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新型コロナパンデミックは中国の大気環境を改善したか?


公益財団法人 地球環境戦略研究機関(IGES) 北京事務所長


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1.はじめに

 今年初めに中国で大流行した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、パンデミック(世界的な大流行)となって今なお世界中で猛威を振るっている。中国をはじめとして世界各地で都市封鎖や外出移動等の制限が行われ、社会経済活動が大きく縮小した。工場の稼働停止や操業短縮、交通量の減少等により大気汚染が改善されたのではないかとの指摘もされている。本稿では今年第一四半期に中国で大流行した新型コロナウイルス感染症の影響により、中国の大気汚染が具体的にどの程度改善されたのかについて、中国政府が公式に発表している大気環境モニタリングデータを用いて、私がマクロ的に考察した結果を紹介したいと思う。

2.中国の大気汚染の状況

 新型コロナウイルス感染症の流行による影響を見る前に、最近の中国の大気汚染がどのような状況にあるのか簡単に振り返ってみたい。大気汚染の状況を正しく把握するには正確なモニタリングデータが必要であるが、中国で現在の常時監視体制が敷かれたのは2013年以降である。もちろんそれ以前から、20世紀には手分析による測定が主流で、21世紀に入ってからは自動連続測定器による監視が行われるようになっていたが、2012年に大気環境基準が抜本的に改正され、2013年から各都市で徐々にこの基準が適用されることになった。具体的には2013年には全国の重点74都市で、2014年には169都市に拡大し、2015年から全国の338都市すべてに適用されることになった。全国の1,500近くの測定局でPM2.5ほか5項目(PM10、NO2、SO2、O3、CO)について常時監視されている。これら6項目の2015年以降の年平均値等の濃度変化を整理したのが図1である。複雑な光化学反応を経て発生するO3(オゾン)を除けば、過去5年間大気汚染対策強化の効果もあって、毎年6%を超える経済成長があったにも関わらず、継続的に改善されてきているのがわかる。
 なお、大気環境基準値は複雑なのでここでは細かく紹介しないが、年平均値が設定されている4項目について、一般的な地域に適用される基準(二級基準)は表1のとおりである。


表1 年平均値の環境基準値(二級基準値)


図1 2015年~2019年全国337(338)都市の大気汚染状況
(出典)各年の中国環境状況公報等から筆者作成
(注)2015~18年は338都市、2019年は337都市

3.新型コロナウイルス感染症流行が中国の大気環境改善に及ぼした影響に関する考察

 影響を考察する方法としては2通り考えられる。①新型コロナウイルス感染症流行前後での比較、及び②過去の同時期との比較――である。①の方法の例としては、2月下旬にアメリカ航空宇宙局(NASA)が衛星画像を公開している(図2)。中国では2020年1月1-20日の期間と2月10-25日の期間の二酸化窒素濃度には大きな差が見られると指摘している。3月17日付けのBusiness Insiderの記事によれば、この差は35%程度としている。


図2 中国大陸の1月1-20日の期間と2月10-25日の期間の二酸化窒素濃度の比較
(出典)https://www.businessinsider.com/satellite-images-air-pollution-drop-china-coronavirus-2020-3

 しかし、いずれの方法で比較するにしても考慮しなければならない幾つかの要素がある。①の場合では、前後の期間を長くすれば季節変化(冬季~春季)の影響が表れ、短くすれば当該期間中の気象状況の変化の影響を敏感に受けることになる。また、旧正月である春節(20年は1月25日)前後の大型連休の影響も考慮する必要がある。この期間は工場等の稼働停止等により汚染物質の排出量が減少すると考えられる。②の過去の同時期との比較を行う場合でも、ⅰ)毎年の大気汚染対策の進展による改善効果、ⅱ)春節前後の大型連休の影響(注:毎年春節の時期が異なる)、ⅲ)黄砂や特殊な気象(重度汚染が発生しやすい気象条件)などによる影響――を考慮する必要がある。
 以上の注意点をできる限り考慮して、中国政府(具体的には生態環境部及び中国環境モニタリング総ステーション)がウエブサイトで公表しているモニタリング結果の報告を用いて分析すると次のようになった。(詳しい考察と計算の結果は公益財団法人地球環境戦略研究機関(IGES)のウエブサイトで私が公表しているので、こちらも参照されたい。)

(1)感染症流行前後での比較
 まず、感染症流行前後の1、2か月間で単純比較すると、汚染物質の種類により若干異なるが、流行後の観測値は流行前よりも30~44%程度(平均で37~38%程度)と大きく低下していた(図3は流行前後の各2か月間を比較したもの)。


図3 感染症流行前後2か月間の単純比較

 これに過去4年間の月別の変動傾向(季節変化による低下率)を考慮して感染症の流行による影響を推計すると、感染症流行寄与分は18~24%程度(平均約20%)と推計された(表2)。


表2 感染症流行による影響(環境濃度の改善率)の推計

(2)前年同時期との比較
 2019年と2020年の観測値を単純に比較すると、2020年の観測値は各汚染物質とも25%程度低下していた(表3)。


表3 2~3月平均の全国337都市の大気汚染状況
注:単位はすべてµg/m3

 これに毎年の大気汚染対策の進展による改善効果の割合を考慮するため、2015年以降の5年間の各汚染物質の年平均値データ(図1)を用いて年平均低下率(改善率)を算定し、これを毎年の大気汚染対策の進展による改善効果と見なして、2020年の仮想濃度等を計算すると表4のようになる。
 汚染物質の種類により割合は異なるが、感染症の流行による社会経済活動の縮小により通常時よりも18~24%程度(平均で20%程度)、濃度が低下したと推計できた。


表4 年単純平均低下率(毎年の大気汚染対策の進展による改善効果の割合)
から算出した2020年の仮想値との比較(感染症流行寄与分の推計)

4.結論

 中国において新型コロナウイルス感染症の流行により、大気汚染が具体的にどの程度改善されたのかについてマクロ的な視点で考察を試みた結果、単純な比較では25~38%程度改善されていたが、流行前後の季節変化による影響や毎年の大気汚染対策の進展による改善効果等を考慮して改善の程度を推定すると、ざっくりとまとめて20%程度改善されたのではないかと推計された。
 ただし、この20%程度の改善は、追加的な環境対策の進展による改善ではないから、社会経済活動が回復するにつれて帳消しになる性格のものである。5月の労働節の大型連休以降に社会経済活動は徐々に回復していくものと思われるが、今後ドラスティックな環境政策の変更がない限り、表4に掲げたように毎年の環境対策の進展による改善効果が引き続き2.5~7.9%程度は見込まれるから、中国の大気汚染が改善されていくという基調には変化がないだろう。



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