地球温暖化に関する地球科学の視点 ー長尺の目


京都大学名誉教授・京都大学レジリエンス実践ユニット特任教授

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 地球温暖化は現代社会で喫緊の課題とされ、脱炭素やカーボンニュートラルが産業経済の大きなキーワードになっている。また菅義偉政権が2050年までのカーボンニュートラル達成を打ち出すなど、各国が相次いで目標を示している。
 一方で、現在の地球は氷河期に向かっており、長期的にはいずれ寒冷化がやってくることは、私が専門とする地球科学の常識である。さらに、活火山の大噴火が起きれば、全地球的な規模で襲ってくる寒冷化に備えなければならない。
 人間活動の由来とされる温暖化と、地球科学の視点からみる氷河期の到来は、次元を異にする現象である。すなわち、数10年単位で議論するだけでなく、地球の時間軸のレベルでみる「長尺(ちょうじゃく)の目」も必要となる。
 地球の歴史を見ると、火山噴火が気候変動を起こしてきた事例が数多く残っている。新生代にはカルデラを作る巨大噴火が何回も起こり、何年にもわたる気候変動を引き起こした(鎌田浩毅著『地球の歴史』中公新書)。
 こうした噴火は「巨大噴火」と呼ばれ、大量のマグマが短期間に地表へ噴出する場合に起きる。人類にとっても甚大な被害を与え、時には文明を滅ぼすこともあった。ここではインドネシアのトバ火山で起きた巨大噴火を例に説明しよう。
 今から7万4000年前、インドネシア・スマトラ島で2800立方キロメートルに及ぶ大量のマグマが噴出した。この噴火は最近10万年間で最大規模の噴火だった。その結果、巨大なカルデラが形成され、周囲には厚い火砕流堆積物が広がり、インド洋の海底に火山灰が厚く堆積した。
 南極やグリーンランドに発達する氷河に閉じこめられた微量の火山灰を分析すると、7万年前ころに硫酸イオン濃度が高くなっていた。硫酸とは二酸化硫黄が水に溶けたもので、マグマに中に少量だけ含まれている物質である。
 くわしく検討してみると、トバ火山から噴出した硫酸エアロゾルが、数年にわたって大気中を漂っていたことがわかってきた(図1)。この巨大噴火によって平均気温が10℃ほど下がり、地球上に小氷期の状態が訪れたのである。


図1:巨大噴火による火山灰の大量放出が気温低下をもたらす。
出典:鎌田浩毅著『地学ノススメ』(ブルーバックス)

 平均気温が10℃下がると寒帯など極に近い地域では植物が壊滅的な打撃を被り、樹木の半分近くが枯れる。巨大噴火によって水が汚染され、植物も動物も激減し、生態系に大きなダメージを与えた(鎌田浩毅著『火山噴火』岩波新書)。
 この巨大噴火は人類が経験した最大級の噴火だった。人類のミトコンドリアのDNA遺伝子に関する調査から、この時期の人類の総人口が約1万人から3000人まで減少したことが知られている。これは「進化のボトルネック現象」と呼ばれる現象で、人類が種として絶滅寸前にまで追いこまれた。こうした苛酷な環境を生き抜いた人類が、その後の地球全体へ拡散していったのである。

西暦1815年の巨大噴火

 さて、近世でも巨大噴火が起こり、飢饉を引き起こした例がある。1815年4月5日、インドネシアのタンボラ火山が大噴火を起こした。火山灰を含む噴煙柱が高度3万メートルまで立ち昇り、軽石と火山灰が大量に地表へ降ってきた。
 さらに5日後に噴き上げられた大量の火山灰は成層圏に達した後、全世界へ拡散していった。この噴火は人類史上でも最大規模の噴火で、周辺地域まで含めると死者の総数は9万人に達したと推定されている(鎌田浩毅著『地学ノススメ』ブルーバックス)。
 この噴火は世界的な気候変動を起こした歴史的事件としても知られている。噴火の翌年から北アメリカとヨーロッパでは夏が来なかったからだ。北アメリカ東岸の平均気温が例年より摂氏4度も低かった。
 6月に寒波が襲来し、20センチメートルの雪が積もって池に氷が張った記録が残っている。また8月に霜が降りるようになり、主要作物のトウモロコシが全滅した。さらに、カナダのハドソン湾は真夏にもかかわらず凍りつき、船が出航できなくなった。
 異常低温は翌年の1817年まで続き、農業に大きな打撃を与えただけでなく、米国北東部の農民の多くが西部へ移住していった。すなわち、インドネシアの巨大噴火によって発生した異常気象が、結果として米国西部の開拓を促したとも言える。
 南極とグリーンランドの氷河を掘削して得られた氷の試料を調べると、噴火の翌年の1816年にあたる場所に異常が認められる。7万4000年前のトバ噴火と同様に、硫酸イオン濃度が著しく高くなっている。巨大噴火の影響が遠く離れた極地にまで記録されていた例である。
 現在問題となっている地球温暖化がこのまま急激に進行すれば、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が警告するような対策が必要である。一方、地球の歴史を長期的に見ると、自然界にはさまざまな周期の変動があり、現時点の予測が大きく外れることも考慮しなければならない(鎌田浩毅著『首都直下地震と南海トラフ』MdN新書)。
 地球科学的には脱炭素とカーボンニュートラル政策が火山噴火でひっくり返る可能性は否定できない。よって、地球温暖化問題も国際政治や経済に振り回されることなく、地球科学的な「長尺の目」で捉える必要がある。