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多難なドイツ新政権の環境政策


ジャーナリスト


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 昨年(2021年)12月8日、ドイツで中道左派・社会民主党(SPD)のオラフ・ショルツを首相とする新政権が発足した。SPD、環境政党「緑の党」、経済界寄りの自由主義政党・自由民主党(FDP)の3党による連立政権である。
 それまで16年間、中道右派キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)のアンゲラ・メルケル首相が率いる政権が続いた。メルケル政権は、最低賃金制などSPDの社会政策、脱原発など緑の党の環境政策を取り入れ、その社民化、左傾化が言われてはいたが、ショルツ政権は久しぶりの左派主導政権である。緑の党が与党入りしたことも加わり、経済より環境重視政策となり、とりわけ気候変動(地球温暖化)対策への取り組みが、これまで以上に加速することが予測される。
 3党間でまとまった連立協定には、環境に関する野心的とも言える政策が列記されている。

カーボンニュートラル(脱炭素)を2045年までに達成(ただし、この目標はすでに前政権が掲げた)
再生可能エネルギーの増設を新政権の中心プロジェクトの一つにする
2030年までに総発電量の80%を再生可能エネルギーに(これまでの目標は65%、現状は約45%)
太陽光発電を2030年までに200GWに(現状は54GW)
全ての適した建物屋根に太陽光発電を設置。営業用の新築建物には義務づけ、民家の新築建物にはそれが規則となるようにする。
風力発電施設は国土の2%を利用
計画認可の迅速化、送電線建設の促進
脱石炭を「理想的には」2030年までに達成(これまでの目標は2038年)
最新型のガス発電所の建設

 言うまでもなく、これらの政策はあくまでも目標に過ぎない。果たしてショルツ政権はこうした目標を達成することができるのか。
 シュピーゲル誌(2021年12月4日号)は、新政権の気候変動対策を様々な面から分析しているが、それを読む限り達成への道は平坦ではない。記事に沿って目標達成の難しさを示せば、以下のようである。

 脱炭素政策を推進するために新政権が打ちだした機構上の目玉は、前政権までの経済・環境省を改編して経済・気候保護省とし、大臣にローベルト・ハーベック(緑の党共同党首)を就けたことだろう。脱炭素政策に経済政策を従属させようという強い意思が感じられる。経済・気候保護省の職員数は2200人となり、そのうち70人は環境省から送り込む。
 かつて戦後西ドイツの「経済の奇跡」実現に辣腕をふるった経済相にルートヴィヒ・エアハルトがいたが、ハーベックは「緑のエアハルト」を目指すのだという。
 脱炭素を実現するには様々な政策手段があるが、根幹はやはり再生可能エネルギー、なかんずく太陽光と風力発電を増やすことだ。
 太陽光発電に関して言えば、あと10年足らずで4倍弱の電力を増強しなければならない。可能な限り民家の屋根にも太陽光パネルを設置する必要があり、将来、上空からドイツを見ると、どの町も都市も太陽光パネルの反射で青く鈍く輝いている(黒光りという表現がふさわしいかも知れない)だろう。
 風力発電の風車はケルン大聖堂(高さ157メートル)を上回る高さのものを、1週あたり38基設置する必要がある。
 しかし、太陽光や風力の発電施設増設には、多くの抵抗が待ち受けている。
 多くの国民は生活環境が変わってしまうのではないかと不安を感じている。SPDは労働組合を支持母体の一つとしており、炭坑や石炭発電所の労働者の雇用を守る立場にある。FDPは党首のクリスティアン・リントナーが財務相のポストを得 たが、財政面から緑の党の政策をコントロールしようとするだろう。
 さらに手強いのが環境や野生動物保護の団体だ。風車は野鳥が衝突して死ぬなど生態系に悪影響を与えることが指摘されている。
 ハーベックは野生動物の個体の死が発生しても、種全体の消滅の恐れがなければ風車建設は許されるべきとして、こうした団体を説得する方針という。
 州によっては風車の建設に厳しい制限を掛けているところがある。バイエルン州は建設場所と住居との距離は、風車の高さの少なくとも10倍離さねばならないと定めている。150メートルの高さの風車の場合は1.5キロ・メートルとかなりの距離なので、バイエルン州では風車建設が滞っている。
 分野別では交通分野の温室効果ガス削減が思わしくない。運輸相に就いたのはFDPのフォルカー・ヴィッシングであり、さっそくディーゼル価格の高騰に対応して運転者の負担軽減措置を取る考えを示した。緑の党は、エネルギー価格の高騰をむしろ電気自動車などへの乗り換えを促進するテコにしようと考えており、ハーベックもそうしたいが、他省の方針を左右するほどの権限を与えられていない。
 連立交渉で緑の党は、各省の法案が気候変動対策に矛盾する場合、経済・気候保護省がそれを阻止することができるような「気候拒否権」を持たせるように提案したが、「気候チェック」だけの権限に終わった。それでは「歯のない虎」のようなものだ。

