ドイツ総選挙とエネルギー政策批判


ジャーナリスト

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 9月24日に投開票が行われたドイツ連邦議会(下院)総選挙の前後、3週間ほどドイツを中心にヨーロッパで取材した。難民、安全保障、ユーロ問題が中心で、エネルギー問題を取材する時間はなかったが、ベルリンの書店に平積みになっていた本の中に、メルケル政権の政策を批判する本が何冊かあったので購入してきた。批判の対象の一つが、「エネルギー転換」政策である。


メルケルの政策に批判的な本も出版されている

 「メルケル 一つの批判的な決算」は、フランクフルター・アルゲマイネ紙の記者が編者となり、21人の経済学者、歴史学者、ジャーナリストなどがそれぞれの専門分野でメルケルを批判した本である。シュピーゲル誌のベストセラーリストにも登場していた。
 エネルギー政策については、2008年~12年、ドイツの独占委員会(公正取引委員会)委員長を務めたユストゥス・ハウカプという経済学者が、「ドイツの高価な間違った道」と題する文を寄せている。
 要約すると、ドイツは今、脱原発と再生可能エネルギー(以下再エネ)の拡大を柱とする「エネルギー転換」を推進しているが、そのための固定価格買い取り制度(FIT)や高圧送電線建設にかかる費用が莫大な額に達している。2015年までに1500億ユーロ(約19兆8000億円)かかったが、さらに向こう10年間で5200億ユーロという巨額になりそうだ。
 メルケル政権のエネルギー政策は、環境に優しく、供給が安定しており、安価である、という3本柱のうち、供給安定性、価格に関してはまったく顧慮しない。しかも、温室効果ガス排出量もいっこうに減っていない。
 つまり、ドイツはエネルギー政策において世界のどの国にもない「特別の道」(ドイツ語にSonderwegという言葉がある)を歩んでおり、反面教師にしかならない。物理学者であり、優秀な頭脳を持っているメルケルが、なぜ高価で間違った道をやめないのか大きな謎だ、と書いている。
 もう一冊は「近くで接したアンゲラ・メルケル」。著者ヨーゼフ・シュラーマンは弁護士、コンサルタントで、キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)の組織である「中小企業、経済界協会」(Mittelstands-und Wirtschaftsvereinigung=MIT)代表を務めた経歴を持つ。
 彼によれば、FITは事実上の補助金政策であり、電気の受給が市場経済原理ではなく計画経済化し非効率になっている。送電線や蓄電設備がない状況で多くの風力、太陽光発電が活用されていない,など21項目にわたって具体的に問題点を列挙し、やはり1兆ユーロと見積もられる「転換」にともなう膨大なコストを問題視している。そして2050年までに電力使用量の80%を再エネにする、という長期計画を破棄し、再エネは補完的なエネルギー源として使用すべきだ、と主張している。
 両書に挙げられている問題点は、ドイツ、日本ですでに報じられており目新しい点はないが、私としてはドイツの経済界を中心に、「転換」政策に強い不満があることを改めて確認した。
 ただ、そうなると原発の活用が一つの現実的な解決策として考えられるが、シュラーマンもハウカプもそれをはっきりとは打ち出していない。著書の中でシュラーマンは、かつて新聞インタビューに対し「原発は安全と確認できれば、稼働期間の制限を設けず使用すべきだ。新規原発建設も認めるべきだ」と答えた、と記している。原発の活用に前向きな考えを示唆したのだろうが、それを正面から主張するには躊躇があるのだろうか。
 エネルギー政策への批判は、まだ言論の段階に止まり、政治の世界では議論の対象となっていない。原発廃止と再エネ拡大について既成政党の間には意見の一致があり、今総選挙でもエネルギー問題は争点にならなかった。正面からこのコンセンサスに異を唱える政党は、難民受け入れの制限を主張する新興右派政党「ドイツのための選択肢」(AfD)だけだった。AfDは再エネ法の廃止や、技術的な観点から安全に稼働可能な原発は使用し続けることを主張した。
 ただ、AfDはドイツではタブー視される「右」の政治勢力である。エネルギー政策についての彼らの主張が、仮に聞くべきものがあったとしても、それを既成政党が正面から取り上げ議論することはあり得ない。


AfDに反対する左翼団体の若者たち(2017年9月24日、ベルリンで)

 しかし、エネルギー政策に対する潜在的な批判の強さを考慮すると、今後、スケジュールに沿って原発廃止が本格化する中で、原発の稼働期間の問題も含め、エネルギー政策が再び政治の争点として浮上する可能性があるかもしれない。メルケル批判本を読むと、そんな感じが伝わってくる。

全ての写真は、筆者が撮影したものです。