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効果が薄いトランプ米大統領の石炭復活策

経済性の問題からガス火力、再エネの流れは変わらず


国際環境経済研究所所長、常葉大学経営学部教授


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(「月刊ビジネスアイ エネコ」2018年10月号からの転載)

 米ウエストバージニア州は、全米でもっとも所得の低い州の1つである。所得(年収)の中間値は4万3000ドル(約470万円)で、全米50州中49位だ。
 同州の炭鉱を見学するため、私を含めた日本人数人のグループで炭鉱近くの町に宿泊したことがある。ホテルに着くと、フロントにいたおばさんが「うちのホテルに外国人が泊まるのは初めて」と言うので、驚いたが、もっと驚いたのはホテルはもちろん、町中にもレストランがなく、チキンのファストフード以外に食事方法がなかったことだ。
 貧しい州を支える産業は坑内掘りが中心の石炭だ。坑内掘りの炭鉱ではかつて、労働組合の力が強かった。危険と隣り合わせの坑内掘りだけに、そこで働く組合員の結束は強く、労働協約改定時には組合員がストライキに突入し、戦闘服姿でライフルを持つ組合員が炭鉱の周りを固めるのが普通だった。ライフルは、貯炭を運び出すために雇われたトラックを狙撃するのに使われ、時として死者が出ることもあった。しかし、組合離れにより組合は徐々に力を失う。
 民主党支持の組合員は、2000年代になって温暖化対策、石炭離れを進める同党を離れ、共和党支持に変わり始める。温暖化対策のため、米国内の石炭火力発電への規制を強化したオバマ前大統領に対抗し、トランプ大統領は炭鉱関係労働者の支持獲得を狙い、選挙期間中から石炭復活を打ち出した。狙いは当たり、炭鉱関係労働者が多い州を制覇することに成功した。アパラチア炭田の中心であるウエストバージニア州での得票率は70%を超えた。
 支持者の多い州を訪問するのは気分がいいとみえ、トランプ大統領はすでに同州を6回訪問している。中間選挙のキャンペーンのため、州都チャールストンを8月21日に訪問した際は、オバマ前大統領が打ち出した石炭火力削減を狙ったクリーンパワープラン(CPP)を廃棄し、全面的に見直すという環境保護庁(EPA)の計画を改めて発表した。狙いは、中間選挙でも炭鉱関係労働者の支持を得ることにある。同州の改選上院議員は元知事の民主党議員で、共和党にとって手強い相手だ。
 トランプ大統領が石炭復活の具体策を打ち出すのは、炭鉱関連労働者の支持を固めるだけではない。共和党保守層の多くが石炭復活を支持しており、温暖化は人為的なもので発生していないとの立場に立つ。両党の意見の違いは表1の通りだ。共和党のコアの支持者の意向に沿った政策を進めるトランプ大統領が、二酸化炭素(CO2)排出量の増加に結び付く自動車の排ガス規制の緩和とCPP廃棄を中間選挙前に決めたのは、支持固めの一環だろう。


表1 共和党と民主党の意見の違い
※2018年5月発表
出所:米ピューセンター

実効性がなかった石炭復活策

 石炭火力は、2000年代前半まで米国の電力供給の約50%を担っていた。しかし、2000年代後半以降、安価なシェールガスが商業ベースで供給されるようになると相対的な競争力を失い、炭鉱地帯から離れた石炭火力を中心に閉鎖が進んだ。さらに、米国内の電力需要量が伸び悩むなか、南部、中西部を中心に風力発電設備が増えたことも石炭火力に影響を与えた。石炭火力の発電量は2016年に米国史上初めて、天然ガス火力を下回った。
 米国の石炭消費量の90%以上は発電用であり、電力業界での石炭消費量の減少は石炭生産量にも大きな影響を与える。2016年の米大統領選で、温暖化問題に熱心な民主党のヒラリー・クリントン候補は、石炭生産量のさらなる減少を前提に炭鉱地帯の地域振興策を打ち出した。それに対抗し、石炭生産を復活させると訴えて選挙を戦ったのがトランプ大統領だった。
 トランプ大統領は当選後、採炭に関する環境規制の緩和、連邦政府所有地での石炭鉱区権設定凍結解除を打ち出したものの、経済性の観点から消費が減っていた石炭の消費量増加には結び付かなかった。2017年の石炭生産量は輸出増加に支えられ、前年比6%増の7億7400万ショートトン(ST)となったが、2014年の10億STには遠く及ばない。2018年第1四半期の生産量は前年同期比5%減と、減少傾向に歯止めが掛かっていない。
 米エネルギー省は昨年9月、燃料を90日以上サイトに保有している発電所は送電網の安定化、強靭化に寄与するとの理由で、発電所を維持するための支援を行う制度を提案した。対象は石炭火力と原子力。この提案は、発電所サイトに燃料を貯めておくことと送電網の安定化とはなんの関係もないと批判を浴びることとなり、今年1月に連邦エネルギー規制委員会の反対にあい、葬られることになった。
 EPAはオバマ政権下の2014年6月、米国のCO2排出削減のため、米国の総排出量の約3分の1を占める電力業界を対象にCPPを導入することを発表した。2015年10月の連邦官報で規制案を公表した後、規制案は違法との訴訟が27州から起こされ、2016年2月、最高裁から訴訟期間中の実施見合わせが認められた。
 トランプ大統領は昨年3月、EPAにCPP見直しを指示した。EPAは全米各地で公聴会を実施するなどして、今年8月21日、CPPを破棄し、代替の規制案としてACE(許容できるクリーンエネルギー)規則を導入することを発表した。

新規制案ACE

 ACEの特徴は、CO2排出削減策を既存プラントの熱効率改善に求めていることだ。石炭火力を天然ガス火力に切り替えるなど、電源切り替えによる削減は想定されていない。数値目標は設定されず、実施する対策は州政府に任されている。EPAが発表予定の候補技術を利用し、既存プラントでの排出削減を進めることが求められる。
 ACEを導入した場合の効果について、対策を何も講じない場合と比べて2030年時点でCO2排出量を1300万~2700万トン削減する効果があるとEPAは想定している。しかし、CPPと比べると、排出量は4800万~6100万トン増加する。硫黄酸化物、窒素酸化物も増加し、健康被害が生じることがEPAの分析でも明らかになっている。2030年のケースごとのCO2排出量は表2のように想定されている。


表2 2030年の米電力部門のCO2排出量見込み
※熱効率改善率(HRI)とコストで3ケースを想定
出所:米環境保護庁

 石炭火力の設備容量は今年6月時点で2億4500万kW。ACEを導入すると、2030年時点で1億7700万~1億8100万kWに減少するとされる。CPP導入ケースと比べると、石炭火力の発電電力量は830億~1100億kWh増加するとEPAは予測している。
 米国では、ACEが石炭復活を後押しするとみる専門家は少ない。産炭地に近い一部の石炭火力では改修によりプラントを長く使うことがあるかもしれないが、経済性の問題から石炭離れが進んでおり、老朽化する石炭火力を天然ガス、再エネ発電設備に置き換える大きな流れは変わらないとみられる。
 トランプ政権は引き続き石炭復活策を模索することになるだろう。



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