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組織的な温暖化懐疑論・否定論にご用心


国立環境研究所 地球環境研究センター 副センター長


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 国際環境経済研究所は、「経済と環境の両立」をめざし、ウェブを通じて情報を発信する場として機能しています。設置の目的にあるように、地球温暖化対策への羅針盤となることも目的とし、温暖化問題に関する多様な意見も発信しています。
 その観点から、英国のシンクタンクGWPF(地球温暖化政策財団)の温暖化問題への視点をホームページ上で紹介していましたが、国立環境研究所・地球環境研究センター江守副センター長から、GWPFのレポートは一面的な見方が多いとのご指摘を戴き、具体的な内容に関する寄稿を戴きました。
 当研究所の掲載は、主席研究員を中心とした論考が多いのですが、いつもの論考とは異なる視点の論考もお読み戴ければ大変幸甚です。

英語圏における組織的な温暖化懐疑論・否定論

 人間活動を原因とする地球温暖化、気候変動をめぐっては、その科学や政策を妨害するための組織的な懐疑論・否定論のプロパガンダ活動が、英語圏を中心に活発に行われてきたことが知られている。

 米国の科学史家ナオミ・オレスケスらによる「世界を騙し続ける科学者たち」(原題:Merchants of Doubt) にその実態が詳しく記されている。タバコ、オゾンホール、地球温暖化といった問題に共通して、規制を妨害する側の戦略は、科学への疑いを作り出し、人々に「科学がまだ論争状態にある」と思わせることだ(manufactured controversy) 。そこでは、規制を嫌う企業が保守系シンクタンクに出資し、そこに繋がりを持った非主流派の科学者が懐疑論・否定論を展開し、保守系メディアがそれを社会に拡散している。

 他にも社会科学者がこの問題について実態解明を進めており、2015年にNature Climate Changeに掲載された論文 では、懐疑論・否定論の多くはエクソン・モービルとコーク・ファミリー財団という化石燃料企業やその関連組織が中心となって広められていることがネットワーク分析により明らかになっている。

 化石燃料企業の経営の視点から見れば、温室効果ガスの排出規制等が政策として導入されれば収益に著しい損失をもたらすのだから、それを妨害するためであればプロパガンダ活動に相当の出資をしても見合うというのが「合理的な」判断かもしれない。

 しかし、気候変動の危機の認識が社会において主流となってきた現在では、そのような妨害活動の実態を暴かれることが、企業にとって大きなレピュテーションリスクや訴訟リスクとして跳ね返ることになり、損得勘定は以前と変わってきているだろう。エクソン・モービルは、1970年代から人間活動による温暖化を科学的に理解していたにもかかわらず、対外的には温暖化は不確かという立場をとり続けてきたことが明らかになり、複数の訴訟を起こされている

日本における懐疑論・否定論

 筆者は2007-2009年ごろの地球温暖化が社会的関心を集めた時期に、温暖化懐疑論・否定論とずいぶん議論する機会をもった。筆者の当時からの認識としては、日本国内において英語圏の資本による組織的な懐疑論・否定論プロパガンダの影響は小さいと思っていた。

 日本では、懐疑論・否定論に同調的な産業界寄りの論客がたまに現れるものの、エネルギー産業や鉄鋼業などの企業も、組織としては気候変動の科学をIPCCに基づき理解しようと努めており、規制に対抗するにしても、科学論争ではなく政策論争を争点としているようにみえた。

 これまでに筆者が議論した懐疑論・否定論の論客(多くは気候科学以外を専門とする大学教授) も、英語圏の懐疑論・否定論をよく引用するものの、筆者個人の印象では、英語圏の資本による組織的なプロパガンダとはつながっていないようにみえた。

GWPFの記事を組織的に紹介?

 そのため、国際環境経済研究所(IEEI)のウェブページ で、Global Warming Policy Foundation (GWPF) の記事が系統的に紹介されているのを知った際には、身構えざるを得なかった。

 GWPFについて、筆者は断定的な論評を避けるが、ネットを検索して出てくる情報 は以下のようなものである。

気候変動否定論者であるNigel Lawson(英国サッチャー政権の財務大臣)が2009年に設立した英国に本拠を置く気候懐疑論シンクタンク。
教育的慈善団体として登録されていたが、英国政府の慈善委員会から、教育的というより特定の政治的主張を行っているという疑義を呈された。
出資者の情報を公開することを頑なに拒否しており、化石燃料業界との関係を否定していた。しかし、2014年に、化石燃料業界からの出資を受けている自由市場主義シンクタンクInstitute of Economic Affairsとつながりがある2名の個人(Neil Record、Nigel Vinson)からの出資が明らかになった。

 IEEIに掲載されているGWPFの記事は、どれも評論家・翻訳家の山形浩生氏により邦訳されており、気候変動に関する記事のすべてにキャノングローバル戦略研究所の杉山大志氏の解説が付されている。

内容はどこがおかしいのか?

