執筆者:山口 光恒

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東京大学先端科学技術研究センター特任教授

  • 2011/05/24

    「ON」か「OFF」かの日本のリスク論

     東京電力福島第一原子力発電所からの放射性物質漏洩事故を機に、原子力発電の危険性を理由とした脱原発の考え方が勢いづいている。しかし、実質的な内容を伴った代替案は、いまだに提示されていない。ここでは「リスク」に絞って日頃考えていることを述べる。

     事故直後の枝野幸男官房長官の記者会見は、まさに日本におけるリスクの考え方を鮮明に反映したものであった。記者から『安全ですか』と聞かれ、『安全です』と答える。また、『通常レベルより濃度が高いが、直ちに健康に影響するほどではない』と答える。これでは誰も安心できない。

     原子力に限らず、従来の日本のリスク管理は安全か安全でないか、つまりONかOFFの2者択一という考え方が強い。しかし考えるまでもなく、絶対安全、すなわちリスクゼロはあり得ない。

     われわれは日頃、自動車や飛行機を利用しているが、自動車事故では年間何千人もが死亡している。また、筆者が航空保険の実務に携わっていた1970年代初頭では、ジェット機は統計上30万時間に1機墜ちていた。つまり、こうした乗り物に乗るのは「安全」ではないのである。しかし、人々はこれらを利用している。それはリスクを認識しつつも、それを利用する便益が上回ると考えるからである。

  • 2011/03/10

    あなたは情報発信しているか?

     日本からの情報やアイデアの発信の必要性が叫ばれてから久しい。しかし、状況は思ったほどには改善していない。例年2月に開催されるダボス会議(世界経済フォーラム)には、今でこそ、日本の首相も日帰りに近い形ででも出席するようになった。だが、単にそこで話してくるという以上の積極的な意味は見いだせない。そもそも1年で替わる首相の話など、誰も真面目に聞かないだろう。

     1980年代初頭の日本の絶頂期であれば、どんなに下手な英語で話をしても、相手は日本の言うことを聞きもらすまいと一生懸命だった。それは、背後に経済大国日本に対する尊敬と脅威があったからである。世界に対する日本の影響力、あるいは日本に対する世界の関心が目に見えて低下しているなかで、日本からの発信は、よほど内容が充実していないと誰も聞いてくれない。まず、こうした状況認識の共有が必要だ。

     これに関連して筆者が残念に思っているのは、未だに残る欧米信仰である。たとえば政府の審議会での議論で常に出るのは、「EUでは排出権取引(ETS)を導入しているのに日本はなぜやらないのか」とか、「スペインやドイツで再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度を導入して『成功』しているのに、なぜ日本は追従しないのか」という議論である。

     この発想を引きずっているのが日本から海外への調査団である。同じようなテーマについて、顔ぶれを変えながら欧米に大規模な調査団を送る。このなかには、英語ができずに議論に加われない人もいる。ときには日本大使館員も動員されて、ご苦労なことである。情報発信どころか受信専用である。

     相手から見れば、毎回同じような質問を受けるだけで見返りはない。もし筆者が相手の立場であれば、時間の無駄であるので真面目な対応をしないだろう。真面目にやるのは、たとえば日本にEU-ETSを採用させる意図があるような場合だけである。