【緊急提言】誤解だらけの気候変動問題

-米国の削減目標に左右されるな-


国際環境経済研究所理事・主席研究員

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 東京で桜が満開になった3月31日、米国が国連気候変動事務局(UNFCCC)に2020年以降の温暖化目標を提出した。昨年11月にオバマ大統領が中国を訪問した際、米中共同で発表した内容と同じく、「2025年までに05年比で26~28%削減する」というものだ注1)EUやスイス、ノルウェーに続いて米国も目標を提出したことを受け、望月環境大臣は会見で「3月末までに目標を提出できなかったことは大変残念だ」と述べ、できるだけ早期に目標を出したいとの意向を表明した。
 この目標は2020年以降の枠組みに対して、その後10年スパンの取組を約束するものであり、ここ数ヶ月を焦っても仕方ないが、しかし遅くとも今年の秋、できれば6月のG7先進国首脳会議では発表したいと考えれば残された時間は少ない。我が国も議論を急ぐ必要がある。
 しかし、我が国の温暖化目標とあわせて議論しなければならないのは、2020年以降の枠組みが「全ての主要排出国が参加する公平で実効性ある枠組み」になるかどうかである。具体的に言えば、米国が本当にこの枠組に参加するのかどうか、米国の政治状況からすると非常に怪しい。さらに参加したとしても実際にこの目標を達成できるかどうかも相当に怪しいのだ。

<米国内での受け止め>

 昨年11月の中間選挙で上下両院とも共和党が過半数の議席を獲得し、議会の主導権は共和党にある。共和党はオバマ大統領が気候変動対策を自分のレガシーにしようとする動きに対して反発を強めていることはご存知のとおりだ。その理由は、温暖化の科学にいまだ残る不確実性と、そもそも米国人の負担するコストによって米国人がメリットを受けることが可能なのかわからないのであれば政策として採用すべきではないという基本スタンスがある。政府が国民の享受しうるメリットを考えることは至極当然のことでもあり、ともすると国際社会での批判や孤立を過剰なまでに恐れる我が国の政治家には見習うべきところもあるだろう。
 米中共同宣言を受けて共和党の重鎮であるミッチ・マコーネル上院院内総務は米中合意について「失望した」とコメントし、「合意文書を読むと、中国に16年間何もしないことを認める一方、(米国政府の)炭素規制は我が州(ケンタッキー)や米国の他の州に壊滅的な打撃を与えるものだ。」と発言している。
 3月31日付けのニューヨーク・タイムズ紙 注2) によれば、オバマ大統領が現在掲げる目標を達成するための中核的政策である既存火力発電所への排出削減義務付け(Clean power Plan)に対して13の州が明確に反対の姿勢を示しているとされ、マコーネル議員は“our international partners should proceed with caution before entering into a binding, unattainable deal.”(拘束力を伴う困難な枠組に参加するなら、気をつけろ)という警告を諸外国に発し、共和党政権への政権交代があれば米国が離脱する可能性が高いことを強く匂わせている。
 同じく3月31日付けのAP通信記事(ワシントン・ポスト紙にも引用 注3) )でも、オバマ政権の国内施策は訴訟や政治的反発に直面し、諸外国から米国がコミットメントに従って行動するのかどうか疑いの目で見られていることを認めざるをえないと書いている。
 日本では米国が目標を提出したという表層的な報道がほとんどであるが、国内メディアからこれほどにその実効性を疑われているのだ。

<オバマ大統領のシナリオ>

 オバマ政権は、この目標を2020年以降の枠組みに提出するが、その「達成」については国際的な義務ではなくあくまで自主的な目標であるというスタンスによって、議会の同意を得ずに大統領権限で批准または受諾するだろう。2013年10月に日本の熊本で採択された「水銀に関する水俣条約」を採択から1か月後にスピード受諾したのと同様の対応で、「世界で最も早くこの枠組みに参加表明をした」という栄誉とともにホワイトハウスを去るというシナリオだ。しかし大統領がその一存で批准・受諾したものは、次の大統領の一存で反故にできてしまう。
 そして、大統領の一存で批准・受諾するからには既存の法律で対応できることが前提となる。しかし既存の施策による削減量を積み重ねても26〜28%の削減に届かないことが複数の研究機関から指摘されている 注4) 。2025年の目標期限の頃になって未達であることがわかっても、それを約束したオバマ氏は等に大統領の座を離れているわけだ。
 まずは政権交代によって米国が枠組みから離脱する場合日本はどうするのか。京都議定書の失敗を繰り返さないためには、その際の対応策を協議しておく必要がある。そして各国が自主的に目標を掲げるボトムアップアプローチに移行しているのであるから、米国目標の数字的な大きさに引きずられて我が国の目標を深堀りする必要は全くない。日本政府が年来目指してきた、日本の技術で世界での削減に貢献する方策を確実にする努力をこそ続けるべきだ。

注1)
参照)「【速報】米中が温暖化目標を発表 どうする日本」
http://ieei.or.jp/2014/11/takeuchi141114/
注2)
http://www.nytimes.com/2015/04/01/us/obama-to-offer-major-blueprint-on-climate-change.html?emc=eta1&_r=0
注3)
http://www.washingtonpost.com/business/us-offer-for-climate-treaty-up-to-28-percent-emissions-cut/2015/03/30/762edcbc-d740-11e4-bf0b-f648b95a6488_story.html
注4)
例えば、http://elementviconsulting.com/bridge-for-sale/
http://accf.org/wp-content/uploads/2015/03/ACCF_ChinaReport_FINAL2.pdf
3月25日電気新聞掲載の電力中央研究所社会経済研究所上野貴弘主任研究員による「米国の2025年排出削減目標 05年比26〜28%提示へ 実現可能性には疑問も」が詳しい。