位置エネルギーを利用した新蓄電システム
山藤 泰
YSエネルギー・リサーチ 代表
世界的に風力、太陽光のエネルギーを利用した発電が急増しているが、その発電設備を接続して需要地まで送る送電系統の容量が不足、あるいは、天候の変化で不規則に発電出力が変動する特性が系統制御を難しくするなどの問題が大きくなっている。時には、電力需要を大きく上回る発電がされ、この発電を抑制(捨てるのと同意)せざるを得ない状況も出ている。日本でも、九州でこの状況が生まれており、四国、中国、北陸や北海道、東北、さらには関東の一部で同様な問題が発生する可能性がある。
この抑制課題を解消するためには、まず出力制御をし易い火力発電の稼働を抑制すると同時に、揚水発電で下池の水を上池に揚げて電力を消費させる制御を行うが、それでも間に合わないときには何かの形で蓄電することが必要となる。これまでにも、電力需要が少ない時間帯に発生する余剰電力を蓄電するのに揚水発電が利用されてきたが、その増設の余地は少なく、現在世界で主流になっているのは大規模容量の蓄電池(リチウムイオン電池、NAS電池、フロー電池など)の設置であり、中でもリチウムイオン電池の設置量は世界各地で急増しつつある。
だが、リチウムイオン電池の場合、コストが高いだけでなく、希少金属であるリチウムの生産地が南米などに偏在しているために調達のリスクがある。また、充放電を繰り返すと蓄電容量が低下する、電解質が発火し易い、寿命が長くないなどという問題もあって、長期にわたる利用に不安もあり、この課題解消に向けた研究も進められてきた。この解消策を最近探っていたのだが、たまたま、スイスのベンチャーでカリフォルニアにも拠点を持つEnergy Vault社が、位置のエネルギーを利用した蓄電装置を開発したということを知る機会があった。いろいろな技術開発なども紹介している米国のビジネス誌Fast Companyから、World Changing Idea Award 2019(世界を変えるアイデア賞2019)を与えられていることもあって興味が深まり、直接このベンチャーに問い合わせをしたりもして、具体的な情報を集めてみた。
位置エネルギーとは、物体が「ある位置」にあることで蓄えられるエネルギーで、ポテンシャル・エネルギーとも表現される(Wikipediaによる)。重さのあるものが高いところにあると位置エネルギーは大きくなる。水の位置エネルギーを利用しているのが揚水発電。ダムから水を落として水車タービンで発電し、その水を、水車タービンを逆回転させてダムに上げてやれば電力を消費するが、その水はダムに貯留されることで蓄電することになる。
Energy Vault社の蓄電システムは、一定の重さと形状を持つコンクリートブロックを3対のクレーンで吊り上げて円筒状のタワーに組み上げたものだ。ブロックがつり上げられる時にはモーターで再エネ電力が消費され(充電)、止まったところで位置のエネルギーが蓄えられる(蓄電)。そのブロックを下に吊り降ろすと、今度はクレーンの発電機が回って発電(放電)する。その形状は添付の写真で分かるが、動画でも作動状況を見ることができる。その蓄電容量は、10MWh ~ 35MWhで、出力は2MW ~ 5MWということだが、ブロックの積み上げ量で変わるようだ。35MWhの場合、クレーンの高さは165メートル、円筒底辺の直径は60メートルということだから、30階建てのビルほどの高さを持つタワーだ。その充放電往復の効率は82.5%で、将来86~88%にできるとのこと。揚水発電よりも効率が高い。
コンクリートブロックを外部からの信号に従って制御するAIシステムを除けば、全てに成熟した技術が使われ、特殊な素材も使用されていない。そのため、この蓄電設備のkWhあたりコストは既存のものの半分で、運用コストも極めて小さくなるようだ。また、ブロックには廃棄物を利用することもでき、システム寿命は30年以上。応答速度も早く、アンシラリーサービスへの対応もできるらしい。
実にユニークなシステムであるが、ハワイ電力が太陽光発電の普及に対応するために導入を検討しているという情報も入手した。日本での稼働を期待できないだろうか。
稼働状況の動画を同社のウエブサイト(https://energyvault.ch/)の最初のページにあるAbout Usで見ることができる。