GHG削減には、全体最適の視野が大切(1)

製品等を通じたGHG排出削減貢献量評価


一般社団法人日本化学工業協会 技術部長

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はじめに

 これまでの地球温暖化対策の議論について俯瞰すると、経済全体にわたる包括的な議論をされることはほとんどなく、製造に関わる産業部門内での政策の議論が多かった。温室効果ガス(GHG)は原料調達、製品の製造、製品の輸送、製品の使用、製品の廃棄とすべての段階で排出され、GHG排出量は製品のライフサイクルに亘る排出量で議論しなければならない。地球温暖化対策において、包括的な視点を失うと、本来進めようとしている政策に支障が出たり、GHG削減に貢献しない政策となってしまうケースも起こりうる。例えば、欧州で進められている排出量取引制度についてみると、各産業・企業単位から排出されるCO2排出量へのキャップ(無償で許容されるCO2排出量)がこの制度を推進するための前提である。しかし、各産業・企業に課すキャップの量の設定は、非常に難しい。適切なキャップが設定されないと、多くの問題が発生する。例えば、国が政策として掲げている太陽電池の普及・促進政策を考えてみる。太陽電池普及のためにはシリコン等の材料を増産する必要があり、シリコン等材料を製造する企業のCO2排出量は当然増加する。しかし、企業単位でのCO2排出量にキャップがかかると、排出量取引制度で権利を購入しない場合は、シリコン等の材料増産に支障がでる。
 多くのケースで製品の使用段階でのCO2の排出量は大きい。製品の製造部門だけでGHG排出量の削減を考えると、製造部門以外で排出されるGHG排出量の視点が議論されず、製品のライフサイクルで排出するGHG排出量が増加する政策がとられることもありうるのである。
 化学工業界は、これまでの部門別の部分最適の議論から生じる問題点を早くから俯瞰し、製品のライフサイクルで排出されるGHG排出状況を知り、新しい視点から温暖化対策を講ずる手法について検討を進めてきた。BASFは、自社の製品を生産する際のGHG排出量と、自社が供給する製品が、社会で使用されることにより、GHG排出量削減に貢献している貢献量を調査し、生産で生じるGHG排出量以上の削減貢献量があることを見出し、社会に発表していた。京都議定書の約束期間を翌年に迎え、いよいよ地球温暖化問題への関心が高くなった2007年、化学工業界の国際組織である国際化学工業協会協議会(International Chemical Industry Associations; ICCA)の組織運営の見直しが諮られ、これまで協会主導で進められてきた活動を、会員企業主導の体制に変え、新たに、ICCAの下にエネルギー気候変動リーダーシップグループが立ち上がった。化学工業界として、積極的に地球温暖化問題に取り組むことになったこの機会をとらえ、BASFが考案してきた製品の普及によるGHG排出削減貢献を評価する手法の方法論を、ICCAとして推進することにした。同じ機能を有する製品の比較は、ISO14044の規格の中でも非常に厳しい縛りが入っており、個社でその結果を公表するとなると、利害関係者との調整が非常に難しくなる。ICCAという非営利団体で推進し、製品の比較もモデル製品で比較することにより、この障害が除かれることになる。

1、国際化学工業協会協議会(ICCA)LCAベストプラクティス タスクフォース

 2008年国際化学工業協会協議会(International Chemical Industry Associations; ICCA)のエネルギー・気候変動リーダーシップグループ内に、LCAベストプラクティスタスクフォースを設置し、ダウケミカル社のMr. Russel Millsを議長にし、製品のライフサイクルで排出されるGHGの排出状況の調査から始めた。方法論についての指導及び2030年シナリオのモデル作成を含め、信頼性が高く、第三者による検証を受けた分析結果を提供するため、マッキンゼー社(McKinsey & Company)とドイツのöko Institute(エコ・インスティテュート)に作業を委託した。

 まず、製品のライフサイクルから排出されるGHGの現状を把握するため、幅広い文献データと、独立した第三者機関の監査を受けた独自の調査を基に、GHG排出量のデータが揃っている2005年の排出量に対する化学産業の影響を算定した。次いで、マッキンゼー社が、社内で保有するモデル化とグローバルGHG排出削減コスト曲線の研究に基づいて、2030年に向けた二つのシナリオ、すなわち、「現状努力継続(BAU)シナリオ」とその代替案である「最大削減努力(Abatement)シナリオ」で、この影響がどのように変化するかを評価した。一方、ICCAに参加する世界の企業の専門家が協力し、100以上の化学製品の利用事例について、原料・燃料の採取から生産・廃棄に至るまでの、全ライフサイクルに亘るCO2e(温室効果ガスの二酸化炭素等価量)排出量の分析(cLCA)を行った。これらのcLCAは産業の主要部門に亘っており、化学製品に関連付けられるCO2e排出削減の代表的部分を網羅している。次に化学製品のCO2排出削減貢献量を評価する手法として、cLCA手法を開発した。
 ICCAで採用したcLCA手法では、BASFで開発した手法をベースに、原材料の採取、生産、使用、廃棄の全段階を通じて、特定用途における化学製品のCO2e排出量を、現在のライフスタイルが維持できる化学産業以外の次善の代替策と比較した。化学産業が炭素排出量に与える影響を表す評価指標として、上記の次善の代替策にかえて化学製品の使用により実現した製品の全ライフサイクルの間で達成されるCO2e総削減量(正味の排出削減貢献量;Avoided Emissions)を用いた。
研究の結果、

使用段階で排出されるCO2が大きいこと
2030年までに最大削減努力シナリオで達成されるCO2削減貢献量は、化学業界が推進する業界自身による削減量より一桁大きな100億トンCO2eオーダーの規模の削減貢献量になること(世界のエネルギー起源CO2排出量は2011年313億トン;IEAより)
色々な製品の中でも、断熱材によるCO2削減効果が非常に大きいこと

等が判明した。
 マッキンゼー社の2030年に関するシナリオとcLCA手法による研究の総合結果として、化学製品の適切な使用により、相当の削減が実現しており、今後数年間に削減は、更に増大することが判明した。

化学製品が寄与するGHG削減の可能性

 

冊子

 この研究結果は、「温室効果ガス削減に向けた新たな視点/化学産業が可能にする低炭素化対策の定量的ライフサイクル評価」と題する冊子にし、イタリア ラクイラで開催されるG8サミットの前日2009年7月7日にローマで、翌日米国ワシントンDCで、日本においては7月10日に一般社団法人日本化学工業協会(日化協)で公表した。

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