 以上がシュピーゲル誌の概略である。
 2022年末までに、ドイツの原発は全廃される。さらに対ロシア関係悪化から、ロシアの天然ガスをドイツに運ぶ海底ガスパイプライン「ノルトストリーム2」の稼働のめどは立っていない。原発、石炭発電を廃棄する以上、電気の安定供給はガス発電に依存するしかないが、それも心許ない状況だ。
 向こう4年近くの任期中、ショルツ政権のエネルギー政策は綱渡りの状態が続くのではないだろうか。緑の党は規制による温室効果ガスの削減を目指す考えが強いが、FDPは技術革新による削減を重視する。連立与党間の結束が保てるかどうかも注視しなければならない。

 ここで、新政権の政治的な安定度を左右するドイツの政治制度について簡単に触れたい。
 ショルツ政権の安定性に疑義が生じるのは、お互いに理念も支持基盤も違う3党による連立であることが大きい。第2次世界大戦後のドイツで3党による連立は、西ドイツ成立期を除けば初めてである。
 一般論で言えば、一つの党による単独過半数、あるいは悪くても2党による連立の方が、政権の安定性は高いし、政策遂行の観点からは望ましいだろう。
 なぜ3党連立になったかというと、多数派の形成が可能なほぼ唯一の組み合わせだったからである。SPD+CDU・CSU(CDU、CSUは本来別の政党だが、下院で統一会派を組む姉妹政党で、一つの政党として扱うことが多い)という2党による連立も、議員数の上ではあり得たが、両党の思惑から、実現の可能性は低かった。
 議会選挙制度は、比例代表制と小選挙区制に大きく二分されるが、比例代表制が民意の反映という点では優れている代わりに小党乱立を招きやすい弊害がある。小選挙区制は民意の反映という点で劣るが、だいたいが2大政党制となり、選挙は政権選択選挙となって、一つの政党が過半数を確保し、安定政権を作りやすくなるという利点がある。
 戦後、西ドイツの選挙制度が固まっていく過程で、CDU・CSUの中には小選挙区制導入を主張する意見もあったが、SPDや小政党は反対を主張した。
 結局、2票制として、第1票は小選挙区の候補者に、第2票を政党に投票することとした上で、この第2票に基づいて政党の議席配分を決めることにした。第2票に比重があるので、事実上、比例代表制だが、第1票で当選した候補に優先的に議席を割り当てるため、「人物の要素を加味した比例代表制」と言われる。
 ドイツは比例代表制の小党乱立の弊害をヴァイマール時代に体験しており、それがナチ政権へ道を開いたという強い反省があった。このため、5%以上を得票した政党でないと議席を持てない「阻止条項」を定め、小党乱立を防ぐことにした。
 「阻止条項」は、西ドイツ時代は効果があり、左右のCDU・CSUとSPDは2大政党として、両党合わせた下院選挙での得票数が9割を超えていたときもある。両党のうちいずれかが小政党であるFDPと2党連立を組むことで過半数を維持できた。


下院選挙の得票率の変化

 しかし、他の西ヨーロッパ諸国(日本も含め)と共通するが、戦後ドイツでは長期的な傾向として多党化現象が進んだ。
 その背後には以下のような点が指摘できる。

社会の世俗化(脱宗教、教会離れ)
組織(教会、労働組合、農業や商業の組合)への帰属意識の希薄化
冷戦崩壊後の左右両陣営のイデオロギー的な紐帯の弱体化
グローバル化に伴う貧富の格差や移民・難民の深刻化。グローバル化の担い手としての欧州連合(EU)への反発
気候変動を巡る新たな対立軸の登場
ドイツ統一政策をめぐる旧東ドイツと西ドイツの対立

である。
 CDU・CSUはキリスト教会(とりわけカトリック教会)、SPDは労働組合という、それぞれの党を支えてきた最大の支持母体が衰退することによって、両党とも党勢を徐々に弱体化させた。
 それは社会の対立軸の多様化、複雑化と表裏一体であり、1980年代、環境意識の高まりから緑の党が台頭し、ドイツ統一(1990年)後、東ドイツの社会主義統一党(SED、事実上共産党)が旧西ドイツの左翼勢力と結びついて左派党が結成された。さらに、ユーロ危機(2010年~)、難民危機(2015年)を契機に、右派ポピュリズム政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が生まれ、勢力を伸ばした。
 次第に多党化が進むことによって、大政党+小政党で過半数が維持できたのは、第2次メルケル政権(CDU・CSU+FDP、2009~2013年)までとなった。メルケル政権4期のうち3期はCDU・CSU+SPDのいわゆる大連立を余儀なくされたが、これは中道右派、左派という、本来は与野党に分かれ対峙すべき政党が連立を組む、いわば野合である。
 投票した政党が、時に正反対の主張をする政党と連立政権を組むという状況は、有権者にとっては不本意であり、政治に対するシニシズムを生み出すことになりかねない。民主主義の原則から言えば望ましいとは言えない。
 3党は約2か月の時間をかけて政策協定をまとめてはいるが、過去の連立政権の例を鑑みれば、2党の間でも個々の政策決定、実施の段階で連立与党間の齟齬が生まれることがしばしばだった。3党連立になればなおさら、政策遂行に時間がかかったり、折衷的になったり、といった事態も多くなるだろう。
 今後も突出して支持を集める政党はなく、6党が肩を並べるような状態が続き、3党連立が常態化することが予想される。
 ドイツ政治は今後不安定度を増すだろう。環境政策の行方についても、新政権の与党間の力学を注視しなければならない。



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