どこまで改善しているのか、中国のPM2.5 大気汚染と越境大気汚染


上智大学大学院地球環境学研究科 准教授

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1.北京駐在時代(2013~2017年)の大気汚染の状況

 北京における空気と言えば、良いイメージを持たない人が多いでしょう。北京を高濃度のPM2.5汚染が襲った2013年以来、北京等の中国都市部においてスモッグで真っ白になった光景は日本でも度々報道され、人々の脳裏に焼き付いているのではないでしょうか。筆者はその2013年以降2017年まで、在中国日本大使館の環境担当書記官として北京に駐在し、PM2.5を始めとした大気汚染について、状況把握や日中協力事業の後方支援のほか、中国に滞在している邦人に対して、大気汚染から身を守る方法などの情報提供等の業務に従事していました。しかし、個人が目の前のスモッグから如何にして身を守るのかという知見は、実は日本内外で乏しく、情報を見つけ出すために暗中模索の日々でした。

(写真)左は2014年10月25日(PM2.5: 472㎍/m3)、右は同月26日(同 7㎍/m3)、北京市中心部において筆者が撮影

(写真)左は2014年10月25日(PM2.5: 472㎍/m3)、右は同月26日(同 7㎍/m3)、北京市中心部において筆者が撮影

 代表的な対応方法は、PM2.5対応のマスクの正しい着用、窓枠やドアの隙間をふさぐための目張り、空気清浄機の設置とこまめなメンテナンス、大気汚染情報を示すアプリの使用といった実に地味なものでした。例えば、外気が汚染されている際の窓枠やドアの目張りは、日本では思いもつかない行為ですが、自分の経験として効果を実感しています。2013年10月、外気が高濃度のスモッグに覆われている時に、空気清浄機を1週間回しただけで新品のフィルターが真茶になりましたが、その原因がその部屋の窓枠にある隙間からの外気の侵入にあると気づき、目張りをしたところ、空気清浄機の効果と相まって室内は清浄な空気を保つことができました。一方、目張りをする状況が続くと、室内の二酸化炭素濃度の上昇も招き、空気が良くなる日を待って十分な換気もしなければなりません。北京での居住者の苦労が垣間見られるかと思います(下図参照)。

(図)在中国日本大使館ウエブサイト掲載資料「中国における大気汚染について」(2018年11月)より注1)

(図)在中国日本大使館ウエブサイト掲載資料「中国における大気汚染について」(2018年11月)より注1)

 当時はどれだけ空気が悪かったのか、数値を見てみましょう。日本のPM2.5の環境基準は、一日平均で35マイクログラム(㎍)/m3、年平均で15㎍/m3ですが、北京市中心部の日本大使館から最も近い測定点である米国大使館敷地内モニタリングステーションの値によれば、2013年には一日平均で300㎍/m3以上の「深刻汚染」と呼ばれる高濃度に達する日が15日、200㎍/m3以上300未満の「重度汚染」は26日間あり、年平均は約102㎍/m3と日本の環境基準の約7倍の値でした。

2.中国の大気汚染の劇的な改善: 濃度は約半減に

 それでは、その当時から6年程度が経った現在は、北京の空気はどうなっているのでしょうか。答えは、当時から比べると格段に改善しているというものです。中国政府の発表によれば、2013年から2018年にかけて、中国全国平均では72㎍/m3から39㎍/m3に、北京・天津・河北及びその周辺の汚染が深刻な地域においては、106㎍/m3から60㎍/m3に、それぞれ半減に迫る低下ぶりを示しています(いずれも年平均値)。そしてそれらの数値は中国の主要都市に位置する米国大使館又は領事館の敷地内にあるモニタリングステーションの数値と同様の傾向を表しています。例えば、北京市にある米国大使館の数値によれば、同じ期間に102㎍/m3から54㎍/m3と、やはり同様におよそ半減しています。そしていずれも毎年10%前後の減少を示しており、着実に減少している傾向が示されています。同大使館の数値によれば、2018年における深刻汚染日は2日間、重度汚染は4日間と、2013年と比して劇的な改善と言っても過言ではありません。北京に駐在している筆者の友人達も、依然として悪い日もあるが、空気の改善は実感できる旨、口を揃えています。

(写真)筆者が北京駐在時代に撮影。北京でも時折こうした青空がみられた。

(写真)筆者が北京駐在時代に撮影。北京でも時折こうした青空がみられた。

 経済成長の速度が緩やかになる中、中国政府による強力な環境規制と執行、過剰生産設備の淘汰やサービス産業への転換を含む産業構造調整などの諸要素によって、汚染は着実に減少に向かっているということができるでしょう。ただし、下図のとおり日中を比較すれば、現在の中国の汚染濃度は引き続き高いレベルにあると言わざるを得ず、気象条件次第では今でも重度の汚染状況が発生しています。濃度が下がるにつれ劇的な効果のある対策も限られていくので、日本と同水準の環境になるまでは未だ険しい道のりも予想されます。

