原子力を含む国内エネルギー供給のベストミックスは幻想に過ぎない

石炭火力を当面利用すれば、経済的な負担のない原発代替は可能だ


東京工業大学名誉教授

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電源構成の最適比率(ベストミックス)には科学技術的な根拠が存在しない

 いま、原発の存廃の議論のなかで、電源構成のベストミックスが盛んに言われている。それは、日本経済を支えている電力について、その将来の供給の安定化と生産コストの最小化などを図るために、在来の水力発電や火力発電用の化石燃料に加え、国産資源として位置付けられた原子力や再生可能エネルギー(再エネ、ただし現用の水力を除く)を最適な構成比率で求めて、それを国のエネルギー政策のなかで追求すべきだとの主張である。一見、もっともな主張のように聞こえる。しかし、とてもそのような最適な構成比率を数値として求めることができるとは考えられない。例えば、供給の安定化のために、国産エネルギー源としての原子力や再エネを用いればよいとするが、原子力では事故の余りにも大きいリスクが、再エネでは、現状での高い生産コストが大きな障害になる。さらには、この電源選択のなかに、地球温暖化対策としてのCO2 排出削減の要請まで加わる。これらの複数の目標に対して電源構成の最適比率(ベストミックス)を定量化するためには、それぞれの目標に対して、解析の実施者による恣意的な重みづけが数値化されなければならないから、客観的な評価に耐えうるような最適値を求めることは、科学技術の常識を離れた困難事となる。
 ところで、この国内のネルギー供給のベストミックスなる用語は、原発事故直前(2010年)の民主党政権下の「エネルギー基本計画の改訂」の解説書1)のなかに見ることができる。この解説書の副題にあるように、経済成長・エネルギー安全保障・地球温暖化対策を同時に達成できるエネルギー新戦略として、「非化石燃料の最大限の利用と、化石燃料の高度利用によるエネルギー源のベストミックスを確保する。」とある。具体的には、CO2排出削減効果の大きい原子力エネルギー利用の拡大によりゼロエミッション(CO2排出量の最小化?)を目指した原発設備の新増設がベストミックスの柱に据えられていた。このもくろみが完全に消失したのが、福島原発の事故である。いま、この原発の取り扱いを巡って、自民党政府によるエネルギー政策の見直しが言われているから、かつての原子力を柱とする電力供給におけるベストミックスは消失したはずである。しかるに、原子力を一定比率で温存することを目的とした新しいベストミックスをエネルギー政策の見直しのなかで追求するのは、何とも腑に落ちない話である。

電源の種類別選択の唯一の基準は国民の利益でなければならない

 いま、日本経済の現状を考えると、科学技術の視点からの唯一可能な電力源種類別の選択は、経済的な最適化が目標とされなければならない。国際的な軍事緊張に備えて国家安全保障の観点から国産エネルギー源として位置付けられている原子力の利用には、安全面の大きなリスクとともに、今回の福島事故におけるような予測できない経済的損失のリスクが加わるので、他に代替できるエネルギー源がある限り、原子力が最適電源構成のなかに入ってくることは許されないはずである。同時に、この原発代替としても、また、地球温暖化対策としても、昨年(2012 年)7 月から法的に施行されているFIT制度を使った再エネ電力が、電気料金の値上げの形で現用の火力発電に代替されなければならない科学的、経済的な根拠は、どこを探しても見当たらない。結局は電源の種類別選択における最適(ベスト)化では、現用の水力発電と火力発電に依存しながら、その発電コストの最小化を図るための選択がなされなければならない。
 しかし、その具体的な選択に際しては、先ず、経済性も含めた量的な利用可能量の制約が考慮されなければならない。例えば、現状では水力が最も安価で再エネ電力としても好ましいと考えられるが、国内の地理的な条件から、その発電量には大きな制約がある。国内発電量のなかの水力の比率は年次減少しており、原発事故の起こる直前(2010 年)で僅か7.8 % に過ぎなかった。現状の電力需要を満たすためには、結局は、現在、発電方式のなかの主体となっている火力発電の中で最も安価な燃料が選ばれなければならない。かつては、それが石油であったが、石油危機を契機として、安価で量的確保の容易な石炭への移行が迫られた。しかし、大気汚染防止のための排ガス処理や焼却灰の処理・処分の技術開発と設備の整備に時間がかかったことから、取り敢えず天然ガス(日本の場合は高価な液化ガスLNG)が、そのつなぎとして用いられた。環境問題を解決して、石炭火力が電力生産に積極的に利用されるようになったのは1990年代以降であった。一般電気事業者(電力会社)用の発電量におけるこのような電源種類別構成比率の年次変化を示したのが図1である。国内の全電力合計について示したかったが、一般に公表されているエネルギー経済統計データ(エネ研データ)2)には火力発電燃料別の発電量の内訳は、この電力会社による値しか示されていない。ちなみに、電力会社の発電量は、図2 に示すように、2010年度国内合計の70.1 %である。

