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安全なニュースはなぜ地味な扱いになるのか。それはメディアの宿命か!


東京理科大学非常勤講師/メディアチェック集団「食品安全情報ネットワーク」共同代表


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 2011年の福島第一原発事故による放射線被ばくで子供たちの甲状腺がんが増えたかどうかをめぐる議論はいまも続くが、7月19日、「原子放射線の影響に関する国連科学委員会」(UNSCEAR)の事務局長ら3人が東京の日本記者クラブで事故に関する調査結果を報告した。結論は「放射線被ばくが原因とする健康被害は認められない」だった。この重要な情報が翌日の新聞ではほとんど報じられなかった。同委員会のメンバーが福島で意見交換会を開いたため、その時点で一部報道されたものの、総じて「被ばくの影響はない」とする良いニュースの扱いは地味である。これはメディアの宿命だろうか。

子供たちの甲状腺がんは過剰診断の結果

 ギリアン・ハース・同国連科学委員会前議長(オーストラリア放射線防護・原子力安全庁長官)らは19日の会見で「500本以上の論文を精査した結果、原発事故に伴う被ばくに起因する健康被害は認められない。事故後に発症した子供たちの甲状腺がんは高感度の超音波スクリーニング検査によって見つけられた結果である」と述べ、子供たちの甲状腺がんは、いわゆる過剰診断によるもので、被ばくが原因ではないとした。
 私は、翌日の読売新聞で初めてこの会見内容を知った。他紙も見たが、産経新聞の「産経抄」(7月23日付)以外にニュースを見つけることはできなかった。時事通信社が短く配信したようだが、どの地方紙がこれを採用したかは分からない。
 同委員会のメンバーは20日~21日、福島県立医科大学などでも講演し、同様の説明をした。このときは、毎日新聞が地方版で「子供たちの甲状腺がんの診断例の増加は超高感度スクリーニング検査が原因で、被ばくの影響はない」とストレートで報じた。残念ながら、この記事は全国版には載らなかった。
 また、NHKは20日、ローカルで「被ばくによる甲状腺がんの発生率の上昇が識別できる形で起こる可能性は低い」などと報じたが、同時に同科学委員会への疑問の声も取り上げ、甲状腺がんと診断された20代の女性と支援グループの「患者の不安を押さえつけ、患者と家族を孤独に追いやるものだ」との批判的な声を伝えた。

安全な話はニュース価値なしか!

 ニュースで反対意見を載せるのは公平を期すうえで問題ないだろう。それにしても、である。権威ある国連の科学者集団が「原発事故に伴う放射線の影響は福島の人たちに健康被害を与えなかった」と言っているわけなので、これは国民に伝える価値のある重要な情報である。放射線被ばくの影響の有無は、原発再稼働ともからむテーマだけに、どのメディアも大々的に報じてもよさそうだが、「影響がない」という明るい話題(安全な話)はメディアにとって、ニュース価値が低いようだ。
 おそらく、日本人の大半は、国連科学委員会による「放射線被ばくによる健康被害はない」とする報告を知らないだろう。福島原発事故で放射線被ばくの影響があったかどうかは極めて重要な関心事だと思われるが、残念ながら、メディアは「影響があった」という危険な話なら大々的に報じるが、明るいニュース(良いニュース)は報じない習性がある。

さすがに東京新聞は一貫路線

 一方、いまや朝日新聞よりも左派的な反原発路線を貫く東京新聞は今回も批判に徹していた。21日に福島県いわき市で開かれた意見交換会の模様を報じたが、読売新聞とは全く異なっていた。日本の一部研究者らの「被ばくを過小評価している。国連科学委員会の報告書には誤ったグラフやデータが複数ある。科学的な報告書とは程遠い」との声を載せ、見出しも「健康被害の可能性は低いと結論も・・福島の現場からは疑問の声」だった。さらに、甲状腺がんを発症した患者の声として、「報告書の結論は、(甲状腺がんを発症した)患者や家族への差別や偏見を助長しかねない。初期被ばく線量の十分なデータがない中、因果関係がないと決めつけられ、苦しい」と批判的に報じた。
 患者の声を伝えることは報道機関として肯定できるが、国連科学委員会の報告に対してあまりにも否定的過ぎる。これでは東京新聞の読者は危ない話ばかりを読まされることになる。やはり新聞は他紙との読み比べが必要である。

安全な話でも、短くても報じるべき価値あり

 19日の日本記者クラブでの報告があまり注目されなかった背景には、報告書の結論が昨年、すでに公開されていたという事情もある。「放射線被ばくの影響はない」とする結論については、朝日新聞、毎日新聞とも、大きな扱いではないものの、昨年1~2月に報じている。おそらく、同じ結論を2度も記事にする必要はないとの判断があったのだろう。
 しかし、せめて国連科学委員会のメンバーが来日していて、日本記者クラブで会見をしたという事実だけでも報じてほしかった。なぜなら、YouTubeで日本記者クラブでの会見模様をいまも見ることができるからだ。私自身、来日したこと自体を知らなかったため、そもそも読売新聞の記事がなければ、ネットで検索する行動にも出なかった。
 記者にとっては、すでに報じた記事と同じ内容の報告だったかもしれないが、一般の国民にとっては、そんな事情は知る由もない。記者たちが安全な話をいかに軽視しているかが分かる。

ネットに負けないために何が必要か

 これら一連の報道で分かることは何だろうか。以下の2つだ。

1.
安全な話はニュースになりにくい。
2.
新聞社は、自社の路線(論調)と合わない話には冷淡になる。

 「安全だ」という情報が記事になりにくいことは放射線の話題に限らない。遺伝子組み換え作物でも、ゲノム編集食品でも、残留農薬のリスクでも、「人への影響はない」といった研究報告は、たいていの場合、記事にならない。これは約40年にわたる私の記者経験から言って、まず間違いない事実である。
 BSE(牛海綿状脳症、狂牛病)で牛肉が売れなくなり、日本中が大騒ぎになっている最中、日本食品安全委員会は2004年、「日本人が牛肉を食べて、BSEに感染するリスクは1億人~10億人に1人程度」と公表した。だが、それが大きく報道されることはなかった。そのせいか騒ぎは全く収まらなかった。
 いうまでもなく、報道を通じたニュースがなければ、世間で起きている出来事を人々が知る術はない。旧統一教会と自民党との関係がいま大騒ぎになっているが、霊感商法などによる一家破滅の被害が毎年、たびたび報じられていれば、政治家も含め、だれしも注意しただろう。しかし、私自身、安倍元首相の暗殺で初めて旧統一教会による被害状況が改善されていないのを知った。マスコミは政治家に「なぜ、旧統一教会と接点をもったのか」と執拗に問うているが、そこまで責めるなら、なぜ、マスコミは旧統一教会の問題をもっと早く暴いてくれなかったのかと問いたい。
 ここで強調したいのは、報道の重みはそれくらいに重要だということである。安全だから知らせる必要がないというのは、記者の勝手な思い込みである。
 「放射線被ばくによる健康被害はない」という国連の調査結果は、反原発路線を貫く朝日、毎日、東京の各新聞にとっては不利な材料である。今回の国連科学委員会の会見がそうであるように、いまはネットで事実を知る機会が増えてきた。たとえ自社にとって不利な材料でも、ちゃんと報じるメディアこそがこれからは信頼されるだろう。それは、ネットに負けないための武器でもある。
 今回の放射線被ばくと甲状腺がんをめぐっては、科学報道のあり方も考えさせられた。次回にこの問題を論じてみたい。



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