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政府報告書に見るドイツエネルギー転換の隘路 


読売新聞編集委員


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 前回はドイツを代表する週刊誌であるシュピーゲル誌の記事を根拠に、ドイツ国内で「エネルギー転換」への懐疑が広がっていることを報告した。今回はその背景にある、困難に直面する「転換」の最新状況を、主に政府や研究機関の報告書を根拠に少し詳しく見てみたい。
 問題点としてはこれまでも、①不安定化する電力供給②進まない高圧送電線建設③電気料金の高騰④減らない温室効果ガス――などが指摘されてきた。そのほとんどが、すでに日本においても報道されているが、最新の報告書が物語るのは、それぞれの問題点について事態は改善されておらず、多くの点で一層深刻になっている現状である。
 最も基本的な文書は、送電線網をはじめ、ガス、通信、郵便、鉄道を管轄する連邦ネット庁の年次報告書である。その報告書に研究機関の報告書、メディア報道も加味すると次のような状況が浮かび上がってくる。
 まず①については、再生可能エネルギー(以下再エネ)の割合が高くなるにつれて、天気頼りで不安定な再エネの発電が不足したり、逆に多量に流れ込むことによる電力需給の不安定化と、その不安定化を解消するためにかかるコストや補償費膨張に歯止めがかからない現実がある。
 ネット庁報告書によれば、電力系統安定化のためには、ⅰ再給電指令(Redispatch)ⅱ待機発電所ⅲ系統流入管理(出力制御、ドイツ語でEinspeisemanagement)といった手段がある。


電力系統安定化のためのコスト
出典:連邦ネット庁の報告書のデータを元に作成

 石炭やガス発電所など化石燃料発電所を対象に、電力需給の状況により発電量の増減を求めるⅰの再給電指令では、2011年、電力量で2566GWh、コストで4200万ユーロだったのが、15年には1万5436GWh、4億1200万ユーロに急増し、16年には減少したものの、17年に再び上昇し1万8456GWh、3億9200万ユーロとなった。
 ⅱの待機発電所についてかかった費用は、2014年は6600万ユーロだったのが、15年2億2800万ユーロ、16年2億8600万ユーロ、17年4億8300万ユーロと、14~17年で7.3倍増である。
 ⅲの再エネ発電所を対象にとした発電量の制限である系統流入管理は、2014年1582GWh、1億8300万ユーロだったのが、15年4722GWh、4億7800万ユーロ、16年3743GWh、3億7300万ユーロ、17年5518GWh、6億1000万ユーロと、同様に電力量で3.5倍、費用で3.3倍になった。
 こうした系統安定化のための様々な手段は、福島第1原発事故(2011年)を直接のきっかけとした「転換」本格化に軌を一にして、増大してきたことが分かる。これらのコストを合計すると、2015年11億4100万ユーロ、16年8億9300万ユーロ、17年15億1400万ユーロとなり、11年からの累計では55億7500万ユーロに達する。
 日本円にすると累計は約6800億円かかったことになり、最終的には国民負担となるが、システムの不安定化から来る、本来は支払わなくていいコストとしてはいささか巨額ではないだろうか。
 福島第1原発事故をきっかけに、「転換」に本格的に取り組み始めた当初から問題は指摘されており、2011年秋には、電力が不足する際に急いで立ち上げて不足を補う「待機予備力」(英語でcold reserve、ドイツ語でKaltereserve)として、いくつかの石炭発電所を指定した。2012年や17年の冬、寒波がヨーロッパを襲った際には、この発電所が稼働して電力不足の危機を救った。これまでのところ、需給バランスが大きく崩れ大規模停電に至る事態は免れている。停電時間は過去10年平均の15.14分が2017年15.59分と微増に止まる。「供給の質は高い水準を保っている」とネット庁の報告書は記している。
 ただし、その背後には系統会社の多大な努力と、それに伴う膨大なコストがあることはここで指摘したとおりである。そして、予定通り2022年末までに原発全廃が実現するとして、前回シュピーゲル誌を引用したように、23年1月に電力供給が逼迫する事態もあり得なくはない。
 ②③④についても簡単に触れると、送電線建設の遅れについて同報告書は、建設が必要な3050㎞のうち、建設許可が出たか建設が完了した送電線が750kmとまだ25%に過ぎない、としている。この欄で以前に指摘したとおり、建設は各地で市民の反対運動に直面しており、今後も急速な進捗は難しいだろう。
 ③の電気料金の上昇については、2000年以来一本調子で上昇してきた家庭用電気料金は2014年に29.14セント/1KWhと2000年の2倍強となった。その後やや下がったものの、2018年には29.47セント、2019年に30.22セント(予測)と再び上昇基調にある。これまでは固定価格買い取り制度(FIT)に基づく賦課金が上昇してきたことが最大の要因だったが、再エネ電力が電力卸売市場に多量に流れ込むことにより、卸売価格は下がっていた。この数年、賦課金の伸びは抑えられているが、燃料の高騰などもあって卸売価格が上昇し、全体の価格を押し上げた。
 今後も、高圧送電線の建設が進めば建設費用が電気料金に上乗せされ、さらに系統安定化のコストも加わる。このため、家庭用電気料金はなお2025年まで上昇するとの予測がある。
 最後に温室効果ガス排出量に関して言えば、過去5年ほど横ばいであり、2020年の1990年比40%の削減目標はすでに放棄された。再エネ導入が進むのにもかかわらず、一向に減らないのは、予想より高い経済成長率、石油、石炭、ガス価格の低迷、人口増が予測より180万人多かったことが主な原因と報じられている。
 ただこれに加え、原発2基をすでに廃棄したこと、そして再エネが電力市場に流入し価格が下落した結果、燃料費の高いガス発電は採算が合わず、コストは安いが温室効果ガス排出量が多い褐炭発電所が稼働を続けている現状がある。ある研究機関が発表した排出量が多いヨーロッパの石炭発電所ワースト10のうち、ドイツでは7発電所が稼働しており、環境派からは速やかな廃棄が求められている。しかし、まだそのめどが立たない発電所も多い。
 指摘した問題点が仮に過渡期的なものであったとしても、当面、システムの不安定化が膨大なコストを発生する状況は続く。
 つい先日(5月30日)、公共放送ARDが、メルケル政権与党のキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)内に、電気料金上昇、供給の不安定化、生産拠点の海外流出などに関し、深刻な懸念を表明する国会議員が出てきたことを報じていた。
 他方、環境政策の徹底を求める若者たちを中心とした「Fridays for Future」という大衆運動が勃興している。環境問題が再び、先鋭的な政治的対立の争点となりそうな気配である。



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