図1 国内電源構成(電源種類別構成比率、発電量基準)の年次変化
(エネ研データ2)を基に作成)
図2 事業者別発電量の比率、2010 年度
(エネ研データ2)を基に作成)

電源の最適選択を阻んでいるのはこの国の誤ったエネルギー政策である

 本来、電力源種類別のベストの選択であれば、その時々の最も安価な電力源が選ばれるべきであるが、実際にそうならないのは、それぞれの電力の生産設備には、設備の機械的な寿命や経済的な減価償却の関係で決まる一定の適正使用期間があるからである。一度新設した設備はこの期間中は使用されるから、結果として、より安価な電力源の新設設備と古い設備が共存して、図1に示した電源構成の年次変化が決まることになる。この電源構成の年次変化を左右しているのは、化石燃料種類別の輸入CIF 価格、燃料の発熱量と発電効率の値から計算される発電コスト(燃料費)の値である。その年次変化を図3 に示した。この燃料種類別発電コスト(燃料費)と、設備の使用期間から決まる電源構成(電源の種類別の使用比率)がその時々で、経済的な最適(ベスト)になることはないが、現実的な問題として、市場経済原理に従った電力源の選択が行われれば、最適化に準じた電源構成になるはずである。
 実は、この最適構成(ベストミックス)を阻んでいるのが、政府のこれまでのエネルギー政策である。国連機関のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)による地球温暖化対策としてのCO2排出削減の要請に従順に従おうとする日本政府は、CO2排出量の大きい石炭火力発電所の新設を、環境省が厳しい環境アセスメントによる規制を設けて事実上ストップさせてしまっていた。その結果が、図1 に見られるように、電源構成における石炭火力発電量の増加の遅れにはっきりと現れている。さらにこのような阻害を促進させていたのが、1970年代から電源構成のなかに入り込んだ原子力であり、いま、その代替として導入量を増やそうとしている再エネ電力である。

図3 一般事業者用電力の化石燃料種類別の発電コスト(燃料費)の年次変化
(エネ研データ2)を基に、各燃料の輸入CIF価格と、それぞれの発熱量、および発電効率の実績値から
発電コストのなかの燃料費を計算して求め3)作成した。)

 ここで、図1に見られるように、原子力発電量は、火力発電の燃料別比率の年次変化とは全く無関係に与えられていることに注意して欲しい。もともと、発電コストだけを考えるならば、原発電力は選択肢のなかに入らなかったはずである。原子力が電源構成のなかに一定の比率で入るようになったのは、その導入が経済的に有利であったからではない。むしろ、その逆で、図4 に示すように、電力のなかへの原発電力の導入は、実際の発電コストとは無関係な世界一高いこの国の市販電力料金を国民に押し付ける原因になっていた。それを許したのは、輸出産業の好調による大幅な貿易黒字を保証する好調な輸出産業であった。ちなみに、図2 に示すように、国内電力供給の1/5 程度(2010年度)を支えている自家用発電では、原子力比率がゼロである。原子力発電設備の建設では、その立地が難しいとの理由もあるが、市販電力より安価な電力を必要とする自家用電力生産の目的からは、原子力が入り込む余地はなかったと考えるべきであろう。
 いま、政府は、エネルギー政策の見直しのなかに「電力システムの改革」を計画している。これは、発送電分離を柱として電力を完全に自由化することで、消費者が最も安価に電力を購入できるようにするものである。この自由化が実施されれば、いままで、国民に高い料金を押し付けてきた原発電力や、さらには、いま、FIT制度の適用で、より高い料金を押し付けようとしている再エネ電力が、電源構成のベストミックスとして入るこむ余地は完全に否定されることになる。

図4 発電コスト(全燃料)、発電コスト(石炭)と電力料金(産業用)、
原子力比率(電力中の原子力の比率)の年次変化

(エネ研データ2)を基に計算して作成した。発電コスト(石炭)は図3の値を直接、
発電コスト(全燃料)の値は、図3に示した各燃料種類別の値にそれぞれの燃料の使用比率を乗じて求めた)

