病院と原発事故(その3)


相馬中央病院 非常勤医師/東京慈恵会医科大学臨床検査医学講座 講師

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二度と英雄を生まないために

 原発事故のあと、多くの医療スタッフが、自分の身を守ったが故に心に傷を負っています。

 この背景には、医療従事者は「いかなる状況でも患者さんを見捨てるべきではない」という信念があると思います。この、集団の為に個を抑える、という日本に深く根付いた文化が震災時の人災を最小限に抑えたことは間違いありません。

 しかしその副産物には、放射能から「逃げた」ことを「恥」と考え口をつぐむ人々が存在します。自分の身を挺して患者を守った、という1人の英雄の存在が、その他の弱者の声を殺してしまい、結果として今後の災害に共有すべき情報を隠ぺいしてしまっている。もちろん英雄的な行動は称えられるべきですが、その弊害は否定できないと思います。

 有事に英雄にならなかった多数の人々が口をつぐむことは、将来の災害に対してはマイナスに働きます。なぜならその人々が決して少数派ではないからです。今回の震災において「診療の継続か、目の前の患者か」「自分の生命か、患者の生命か」という究極の選択がスタッフの大きな精神的・肉体的負担となりました。個人に負担をかけることなくこのような問題をどうしていくか、という議論をしなければ、次の災害に活かすことはできません。

 東日本大震災では、数多くの英雄が生まれました。そのような英雄を生んだ地域の力は、もちろん後世に伝えるべきでしょう。しかし本来であれば、個人の決断がなくても機能する災害現場を作る事こそが、本当の減災・防災ではないのでしょうか。二度と英雄を必要としない。そんな現場をつくるために、様々な分野の方に現場の実情を知っていただければと思います。

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