モロッコの最新エネルギー情勢

世界最大規模の集光型太陽熱発電所が稼働


国際環境経済研究所理事、東京大学客員准教授

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(「月刊ビジネスアイ エネコ」2019年5月号からの転載)

 独立行政法人・国際交流基金の中東・北アフリカグループ招聘プログラムの一環で、モロッコのエネルギー行政官と意見交換する機会がありました。その際、同国が再生可能エネルギー(再エネ)の導入拡大に舵を切り、先端技術を積極的に導入していることを知りました。今回は、駐日モロッコ大使館、モロッコ持続可能エネルギー庁(MASEN)の協力をいただき、同国の最新エネルギー情勢を紹介します。

モロッコ中央部のワルザザードに建設された集光型太陽熱発電所「ヌール1」(写真はすべてモロッコ持続可能エネルギー庁提供)

モロッコ中央部のワルザザードに建設された集光型太陽熱発電所「ヌール1」
(写真はすべてモロッコ持続可能エネルギー庁提供)

モロッコの経済、エネルギー事情

 アフリカ北西部に位置するモロッコは、人口3574万人の立憲君主制の国家です。モロッコは農業を経済基盤としてきましたが、近年の産業推進政策により、2017年からは自動車が最大の輸出産業となっています。日本からも64 社が進出し、4 万3000人以上の雇用を創出するなど、外国として最大の雇用を創出しています。
 国内にフリーゾーンを整備し、欧州連合(EU)、米国、トルコなどとの自由貿易協定により、10 億人以上の市場に関税なしでアクセス可能にし、海外からの投資環境を整備しつつあります。アフリカ大陸初の高速道路が昨年11月に開通し、年間370 万コンテナを取り扱うタンジェ・メッド港は地中海最大の貿易港に成長。コンテナ移動効率は横浜港に匹敵します。このようにモロッコでは、高速道路や鉄道、港湾などの公共事業に投資し、インフラ整備と内需拡大を図っています。
 そうした中、モロッコ政府は再エネ利用を促進しており、同国は昨年12月末、電源構成に占める再エネの割合が35%に達したと発表しました。2020年には、全発電容量に占める再エネの割合を42%(太陽エネルギー14%、風力14%、水力14%)、2030年までに52%(太陽エネルギー20%、風力20%、水力12%)に増やすことを目指しています。
 再エネの導入拡大を進める背景には、モロッコに大規模な油ガス田がなく、化石燃料を海外からの輸入に大きく依存していることがあります。再エネを増やし、国内で使う電力の自給率を高めていく方針です。同国南部はサハラ砂漠に面して高い日射量を有することから、太陽エネルギーの活用に大きな可能性があります。
 同国の電力ネットワークは欧州とつながっており、電力融通が日常的に行われています。スペインとの間には2100MW(700MW × 3 本)の連系線があります。

世界最大規模の集光型 太陽熱発電所

集光型太陽熱発電の反射鏡の裏側

集光型太陽熱発電の反射鏡の裏側

 モロッコ政府は2009 年1 月、太陽熱、太陽光などの太陽エネルギー発電設備を2020年までに2000MW規模、2030 年までに4500MW 規模で導入する計画を発表しています。その第1 段階として、モロッコ中央部のワルザザードに集光型太陽熱発電所(CSP)「ヌール1」(最大出力160MW)を建設し、2016 年2月から発電が始まりました。
 CSPは、曲面の反射鏡で集めた太陽光で液体(熱媒体)を加熱し、そこから生じた蒸気でタービンを回して発電する技術のこと。液体は一定時間、熱い状態を保つため、夜間にも発電を続けることが可能です。CSPは、約8時間分のエネルギーを蓄えることができるのが大きな特徴です。
 このプロジェクトには、世界銀行、アフリカ開発銀行、欧州投資銀行などが融資しており、総費用は約8億9400万ドル(約980億円)とされています。モロッコの砂漠約450ヘクタールに約50万個の反射鏡が並ぶ様は壮観です。ヌール1の完成により、石油換算で250万トン分のエネルギー消費量を削減できると試算されています。
 現在、ヌール2(同200MW)とヌール3(同150MW)の建設も進められています。世界銀行の気候投資基金(CIF)によると、すべてのヌール・プロジェクトが完成すると総出力は500MWを超え、同国の人口の約3%にあたる100 万世帯分の電力を供給できる見通しです。二酸化炭素(CO2)削減効果は年間約76万トンが見込まれています。

建設が進められる「ヌール2」(手前)と「ヌール3」

建設が進められる「ヌール2」(手前)と「ヌール3」

日射が降り注ぐ「ヌール3」

日射が降り注ぐ「ヌール3」

今後の展望…日本も技術支援

 モロッコのマラケシュでは2016 年11月、国連気候変動枠組み条約第22回締約国会議(COP22)が開催されました。CO2排出量を大幅に削減するためにも、再エネの導入拡大は有効な手段です。モロッコが2020年に電源構成に占める再エネの割合を42%にすることができれば、CO2排出削減効果は930万トンに達する見通しです。
 モロッコのヌール・プロジェクトを先行事例として、太陽日射の豊富なサンベルト地域での大型太陽熱発電の導入可能性が広がりました。モロッコ政府は、ナイジェリアやエチオピアなどアフリカ13カ国と再エネ導入のノウハウを広めるための覚書を交わしています。
 モロッコは、欧州や北アフリカで進む巨大プロジェクト「デザーテック構想」(北アフリカでの太陽エネルギー発電による電力を欧州に供給する構想)にも参加しており、将来的には欧州に再エネ電力を輸出する計画もあります。モロッコの再エネ発電ポテンシャルは、太陽エネルギーが2万MW、風力が27 万5000MWと試算されており、輸出できるだけの膨大な電力を生み出す可能性を秘めています。
 日本とのエネルギー分野での協力関係では、モロッコ政府と経済産業省、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が2010 年12 月、太陽エネルギー分野に関する協力覚書(MOC)を締結しています。太陽エネルギー発電を大量導入する際に必要になる電力貯蔵技術や、系統安定化技術などを共同プロジェクトで推進することを決めています。世界銀行の2017年のレポートでは、モロッコの経済成長率は4.1%と堅調に伸びており、再エネ分野でさらなる経済成長が期待されます。同国のスピード感ある再エネ導入状況にも、世界の注目が集まりそうです。