原発事故の子どもへの健康影響(その3):肥満
越智 小枝
相馬中央病院 非常勤医師/東京慈恵会医科大学臨床検査医学講座 講師
子どもの放射線被ばく線量は、それほど高くなかった。では、福島の原発事故による子どもの健康被害は「なかった」のでしょうか。そんなことはありません。
「原発事故の子どもへの健康影響その(1)」でも述べましたが、原発事故とは放射能汚染という単純な事象ではありません。環境・社会・経済・家庭環境など、様々な因子が直接的・間接的に健康へ影響を及ぼし得ます(1)。 すなわち大人と同様、子どもたちへの健康影響もまた、放射能によるそれよりもはるかに大きく、現在進行形であると考えられます。
本稿ではまず子どもの運動量の変化とそれにより生じ得る肥満について既報を基に述べてみます。
運動量の変化
災害10ヶ月後に行われた、0-6歳の未就学児を持つ母親を対象とした調査では、福島で子どもが屋外で遊ぶ時間は1日平均13分。首都圏の平均の約40分、津波被災地である宮城県や岩手県の約30分を大幅に下回る結果となりました(2)。また子どもの1日当たりの歩数の変化を調べた論文においても子どもの1日歩行数が減少したことが示されており、この影響は元々の歩行数が少なかった25パーセンタイルのグループにおいて特に顕著であったということが示されています(3)。これだけを見ても、放射能に対する不安のために福島県の子どもの外遊びは極端に減少したことが分かります。
肥満
このような運動不足から懸念されるのは肥満の増加です。全国の5歳~17歳の子どもの年齢ごとの肥満率が都道府県別に記録されている、学校保健統計調査(4)を眺めると、衝撃的な事実が得られます。
元々福島県の子どもは肥満率がやや高めであり、平成21年度には13年齢階級のうち4階級、22年には5階級において肥満率が全国の下位3位以内に入っています。しかし震災翌年の平成24年には、5歳~9歳までの5年齢階級の全てで肥満率が全国最低となり、更に平成24年度には、16歳(4位)を除く全ての年齢階級において、肥満率が下位3位以内となっているのです(表1)。
また、災害時に3-4歳であった子供のBMIや肥満率を1年間フォローアップした研究においても、災害後に福島県内では全国と比べ優位にBMIと肥満率が上昇した、と報告されています(5)。
拡大する格差
しかし、福島に住む全ての子どもが肥満傾向となったわけではありません。野村らの報告(6)によれば、相馬市の中学生の肥満度の分布をみると、震災後の平均の肥満度は震災前と比較して有意差はありませんが、一部に、極端に肥満度が高い集団が見られるようになり、その傾向が震災4年後にも続いているとのことです(図1.赤丸部分)。先述の岡崎らの歩行数の報告(3)でも、運動不足の下位25パーセンタイルの子どもにより大きな影響が出たことを考えると、子どもの中にも大人と同様に「災害弱者」が存在する可能性が見えてきます。
災害による健康影響について考える時に忘れてはいけないことは、災害の影響は万人に均等ではない、ということです。元々社会に存在する格差や脆弱性(vulnerability)が、災害の時により顕著となる、という災害の特性を考えれば、平均値だけを見ていると本当の被害の大きさを見落としてしまう可能性があると言えるのです。数値データを知ることは大切ですが、私たちは「平均値」に現れない少数の弱者の存在を常に忘れず、データと社会の両者を解釈していかなくてはいけないと思います。
- 1.
- http://ieei.or.jp/2015/04/opinion150413/
- 2.
- http://berd.benesse.jp/jisedaiken/pdf/shinsai_311_release2.pdf
- 3.
- Okazaki K, et al. Physical activity and sedentary behavior among children and adolescents living in an area affected by the 2011 Great East Japan earthquake and tsunami for 3 years. Preventive Medicine Reports 2015;2: 720-4
- 4.
- http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/NewList.do?tid=000001011648
- 5.
- Yokomichi H, et al. Impact of the great east Japan earthquake on the body mass index of preschool children: a nationwide nursery school survey. BMJ Open 2016;6:e010978.
- 6.
- Nomura S, et al. School restrictions on outdoor activities and weight status in adolescent children after Japan’s 2011 Fukushima Nuclear Power Plant disaster: a mid-term to long-term retrospective analysis. BMJ Open. 2016;6(9):e013145.
次回:「原発事故の子どもへの健康影響(その4):精神・情操面への影響」へ続く