イラン情勢はこう着か?

もはや海峡封鎖は武器にならない


日本エネルギー経済研究所 石油情報センター

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(「月刊ビジネスアイ エネコ」2019年10月号からの転載)

 一時期、緊張が高まっていたイラン情勢()もこのところなぜか静かになっている。
 今年5月と6月には、ホルムズ海峡の出口付近で何者かがタンカーを攻撃し、その後、米国の無人偵察機が撃墜され、イラン攻撃寸前まで緊張が高まった。7月には、英国とイランの間でタンカー拿捕の応酬もあった。その後、情勢はほとんど変化していないのに、なぜか落ち着いてしまった。イランは、マクロン仏大統領の米国イラン首脳会談の提案に沿って、外交的解決を望んでいるのかもしれない。
 WTI原油先物価格も、米国・イラン対立をあまり材料視せず、米中貿易摩擦の深刻化の影響により1バレル=50ドル台半ばで方向感覚を失っている。
 本稿では、今回のホルムズ海峡をめぐる緊張の背景と、今後の展開を考察してみたい。


図 ホルムズ海峡をめぐる状況
出所:米国エネルギー情報局(EIA)

イラン核合意

 今回の米国イランの緊張は、米国が昨年5月、イラン核合意から一方的に離脱したことに端を発している(表1)。国連常任理事国5カ国とドイツ(P5+1)はイランとの間で、イランが核開発を凍結する見返りに、対イラン経済制裁を解除することで2015年7月に国際合意(包括的共同行動計画、JCPOA)した。しかし、トランプ米大統領は、合意には致命的欠陥があるとして離脱を宣言し、合意内容の見直しを要求、イランとのドル決済の制限やイランからの石油輸入の禁止といった経済制裁を復活させた。


表1 最近の米国・イランの対立
出所:筆者作成

 欧州連合(EU)3カ国やロシア、中国は、米国に批判的で、核合意の維持を支持している。ただ、米国の意向は絶大で、イランの原油輸出は2年前に約250万バレル/日(BD)だったのが、最近では20万~30万BD程度まで減少しているといわれる。
 これに対し、イランは猛反発し、ウラン濃縮活動の再開など、核合意の義務履行の一部停止で抵抗している。ただ、米国に武力行使の口実を与えることを怖れてか、意外なほど低姿勢で対応している。イランのロウハニ大統領は国際協調路線をとっており、最高指導者ハメネイ師の指示を受けて、外交的解決の道を目指しているのかもしれない。
 トランプ大統領の姿勢の背景には、オバマ前大統領の歴史的遺産(レガシー)の否定や、大統領再選を目指してコア支持層である親イスラエルのキリスト教福音派(エバンゲリスト)へのアピールがあるなどと言われている。しかし、共和党の多くや保守派は、イラン核合意はオバマ前大統領の合意当時から、内容が不十分で、将来のイラン核兵器保有に道を開くとして、批判的だった。

相互不信の連鎖

 今回の米国・イラン関係の緊張は、トランプ大統領の外交スタイルに起因する部分が大きいが、根本的には両国間の相互不信に起因しているように思われる。
 イラン側にすれば、民主革命で成立したアガザデ政権を1953年に転覆させた張本人は米国で、その後、王位に就いたパーレビ国王の独裁を支えたのも米国という屈辱の歴史がある。パーレビ王制を打倒した1979年の宗教革命後も、イランは一貫した反米機運により国内を統一してきた。
 1980~88年のイラン・イラク戦争でも、米国はイラクに軍事支援を行い、イランの首都テヘランにはいまも「打倒米国」(Down with USA)の標語が見られる。
 一方、米国側にすれば、宗教革命直後の1979年11月、在テヘラン米国大使館に学生たちが乱入し、米国人外交官が444日にわたって人質にされた記憶がある。1983年には、イランに支援された過激派勢力がレバノンで米海兵隊宿舎に自爆攻撃を行い、兵士241人が犠牲になった。
 イランでは2003年、反体制派がイランの核兵器開発を暴露したこともあった。イランが核拡散防止条約(NPT)加盟国には核平和利用の権利があると言っても、信じられないのは当然である。

