脱原発に間に合わない高圧送電線建設


読売新聞編集委員


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 前回、ドイツの「エネルギー転換」にとって、北海やバルト海の洋上風力発電の電気をいかに産業が立地するドイツ南部に運ぶかが課題となったが、そのための高圧送電線の建設がはかどっていない、と言及した。
 2017年8月7日の公共放送ARDのニュースで、バイエルン州コーブルクでの送電線建設反対の集会を報じていた。政治的な立場を問わず住民1500人が集まり、その1週間前に発表された11万ボルトの送電線を38万ボルトに増強する計画への反対を訴えた。
 ドイツ統一後、テューリンゲンの森を南北に貫いて、高速道路、鉄道、高圧電線が建設された。旧東西ドイツ地域の経済的一体性を取り戻すとともに、旧東の再建を促すため、両地域をつなぐインフラ整備が急がれたからだ。旧東西ドイツの境界に位置した旧西のコーブルクはこうしたネットワークの通過地域となった。(旧東のテューリンゲン州と旧西のバイエルン州は北と南の位置関係になる。)
 送電線の増強のためには鉄塔を70~100mにまで高くする必要があるから、景観や自然保護にこれまで以上に悪影響がある、と地元住民は懸念している。反対集会に参加していた地元市長の一人は、「我々はすでに統一ドイツの経済発展に貢献してきた。『エネルギー転換』のために、さらに犠牲を払うのはごめんだ」と話した。
 コーブルクの反対運動は一例に過ぎない。6年前、日本の福島第1原発事故を受けて2022年までの脱原発が決まり、南北を結ぶ高圧送電線建設が不可欠となった。しかし、建設予定地の至る所で反対運動に直面し、建設は遅々として進まない。

 私は5年半ほど前、2012年2月にベルリン近郊の送電線建設反対運動を取材した。ベルリンから中距離電車で北東に向け約1時間、生物保護区の森林や畑が広がる自然が豊かな旧東ドイツ・ブランデンブルク州ウッカーマルク地方。東ドイツ時代に設置された高さ29メートルの鉄塔を、場所によっては2倍の高さにし、150kmにわたって38万ボルトの送電線を渡す、という計画が進められていた。
 反対運動のリーダーの一人、ギムナジウム(中等教育機関)の元歴史教師ハルトムート・リントナーが現場を案内してくれた。
 彼によれば反対の理由は、「第1は自然破壊。鉄塔が高くなることで、生物保護区の鳥が電線にぶつかり死ぬケースが増える。第2に鉄塔が高くなることによる景観の破壊。第3は電磁波による健康被害への懸念」ということだった。
 ただ、リントナーの運動の主張は送電線の地中化だった。鉄塔の元には木の板で作った黄色い矢印が建てられていた。「矢印が下を向いているのは、高圧線は地下に埋設せよ、という意思表示。しかし、送電会社は建設費が3~6倍になると言って受け付けない」と訴えた。

送電線を地下に埋設することを求める黄色の矢印を示すリントナーさん

送電線を地下に埋設することを求める黄色の矢印を示すリントナーさん

 ドイツの4つある送電会社はすでに2012年、直流の高圧送電線4本(電気アウトバーンと名付けられた)を南北に縦断して敷設することを柱とした送電線開発計画を策定している。2016年9月には、送電事業者テネットなど3社は、そのうちの1本である北海沿岸から南部のバイエルン、バーデン・ビュルテンベルク両州を結ぶ全長800㎞の「SuedLink(「南接続線」と訳せるだろうか)」の敷設計画を発表した。この計画では、建設予定沿線住民の送電線地下化を求める声を受けて、ほぼ全ての区間を地下に埋設することとした。
 もちろん、工事費は鉄塔による送電より遥かに巨額になる。また、送電線が地下で発熱するなど環境に対する影響も皆無ではないとして、反対する声も依然としてある。現在、連邦ネット庁が計画を審査している。

東ドイツ時代に建設された鉄塔を示すリントナーさん

東ドイツ時代に建設された鉄塔を示すリントナーさん

 私がドイツ特派員だった時、ベルリンの外国特派員協会(VAP)が、時々、エネルギー専門家を呼んで勉強会を開いたが、「エネルギー転換」の成否は、この南北の高圧送電線を建設できるかどうかにかかっている、という点で一致していた。電気の「地産地消」「分散型の需給システム」だけに頼っていては、日本と同様ドイツも、先進的な産業国家を維持することは出来ない。
 他方、「SuedLink」が使用可能になるのは早くて2025年であり、2022年までの原発全廃には間に合わない。報道によって数字に多少違いがあるのだが、高圧送電線に関しては、1800㎞必要なところ、2016年前半までにようやく4割弱の650㎞が建設された。また、やはり「エネルギー転換」にとって不可欠な電圧の低い送電線網は、6100㎞必要なところ、建設されたのは69㎞に過ぎない。シュピーゲル誌(電子版)の見出しにあるように、「電力網の建設は、憂慮するほど遅々としている」のである。
 送電線建設が進まないことは、すでに弊害を生み出している。北部で電気が余るため、発電の自粛を要請する「給電指令」の費用が増加し、余った電気が流れ込むポーランド、チェコの送電線網に過大な負荷をかけている。一方、南部は電気が不足するので、オーストリア、イタリアの予備発電所を待機させねばならない。2022年までには南部を中心に立地する原発が全廃されるから、こうした弊害はいっそう深刻化する。

畑を突っ切って敷設されている送電線

畑を突っ切って敷設されている送電線

 送電線建設は今後、軌道に乗るのか。南部で電気が足りなくなる事態が頻発すると予想されるが、周辺国から輸入することでしのげると考えているのか。ドイツの事情からますます目が離せない。

全ての写真は、筆者が2012年2月6日、旧東ドイツ・ブランデンブルク州ウッカーマルク地方で撮影したものです。


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