原発電力代替の石炭火力が国民の利益を守る

 現実の問題として、図 1に示す電源構成のなかで、突然、原子力の部分が抜け落ちたのであるから、この予期せぬ事態に、電力供給に大きな問題が起こっている。経済性の問題だけで言えば、いま安全性の保障が得られないからとして稼働を停止している原発について、安全性の保証できるものに限っては再稼動させればよい。それは、現在、最も安価な電力の供給を可能とするからである。しかし、原発の再稼動に対しては、厳しい制限を設ける必要がある。福島におけるように、電源が喪失して原子炉内の核燃料が冷却不能になる非常事態に緊急対処するために、筆者3)の提案する廃炉を覚悟した消防車による緊急海水注入方法の設備と普段の訓練の実施が再稼動の条件とされるべきである。不確定な情報であるが注1)、この筆者の提案は実行に移されているようである。さらには、今回の事故で、使用済み核燃料の保管が大きな問題となったが、この保管時の安全対策とともに、処理、処分の方法が未解決のままの核燃料廃棄物量をできるだけ増加させないように再稼動の期間を厳しく制限する必要もある3)
 いままでの原発依存のエネルギー政策を脱却するには、当面、輸入価格が最も安価で安定な供給が保証される石炭火力がある。次いで、もし、より安価に入手できるようなった時の天然ガス(LNGでなく、パイプラインで運ばれてくる天然ガス)が利用される。さらには、これらの化石燃料の価格が高くなった時点で、化石燃料を長持ちさせるための再エネ電力が市場経済原理の下で(FIT制度によらないで)導入される。枯渇に近づいた化石燃料による火力発電を再エネ電力で支援しても、現代文明生活を維持するために必要な電力が得られなくなると判明した時点で初めて、大きなリスクを冒しての原子力の利用が検討されることになる。敢えて言えば、このような電源種類別の利用比率の時間的な変遷が、将来のその時々の電源構成のベストミックスになるであろう。ただし、ここで与えられる電源種類別の利用比率は、それぞれの時点で、電源の種類を経済最適を目的として選択した結果であって、この最適比率目標を政策的に決めることはあり得ないと認識すべきである。
 原発代替が石炭だと言うと、地球温暖化対策のための京都議定書の国際公約はどうなるのだとの質問を受ける。京都議定書はIPCCの主張する科学の仮説に基づいて決められた各国のCO2 排出量削減割当量の取り決めである。いま、期限切れになった後のこの割当量が決められないでいる。地球温暖化は地球の問題である以上、世界中の協力なしに、日本だけが国民の経済的な負担の下で国益を無視してCO2削減にお金をかけてみても地球に対する何の貢献にもならない。いま、日本で問題になっているのは、原発代替エネルギー確保での経済最適の問題である。その最適解が、CO2の排出量の多い石炭火力発電だとしたら、地球のCO2排出削減のためには、当面、世界一優れた日本の石炭火力の技術を世界に移転・普及することで、地球上の CO2排出削減、すなわちエネルギー資源の保全に貢献すればよい。ちなみに、世界の電力生産の 40.5 %が石炭で、日本でのそれは 26.8 % に過ぎない(2009年、文献2)から)ことを付記する。

資源小国日本が生き残るためのエネルギー資源の選択の在り方を考えるべき

 エネルギー資源のほぼ全量を輸入に頼らなければならない日本で、エネルギー資源としての一次エネルギー国内供給量についてみるとき、電力は、その1/2 程度である。したがって、残りの1/2 の電力以外も含めた資源量としての一次エネルギー国内供給でのエネルギー源の種類別構成比の年次変遷としてのベストミックスについても考えなければならないはずである。これまでのエネルギー資源の選択の状況を見るために、図1と同様、石油危機以降の国内一次エネルギー総供給のなかのエネルギー資源種類別の構成比率の年次的な変化を図5 に示した。この図に見られるように、生活や産業のためのエネルギーを現状(2010年度)程度に維持しようとすれば、原子力の有無に関わらず、当分は化石燃料への依存、なかでも高価な石油に代わる安価な石炭への速やかな変換を実施しなければ、この国の経済が成り立たないことは自明であろう。さらに、いま、政治的に進められている将来のエネルギー供給における再エネ(図中に新エネ他、2010年度で1.3 %とある部分の一部を占める)を例えば2030 年までに、国民のお金を使って50 % にするなどとの政治的な数値目標を掲げることが如何に現実離れしたものであるかも判って頂けると思う。

図5 一次エネルギー国内総供給のエネルギー資源別構成比率の年次変化
(エネ研データ2)を基に作成)
注1)
私がこの海水注入防護方式の提言を、直接、政府の関係者に訴えてから間もなく(2011年10月)NHKの昼間のTVニュースで、正にこの提案に沿った設備と訓練の様子が放映された。しかし、何故か、詳細な情報は、その後のTVでも、新聞でも得られなかった。なお、現在、各原発で、海水注入用の消防ポンプ車が用意されるようになったことは確かなようで、問題は普段の訓練が実施されているかどうかである。
<引用文献>
 
1)
経済産業省資源エネルギー庁編;エネルギー基本計画――経済成長・エネルギー安全保障・地球温暖化対策を同時に達成する2030年に向けたエネルギー新戦略、2012 年
2)
日本エネルギー経済研究所編;「EDMC/エネルギー・経済統計要覧2012年版」、省エネルギーセンター、2013 年
3)
久保田 宏;科学技術の視点から原発に依存しないエネルギー政策を創る――石炭火力発電を当面利用すれば、経済的な負担のない原発代替は可能だ、日刊工業新聞社、2012

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