1%イコール1兆円
数値目標の本当のコスト
杉山 大志
キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹
数値目標を1%上積みするごとに、年間1兆円の費用がかかる。これは1トンCO2あたり10万円かかることを意味する。数値目標の本当のコストは途方もなく大きいので、安易な深掘りは禁物である。
2015年のCOPに向けて、日本は「約束草案」の提出を求められている。そこでは2025年ないし2030年のCO2の数値目標をどうするかということが焦点になっている(なお前回では数値目標と呼ばず参考数値とすべきだといったが、今のところ数値目標と呼ぶならわしなので、そうしておく)。
数値目標を決めるには、その費用を知りたい。これまでも、積み上げ計算やエネルギー経済モデル計算がなされた。もちろん、これらの試算は有用である。
しかしながら、重大な誤りもあった。何れの試算も、「政府は合理的で、コストが安い順に対策をする」と想定してきた。だがこれは全く違った。
政府の失敗
現実の政府は、わざわざ高コストの政策を選択する。全量買い取り制度(FIT)による太陽電池は、トンCO2あたり10万円もかかる注1)。
なぜ、政府はわざわざ高コストの政策を選択するのか。個々の職員は有能だ。だが政府とは、コスト最適化を図るプレーヤーではない。政策は、政治家、省庁、企業、学者、NGO等が、それぞれの利害をぶつけあい、その相互作用の結果生まれてくるものである。このため、極めて効率が悪くなりうる。これは学界の術語では「政府の失敗(governmental failure)」という。これはIPCC報告書でも詳述されている。
1兆円、1%、10万円/トン
太陽電池はもっとも目立つ例である。だが決して例外ではない。家電エコポイント制度は7千億円を費やしたが、70万円/トンと、更に効率が悪かったとRITE秋元氏が試算した。バイオマスニッポン総合戦略に至っては、6.5兆円を費やしたが、CO2削減の効果はゼロだったと総務省が評価した。10万円/トンCO2というのは、安い方かもしれない。
勿論、効率の良い政策もあろう。だが、全体としては、京都議定書目標達成計画に列挙されている膨大な温暖化対策について、費用対効果は殆ど明らかになっていない。
もはや「政府は合理的で、コストが安い順に対策をする」という前提は、葬り去らねばならない。現実の経験に学ぼう。今後、どのような数値目標であれ、CO2削減には、1トンあたり10万円かかると見ることが妥当だ。日本のCO2排出量は約10億トンなので、1%の削減には1兆円かかることになる。この「1兆円、1%、10万円/トンCO2」は覚えやすいので、ぜひ記憶して頂きたい。
数値目標達成の費用
つまり排出削減量が日本の排出量のx%ならば、この%を兆円を読み替えて、毎年x兆円の費用がかかる、という「親指ルール」が成立する。
たとえば、安倍政権の成長戦略のように、2%の経済成長が続くとするならばどうか。2030年までに15年間あるので、経済は30%成長する。技術進歩、産業構造変化や既存の省エネ法等によって、CO2排出のなりゆきの伸びは仮にこの半分に留まるとしても、CO2排出は15%増大することになる。「親指ルール」を適用すると、これを0%にするためには年間15兆円がかかり、これを△10%に深掘りすると、さらに10兆円が上積みされて、毎年25兆円の費用、ということになる。
数値目標を1%上積みするごとに、年間1兆円の費用がかかる。この緊張感をもって、数値目標の議論は進めねばならない。
なお本稿についてさらに詳しくは拙著「地球温暖化とのつきあいかた(ウェッジ社、9月20日刊行)」をご覧ください。