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エネルギー・環境ビジネスにおけるシナリオプランニングの手法(1)

コロナ自粛に悩む経営戦略スタッフのために


東京大学公共政策大学院 客員教授


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コロナ自粛

 何回か、「シナリオプランニングの手法」という話題で書かせていただきます。読者を、エネルギー・環境ビジネスに関心あられる日本企業に働いておられる方々、と想定します。
 筆者はこの手法を、四半世紀の間、実践的に使い慣らしています。また、大学でシナリオプランニングの理論と技法を教える講座を7年間、維持している大ベテランです。1992年、エネルギーメジャー企業のロイヤル・ダッチ・シェルのシナリオチーム(在ロンドン)に3年半働いて、その後も長年の付き合いとなり、経験と方法論を得ました。ふたたび日本で仕事をするようになってから、シナリオプランニングを我が国の民間企業や政府組織が活用できるように、技法化し、「日本化する」試みを続けています。
 シナリオプランニングにはいくつかの「流派」がありますが、本稿は、やはりシェルの流儀の影響を受けざるをえません。シェルのチームだって日進月歩、若手たちが、たえず新しい理論や技法を持ち込んで来るので、刺激的です。ただ、どうしてもエネルギー・環境ビジネスの話題を取り上げやすくなるもので、この誌面をお借りするという経緯であります。

 連載形式で書きます。本稿から5回は、「コロナ自粛に悩む経営戦略検討スタッフ」というシリーズ名の連載です。

 さて、日本の大規模エネルギー企業の経営企画部門に属する、30代の若手スタッフ(架空の人物、モデルはいません)を思い浮かべてほしい。以下、戯画風に書く。

 2020年、春のことである。
 ・・・なにしろコロナ禍で、会社に行けない。けれども、経営企画部は今年秋から中長期経営計画の策定に入るので、それまでに将来のビジネス環境想定が仕上がっていなければならぬ。私が主担当なのだ。経営トップから「今回の中長計は10年後まで見通したい。シナリオプランニングをやってみたい」という指示が出ているので、ここの勉強も始めなくては・・・ビジネス関連書のコーナーで『シナリオ手法-実践指南』を、部門経費で数冊買った。
 部長は、テレワークで基礎調査を仕上げ、報告せよ、と励まし、しきりにウェブ会議を仕掛けてくる。「ウェブ会議はいい、この方が効率的だ」と思い始めたんじゃないだろうか・・・

 まず、当社の長期的な経営環境リスクとは、具体的になんだろう。アイディアが欲しい。今年1月末のダボス会議が参考になるかも。なにしろ世界中の勢いのある大企業の経営者が集まって議論するのだから。ダボス会議は貫録がある。きっと経営会議での発表に使える。
 ダボス会議、つまり世界経済フォーラムの事務局は、毎年末、『グローバルリスク報告書』を発表して1月の会議に備える。2019年末のリスク報告書を読んだら、「発生する確率が高く世界経済への影響度の高いリスク事象」とは、異常気象、気候変動の緩和・適応の失敗、水危機・・・温暖化関連ばかりだった。新型コロナのパンデミックは、どこだ? 発生確率はそんなに高くない、という位置に置いてあるじゃないか!
 そこでダボス会議を諦め、参考書を読みだす。
 シナリオプランニングの最初のステップは、当社に影響を与えそうな将来のリスク事象を、社会・経済・技術・環境問題・国際政治・・・なんでも、なるべく広くあげてみる、と書いている。そこで経営企画部門および社内の親しくしている若手たちに向けたアンケートを作り、メール配信して返信を待つ。
 「今年秋からはじまる中長期経営計画作業の一環でアンケート調査をします。今から10年後まで、当社の経営に影響をあたえそうな内外のリスク事象を書いてください」
 数日したら、以下の回答が集まった。もちろんエネルギー会社の関心から世の中を見ているのだ。

パンデミックは一過性なのか、繰り返されるのか
原油価格
テレワークが定着するのか
気候変動対策、国際交渉の成否
少子高齢化
原発は再び社会に受け入れられるのか
当社は新卒学生に不人気だ

 取りまとめにかかる。

 指南書の中に便利な図を見つけた。

 説明によれば、まず2軸の画面を用意し、縦軸は経営に与える影響の重大性、横軸は未来変化の在りようの不確実性、とする。この画面に、アンケートの回答をカードに書いて置いてゆく。指南書には、この作業は大勢がホワイトボードの大画面の前に集まって議論しながら進める、とある。が、会社に集まれないのだ! そこで自分のラップトップで作業して「叩き台」をつくり、メールに乗せて、協力者たちにコメントを求める。
 「叩き台、了解!」の返事が一両日中に返ってきた。皆、アクションが早い。オンラインは効率的だなぁ。

 次の工程に進もう。『実践指南』を読むと・・・最も不確実性が高くて、経営への影響が大きい位置にあるカードを2つ選び、縦横の「十字架図」を作る。縦軸横軸それぞれのテーマの未来展開を、2様に描き分け、組み合わせて4象限にすれば、異なる4つの経営環境が描けるだろう。ナルホド。
 そこで、パンデミックと温暖化対策、の2つのテーマを選んでみた。
 新型コロナの前に現われた大規模なウィルス性感染症の流行は、2012年に出現したMERSで、その前が2009年の新型インフルエンザH1N1、さらにその前が2003年SARS。世界のどこかで、5年に一度発生し、流行している・・・今後もそうなのだろうか?
 温暖化問題。地球温暖化は今後10年不可避、悪化する。が、企業や社会や政府や国際組織・国際政治は、深刻化する温暖化問題に対してどれほど真剣に対策を合意し、実行するのか? ここが不確実なのだろう。
 組み合わせて4象限、4通りの未来世界が現れた。シナリオA、B、C、D、それぞれのボックスにストーリーを書き込んでゆけばいい。一刀両断! わはは、出来そうだ・・・

 シナリオA、B、C、Dの中味を簡単に書き下し、概要をまとめたスライドと一緒に、関係者に送った。経営企画部長のウェブ会議が開かれて部内で共有されて、修正提案とか、チャットに書き込んでもらう。
 夏に入って、ようやっと出勤できた。同僚たちも席に着き、応援が整い、シナリオ作品が仕上がってくる。たくさんのバックアップスライドも作られた。夏休みがない今年の夏だけれども、充実した夏ではある・・・

 実はこのシナリオ作品は、経営戦略会議の場で、ほとんど役立たなかった。経営企画部のプレゼンを聞いて、経営陣は顔を見合わせている。「アイツラは、われわれが、将来、いつごろ、どんなリスクを予期しておけば、戦略の達成に問題ない、と進言しとるのか・・・」、「ワカラン」。

 戦略ディスカッションとはつまるところ、自社が何年先に、どんな姿になっているべきか、を経営陣が合意し、これを目指したアクションプランを、時間軸に沿って整合的に構築してゆくのが目標でしょう。シナリオプランニングは、このプロセスに組み込まれていなければならぬ。経営陣をまきこまなくては、ダメだ。
 次回から、経営戦略検討に役立つシナリオプランニング手法をご紹介してゆきます。