(図1)日中韓のPM2.5 濃度の年平均値の推移注2)

(図1)日中韓のPM2.5 濃度の年平均値の推移注2)

3.日本への越境大気汚染は否定できないが、改善が継続している。

 一方、日本での最大の関心事項は、中国で発生するPM2.5を始めとした大気汚染物質による、日本への越境汚染でしょう。特に2013年以降、中国での深刻なスモッグが報道される際には、越境汚染について多くの懸念が生じました。それでは、中国で汚染状況が大幅な改善を見せている現在、日本への越境汚染はどのような状況なのでしょうか。

 まずは、九州大学SPRINTARS開発チームが開発・発信している大気汚染物質拡散シミュレーションでは、大陸で発生する大気汚染物質の移動・拡散の動態が予測されています(図2)が、これを見ると、大陸の汚染物質の一部が偏西風に乗って、拡散・希釈されつつ、日本列島に到達しているであろうことが示されています注3)
 一方、この図はあくまで予測なので、実際の拡散経路を示しているわけではありません。それでは、実際に日本で計測される濃度はどのような傾向を表しているのでしょうか。

(図2)九州大学SPRINTARSが示す予測シミュレーション

(図2)九州大学SPRINTARSが示す予測シミュレーション

 確かに、西日本で観測されるPM2.5濃度は比較的高い傾向にあります。図3に示されるとおり、PM2.5 濃度の年平均値は、首都圏のほか、九州を含む西日本で15㎍/m3を超える地域が比較的多く見られます。この分布状況は大陸からの越境汚染の事実を示唆していると言えるでしょう。

(図3)PM2.5濃度の年平均値(2016年度)注4)

(図3)PM2.5濃度の年平均値(2016年度)注4)

 他方で、日本で計測されるPM2.5の濃度は、継続的に改善傾向がみられています。以下の図4にみられるように、日本の測定局全体のPM2.5濃度の年平均値は、2015年(平成27年)に初めて長期基準である年平均15㎍/m3を下回り、それ以降も減少傾向を示しています。

(図4)PM2.5濃度の年平均値の推移注5)

(図4)PM2.5濃度の年平均値の推移注5)

 また、2013年度(平成25年度)と2016年度(平成28年度)の年平均値の濃度差を示した図5によれば、西日本において減少幅が比較的小さいものの、いずれの地域においても改善傾向を示していることがわかります。

(図5)地域別のPM2.5濃度の年平均値及び濃度差(平成28-25年度)

(図5)地域別のPM2.5濃度の年平均値及び濃度差(平成28-25年度)

 こうした改善の傾向はPM2.5注意喚起の発令回数の推移からも見て取れます。環境省は、PM2.5濃度が上昇した際の国民の行動の目安とするため、日平均値 70㎍/m3を暫定指針値として設け、これを超過することが見込まれた場合に、自治体から注意喚起を発令することとしています。そしてその発令回数は、2013年度は日本全国で累計37件に及んだものの、2016年度及び2017年度にはそれぞれ1件注6)と、大幅に減少しています(図6)。

(図6)地方自治体によるPM2.5注意喚起実施件数の推移

(図6)地方自治体によるPM2.5注意喚起実施件数の推移

 以上のとおり、日本国内で観測される数値は減少傾向にあり、中国においても改善傾向がみられることから、環境省微小粒子状物質等専門委員会(第8回:2018年3月)の資料が記すように、「日本への越境大気汚染は軽減してきている」と評価することは妥当だと考えます。
 ただ、越境大気汚染自体が否定されるものではなく、多かれ少なかれ流入してくるPM2.5が存在する以上、これに対する懸念の声が上がるのも無理もないことだと思います。そこで次回の寄稿文においては、私たちは越境汚染をどのように受け止めるべきかという点について、考えを述べたいと思います。

注1)
https://www.cn.emb-japan.go.jp/files/000421568.pdf
注2)
環境省微小粒子状物質等専門委員会(第8回:2018年3月)資料より
注3)
九州大学SPRINTARSウエブサイトより(2019年3月3日閲覧)
https://sprintars.riam.kyushu-u.ac.jp/forecastj_pm25_easia.html
注4)
環境省微小粒子状物質等専門委員会(第8回:2018年3月)資料より
注5)
同上
注6)
2017年度の数値は、2017年4月から2018年2月末までの値。