原子力問題の今 -課題と解決策-(その2)
澤 昭裕
国際環境経済研究所前所長
原子力安全規制活動の在り方
第二図の右上に規制委員会の規制活動についての合理化の必要性を指摘しています。これは、福島第一原発の事故の後生じた政治的な激動の中で炉規制法が改正され、あまり十分な議論もなく、議員立法で改正炉規制法や規制委員会の設置法ができていった経緯を振り返ったとき、安全規制活動の在り方について抜本的に検討し直す時期が来ているのではないかという問題意識です。
こうした経緯で改正された炉規制法の条項、条文などを見ると、手続が政省令に委ねられておらず、法律からいきなり規制委員会の内規にまで落としたような建付けのところが多く、それが手続き的な不透明性や予測不可能性を招いているという問題を引き起こしています。例えば、最も重要なバックフィットに関する条項では「(規制委員会は)基準に適合しないと認められるときに(原子炉を)止めることができる」という趣旨が書いてあるわけですが、それがどういう手続に基づいて適合審査がなされるのか不透明です。普通の法律ならば、手続きは政令、省令に委ねると書いてあるはずですが、この改正炉規制法の条文には全くそういう部分がありません。バックフィットは法律の遡及適用であり、最も慎重に適用されなければならない条項であるにもかかわらず、です。
バックフィット条項に関する手続きは、政省令を飛ばして一挙に内規に落ちる形になっているわけですが、それが突然原子力規制委員長の「私案」という形で出てきて、それが委員会で正式決定されたのかどうかもはっきりしないままに、その手続きに基づいて事業者が申請をしていかねばならないことになってしまったのが実態です。事業者は被規制側ですから、こうした問題を指摘することによって規制側の心証を悪くするリスクは取れないと感じがちです。したがって、規制側がこうした問題については自省的に対処しなければならないわけですが、これまでのところそうした姿勢は全く見えてきません。こうした状況を考えると、予測可能性と透明性、フェアネスという観点から、炉規制法の手続的体系をもう一度見直すべきだと考えています。
炉規制法改正の必要性にはもう一つの理由があります。第2図の左下のほうに「中長期的経営オプション」として示したように、原子力発電の様々な事業リスクを考えると、今後は個々の電力会社がそれぞれの原子力発電所を抱えている体制だけではなく、発送電分離が進む中で、複数の事業者間で原子力発電事業をどう再編するかも考えていかなければならなくなる時代に入ってきています。そういう時代の変化の中で、今の炉規制法のように、例えばライセンスを得るために「経理的基礎」もクリアすることが必要となっていることに現れているように、事業規制と安全規制・核物質規制が渾然一体となっている体系が今後とも最適なのかどうかという点について問い直さなければなりません。またその際、そもそも原子力規制委員会が事業者の財務的能力を審査できる能力があるのかどうかという疑問が生じます。さらにこうした点との関連で、事業再編したときのライセンスは一体どうなるのか、新たな事業者が無条件で継承できるのか、再度振り出しから許認可審査を受けなければならないのか。その新たな事業者が持株会社となる場合と、合併会社となる場合、特別目的会社を設立する場合等々、事業の再編態様に応じて異なる扱いになるのかどうか。
また審査過程についても、その予測可能性を改善するため、一連の審査会合で示された規制側の判断や解釈については、単に議事録にとどめるだけではなく、規制側が文書化して公表する義務を法律的に明確化することも必要になってくるでしょう。
いずれにせよ、既に投資された原子力発電の資産を安全に動かすというのが原子力規制委員会の使命です。いろいろと理由をつけて止めることが原子力規制委員会の主目的ではありません。もし脱原発をするのであれば、それは原子力規制委員会ではなく内閣の仕事です。私は、原発を安全に動かすという観点から炉規制法の抜本的な改正に向けての議論を行う大きな場が必要ではないかと考えています。規制活動の在り方を、合理性と安全性向上の観点から再度検討し直すべきだということです。