 筆者はすべての記事に目を通してはいないが、たまたま読むことになった「熱帯の空:気候危機論への反証」 という記事について、少し詳しく紹介したい。記事の主張は、地球温暖化の予測シミュレーションに用いられる気候モデルが、人工衛星による観測データと比較して、過去の対流圏(地表から数キロ上空)の気温上昇を大幅に過大評価している、というものだ。

 原著者のジョン・クリスティ氏は米国の気候科学者であり、記事の内容は査読論文(Christy et al., 2018 など)に基づいているので、一見すると正当な科学的主張のようにみえる。しかし、筆者が詳しく読んだところ、以下のような問題があった。

1.
観測データについては論文に詳しく論じられているが、モデルと観測の比較については方法論の記述がほとんどない。
2.
同じ問題についてモデルと観測を詳細に比較した論文(Santer et al., 2017 )が1年前に出ており、モデルに本質的な問題があるとはいえないと結論しているが、Christy et al., 2018はこの論文を参照していない。
3.
モデルと観測の比較のグラフ(図7)の描き方が恣意的である。違いが大きくみえるように始点を決めている
4.
IPCCの図(図9)の引用の仕方が恣意的である。モデルと観測が合わない期間のみ引用している(IPCCの本文中には、モデルと観測がより整合する期間の図がある)。

 3について、具体的には以下の図で、1982-1997において、モデル(ピンク)の幅の中心は、観測データ(青)とほぼ同じ動きをしているが、観測データがモデルの幅の下端に沿って描かれているため、その後の違いが強調されるような不自然な図になっている。

 クリスティ氏はリモートセンシングなどご自身の専門分野では立派な研究者なのかもしれないが、気候変動の理解や予測をめぐっては何等かの理由で主流の科学に反発する立場になったようだ。組織的な地球温暖化懐疑論・否定論活動は、そういった微妙な立場の専門家をプロパガンダ活動に取り込んでいく。

IPCC「1.5℃報告書」の欠陥?

 他には、アイルランドの気象学者レイ・ベイツ氏による「IPCC『1.5℃報告書』の欠陥」 という記事が筆者の周囲で話題になった。ベイツ氏は、GWPFと同様の目的を持つアイルランドの組織ICSF の創設者の一人であり、気候変動の科学の主流に対して長年「逆張り」をしてきた方のようだ

 この記事では、人間活動を原因とする過去の気温上昇量について「1.5℃報告書」が2013-2014年に出版されたIPCC第5次評価報告書に比べて科学的な厳密性を損ねているという主張のほか、気候モデルの不確実性等について以前からよくある議論が述べられている。

 この記事について、「1.5℃報告書」の執筆者の一人であるIGESの甲斐沼美紀子氏が他の執筆者に尋ねたところ、過去の気温上昇量については「1.5℃報告書」と第5次報告書は完全に整合的であること、記事には特に目新しい知見は無いので学術論文として出版されない限りは相手にしないほうがよいこと、などの回答を得ている。

 なお、杉山大志氏も「1.5℃報告書」の執筆者の一人であるが、「IPCCの1.5度特別報告書は、その科学的知見の取り扱いについて、重大な欠陥があったと指摘する論文」と、否定も肯定もせずに受け入れるような短い解説をつけている。

懐疑論・否定論のリスク

 温暖化懐疑論・否定論は主流の科学との議論に勝つ必要はなく、「なにやら論争状態にあるらしい」と世間に思わせることができれば成功なのであるから、それに反論する活動に比べると圧倒的にノーリスクで有利な、「言ったもん勝ち」の面がある。

 一方、世間がそのようなプロパガンダ活動の存在を知れば、ある組織がその活動に関わっていると世間から見られることは、組織の評判を毀損するレピュテーションリスクになるだろう。懐疑論・否定論を見る側も、見せる側も、そのことをよく理解してほしいと思う。

 最後に、この記事を寄稿させてくださったIEEIのオープンな姿勢に敬意を表し、心より感謝を申し上げる。