定される震災に対して備えを急ぐ必要がある(鎌田浩毅著『京大人気講義 生き抜くための地震学』ちくま新書を参照)。

 なお、来年の通常国会には日本海溝と千島海溝で発生する地震を対象に地震津波対策を強化する特別措置法改正案が提出される予定である。

 次回は、日本海溝と千島海溝で起きる巨大地震によって冬季に生じる特異的な災害とその対策について解説する。