石炭への逆風が奪う途上国の将来

途上国の人たちの生活も考える必要あり


国際環境経済研究所所長、常葉大学経営学部教授


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「月刊ビジネスアイ エネコ」2018年9月号からの転載)

 インドネシア・カリマンタン島の赤道直下の街、ボンタンの近くで炭鉱開発が行われ、筆者はその投融資に関わっていたことがある。真夏の日本からボンタンを訪れると、日本より快適に感じることが多かった。赤道では気温が1年中30℃ほどと、真夏の日本より気温も湿度も低かった。今年のような異常な猛暑が続くと、日本を抜け出しカリマンタン島に出かけたくなる。
 石炭は燃やしたときの二酸化炭素(CO2)排出量が多いため、炭鉱は一部金融機関などから投融資の打ち切り対象になっている。カリマンタン島の炭鉱に出かける日本のビジネスマンも今後減っていくのだろうか。いま、多くの機関投資家や金融機関は、石炭の産出事業者、石炭を利用する発電事業者を投融資対象としてふさわしくないとみている。パリ協定が世界に低炭素化、脱炭素化を求める中、将来、事業リスクが高まるとみているからだ。
 欧米から始まったこの動きは、日本の機関投資家、金融機関にも広がりつつある。7月24日付の朝日新聞は、三井住友銀行などの3メガバンクが石炭火力発電への投融資を厳しくする方向にあると伝えた。4月には日本生命が、環境・社会・ガバナンスを重視する「ESG投資」の枠を増やす一方、石炭火力発電所への新規融資の停止を検討中と報道された。さらに5月には、第一生命が石炭火力向け融資を見直すと伝えられた。
 機関投資家が石炭関連企業への投融資を打ち切る理由の中には、温暖化問題への対応が厳しくなる中で石炭の需要が落ち込み、石炭関連企業の経営が厳しくなるから投資対象として望ましくないとの判断があるのだろう。
 海外の石炭関連企業の業績をみても、他業種より業績が低迷しているうえ、株価も乱高下する傾向にあり、株式市場にも投資対象として望ましくはないとの空気が流れているようだ。しかし、石炭の需要は今後も途上国を中心に根強いものがある。仮に、石炭を生産する企業がなくなれば、石炭需要の増加に直面する途上国に大きな問題を生じることになる。
 石炭関連投融資を見直す動きは、政府機関、保険会社にまで広がりつつある。アイルランド議会は今年1月、石炭、石油、天然ガス関連への公的資金の投融資を禁止する法案を議決した。7月にはスイスの多国籍保険企業スイス・リーが石炭関連への保険提供を行わないと発表した。石炭への逆風は強まっている。

石炭関連企業は保険を掛けられない

 前述のアイルランド議会は今年1月、公的資金を運用しているアイルランド戦略投資基金(ISIF)の石炭、石油、天然ガス関連企業への投融資を禁止する化石燃料撤退法を90対53で可決した。売上高の20%以上を化石燃料の探査、採掘、洗炭・精製から得ている企業への投資から5年以内に撤退することになる。
 ISIFの投資額は80億ユーロ(約1兆円)。このうち、化石燃料関連投資は150社に3億1800万ユーロ(約420億円)とされている。2015年にノルウェー政府系基金が石炭への投資撤退を発表したが、公的資金をすべての化石燃料から引き上げる法が可決されたのは世界初のことだ。
 スイス・リーは、燃料用石炭(一般炭)事業の割合が全体の30%超の企業には、損害保険や再保険を提供しないと発表した。既存、新規を問わず一般炭の炭鉱と石炭火力発電事業にこの方針が適用される。同社は2016年、一般炭生産、石炭火力発電事業の割合が30%超の企業には投資しない方針を発表したが、この方針を保険事業にも適用する。
 5月には、ドイツの保険大手アリアンツが、一般炭採掘または石炭火力発電事業だけを行っている事業者には損害保険を提供しないと発表した。さらに2040年までには、石炭関連の保険をゼロにする方針も打ち出している。
 石炭関連事業者には大変な逆風だが、この逆風の背景には温暖化問題という分かりやすい背景に加え、石炭を含む化石燃料関連事業者の収益や株価が大きく変動するという問題がある。図1は、代表的資源会社BHPビリトン社の5年間の株価推移を示したものだ。ニューヨーク株式市場はこの間、ほぼ一本調子で上昇しているが、同社の株価は乱高下している。


図1 資源会社 BHPビリトン社の株価の推移
※ BHP ビリトン社のニューヨーク市場株価
出所:ブルームバーグ

途上国の持続可能な発展はどこに?

 アイルランド議会で化石燃料撤退法案を提出した議員は、法案可決後、次のようなコメントを述べている「気候変動を否定する大企業の行動をもはや許すことはできない。途上国では貧しい数百万の人たちが気候変動の影響を受け、飢饉と内乱に苦しみ、難民が生み出されている」
 気候変動問題を解決するため、石炭消費の削減に乗り出すのは1つの選択肢だが、途上国から石炭という価格競争力のある選択肢を奪うことになり、別の問題を引き起こすことになる。
 PM2.5(微小粒子状物質)問題に苦しむ中国は、都市近郊を中心に石炭火力の削減に乗り出し、今後、石炭消費量が減少すると予測されている。一方、インド、東南アジア諸国を中心に今後、石炭消費は増加するとみられている(図2)。増加の理由は、石炭に価格競争力があり、また供給国も豪州、北米、インドネシア、南アフリカと分散されているためだ。


図2 世界の石炭消費予測
出所:米エネルギー情報局

 経済成長の途上にある多くの途上国では、電力需要は大きく伸びることになる。しかし、多くの消費者はいまだ貧しく、価格競争力のあるエネルギー源でつくった低廉な電気を必要としている。石炭はもっとも価格競争力のある電源の1つであり、多くの途上国で新設が計画されている。国際エネルギー機関(IEA)の現状維持ケースの予測では、東南アジアだけで石炭火力の設備能力は2016年の6600万kWから、2030年に1億4200万kW、2040年には2億1500万kWに拡大する。
 途上国でも石炭消費量を抑制する動きがあるので、この設備能力の増加スピードは減速するかもしれないが、それでも石炭の大きな需要増が今後起きる可能性が高い。誰かが燃料用の石炭を供給する必要があるが、供給事業者は2040年にどれほど残っているのだろうか。
 先進国の機関投資家、金融機関が石炭生産者への投融資を打ち切れば、やがて石炭生産事業者は減少する。その一方で、途上国の人たちは競争力のある石炭を必要としている。温暖化問題により多くの人たちが影響を受ける可能性があるかもしれないが、一方で先進国の投融資削減により、それよりも多くの人たちが安価な電気を得る機会を失い、より良い生活の機会を奪われることになる。
 私たちは、温暖化問題に加え、途上国の人たちのより良い生活も考える必要があるのではないだろうか。石炭への逆風は、途上国の成長に大きな影響をもたらす可能性があるのではと心配になる。そのような状況は、持続可能な発展とは言えない。



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