伝統的友好国の立場

 オバマ前米大統領が、イラン核合意を決めた際、もっとも反発したのは、米国の伝統的友好国であるイスラエルとサウジアラビアだった。両国は、トランプ大統領就任後の初外遊先になるなど、急速に関係を修復した。
 イランの現体制は、イスラム宗教革命によって成立した関係上、聖地を不法占拠し、イスラム教徒を迫害するイスラエルを敵視している。アフマドネジャド前大統領は公然と「イスラエルを地中海に叩き落としてやる」と発言した。
 また、シリア内戦で、イランは、シーア派の分派(アラウィ派)を中心とするアサド政権を支援し、イラン国軍とは別系統の精鋭部隊「革命防衛隊」をシリア国内に駐留させている。
 シリアとイスラエルは過去何度も交戦しており、同国にとってアサド政権は「天敵」である。イスラエルは国家の安全保障上、将来を含めてイランの核開発は絶対に認められない。
 一方、サウジは、イスラム教主流派・スンナ派のリーダー国家であり、アラブ民族のリーダーでもある。これに対し、イランは、イスラム教の少数派であるシーア派の主導国で、ペルシャ民族中心の国である。二大産油国の両国は、伝統的に地域で覇権争いを演じてきた。イラン革命後、湾岸のスンニ派王制諸国は、王制を打倒したシーア派宗教革命の「輸出」を怖れてきた。そして、イラン・イラク戦争(1980~88年)では、スンニ派政権であるイラクのフセイン大統領にイランの防波堤の役割を期待してきた。
 こうした事情をおそらく理解していただろうジョージ・H・W・ブッシュ(パパ・ブッシュ)大統領は、湾岸戦争でフセイン大統領をクウェートから駆逐しただけで追い詰めなかった。しかし、ブッシュ(ジュニア)大統領は、イラク戦争(2003年)でフセイン政権を打倒してしまい、おせっかいにも「民主選挙」を実施し、人口比で多数を占めるシーア派政権を誕生させた。その結果、イラクはイランの友好国になった。さらに、イラクの前政権の軍人・官僚は追放され、「イスラム国」(IS)に多数参加することになる。
 イランはイラクを通じ、シリア、レバノンと地中海への“通路”を確保した。サウジの南隣のイエメンを含め、ヨルダンのアブダラ国王は、イラン勢力が湾岸王制諸国を取り囲む状況を「シーア派の三日月」と称した。サウジにすれば、イラク戦争という米国の失策でイランの伸長を許した上、イランの将来の核開発の余地を残すようなイラン核合意は、米国による裏切りと映ったに違いない。
 サウジとアラブ首長国連邦(UAE)はイランが核武装した場合、これに追随するとしている。

シェール革命の影響

 オバマ前政権が中東の伝統的友好国、特にサウジを無視した背景には、シェール革命があったといえよう。
 米国はシェール革命によって世界最大の産油国となり、エネルギー自立が可能になった。2020年末には石油の純輸出国になるとみられている。米国の中東石油への依存度が下がるのは明らかで、米国にとって中東のエネルギー安全保障上の地位は大きく低下した。
 シェール革命は本来、石油資源の中東依存を軽減し、エネルギー安全保障を向上させると考えられてきた。しかし、米国の中東へのコミット低下は、中東原油への依存度が高い日本、韓国、台湾などにとって、皮肉にも、エネルギー安全保障の環境を悪化させることになった。

ホルムズ海峡封鎖シナリオ

 イラン情勢が緊迫化すると、必ず出てくるのがホルムズ海峡封鎖シナリオである。
 ホルムズ海峡は、イランとオマーン(飛び地)に面した最狭部約34㎞の潮流の早い海峡で、ペルシャ(アラビア)湾とインド洋を結んでいる。米国エネルギー情報局(EIA)によれば、2018年の平均石油通過量は2100万BDで、世界の産油量の約20%、石油貿易量の40%弱がここを通る。また、わが国の原油輸入量の約80%がここを通過する。つまり、世界の石油輸送路で最大の隘路(チョークポイント)である。
 そのため、ホルムズ海峡を迂回するパイプラインも整備されている。サウジは、東西パイプライン(延長約1200㎞、輸送能力約500万BD)を東部産油地帯のアブカイクから紅海側出荷基地ヤンブーまで整備し、UAEは、アブダビ原油パイプライン(延長約370㎞、輸送能力150万BD)をマーバン原油の集積地ハブシャンからオマーン湾に面した補給(油)地フジャイラまで整備している。
 ただ、パイプラインの能力が不足しており、封鎖時は十分に対応できない。サウジのファリハ・エネルギー産業鉱物資源相は最近、東西パイプラインの能力をサウジの原油全輸出量に相当する700万BDに増強すると発言している。

海峡封鎖はできるか?

 現状では、イラン政府が目に見える形で、ホルムズ海峡を封鎖することは考えにくい。おそらく、市場もそうみているのだろう。米国とイランが対立する状況下でも、原油価格は落ち着いている。両国に軍事的能力の差があることはもちろんだが、ここでは政治的意思の問題を取り上げる。
 まず、イラン国内の経済的困窮がさらに進んだり、イスラムの宗教体制維持に関わるような事態に発展したりしない限り、イランが自ら米国などの海外勢力に軍事介入の口実を与えることはしないと考えられる。間違いなく、米国の軍事介入はイランの体制崩壊につながるリスクがある。トランプ大統領は、イランの現体制を崩壊させるつもりはないと明言しているが、ボルトン安全保障担当大統領補佐官ら保守派は、シーア派宗教体制を崩壊させるチャンスを待っているに違いない。
 イランのザリフ外相は、米国のボルトン補佐官、イスラエルのベンジャミン・ネタミャフ首相、サウジのムハンマド・ビン・サルマン皇太子、UAEのムハンマド・ビン・ザーイド皇太子からなる「チームB」がイラン崩壊を画策していると批判している。
 イランでは現時点で、ロウハニ大統領率いる国際協調派が、革命防衛隊などの保守派、ヒズボラなどの海外支援組織を十分に抑えているように見える。戦争状態にあるイエメンを除き、最近、イランに関わる大きな衝突、事件は起こっていない。8月末には、イスラエルが、シリアのイラン革命防衛隊の基地やレバノンのヒズボラの拠点に大規模な攻撃を仕掛けたにもかかわらず、イランは自重している。
 ホルムズ海峡は封鎖できないとみられる第二の理由は、湾岸地域の地政学的環境の変化である。イラン・イラク戦争末期の1987年当時、イランがペルシャ湾でタンカー攻撃を仕掛け、対応策としてタンカーが船団を組み、米艦隊に護衛されて航行したことがあった。この時、湾岸地域でイランは孤立無援だった。しかし今は、イラクやカタールといった友好国や支援国への影響も考えなくてはならなくなっている。
 第三の理由は、石油消費国への影響である。もし、イランがホルムズ海峡を封鎖した場合、国際石油市場は一時的に大混乱するだろう。しかし、国際エネルギー機関(IEA)加盟の先進消費国は、最低純輸入量の90日分の石油備蓄(表2)を保有しており、これを活用したIEA主導の「協調的緊急時対応措置」(CERM)という危機管理体制が整備されている(表3)。


表2 主要先進国の備蓄日数(IEA基準、2019年5月時点)
※ 日本の石油備蓄法に基づく備蓄日数は231日。国際エネルギー
機関(IEA)の基準とは計算が異なる
出所:国際エネルギー機関(IEA)

 湾岸戦争の開戦時、CERMが初めて発動され、これまでに3回の発動実績がある。もしホルムズ海峡が封鎖された場合、過去の事例よりはるかに大規模な発動になることは間違いないが、淡々と備蓄を取り崩していけば、相当程度の対応は可能だろう。


表3 日本の備蓄放出事例
* IEA/CERM
※ 日本の過去の備蓄放出は民間備蓄義務日数の軽減により行われた
出所:筆者作成

有志連合の幻想

 トランプ大統領は6月下旬、日本を名指しして、自国タンカーは自国で守るべきと発言した。米軍の統合参謀本部議長は7月9日、商船の安全航行を確保するための「有志連合」結成を呼び掛けた。現時点で、英国、オーストラリア、バーレーンが参加を表明し、韓国が参加に前向きなだけで、賛同が集まっていない。名称は、軍事介入を連想させる「有志連合」から「海洋安全保障構想」に変わった。
 この発想には、トランプ流の受益者負担の考え方が垣間見えるが、中国に中東地域、湾岸地域の安全保障の役割を与えかねない点で、根本的な欠陥がある。ホルムズ依存度では日本が高いが、通過量では中国がはるかに多い。

今後の見通し

 現在、マクロン仏大統領の仲介で、この秋の国連総会時にトランプ大統領とロウハニ大統領の米国イラン首脳会談の開催が模索されている。イランは、最低70万BDの原油輸出が認められれば会談してもいいと言い、トランプ大統領も環境が整えば会ってもいいとしているが、双方が納得できるような前提が準備できるか難しいところだろう。
 結局、2020年秋の米国大統領選挙が終わるまで、こう着状態が続くのかもしれない。
 問題は、それまでロウハニ大統領率いる国際協調派が政治的、経済的にもつかである。加えて、イランが核合意の一部履行停止を積み重ねていくうちに、核兵器取得までのリードタイム(ブレークアウトタイム)がどんどん短くなっていくことも問題である。