トランプ政権誕生に備えた思考実験


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院 教授


 前回の投稿では、トランプ政権が米国のエネルギー・温暖化政策にどのような影響を与えるかとの点につき、現時点での見立てを記してみた。もとより政権はまだ発足していないし、オバマケアや移民に関する発言の軟化等、選挙中のトランプ氏の言動がどの程度、実行に移されるかはわからない。しかし先行き不透明な状況の中で様々なシナリオを想定し、頭の体操をしておくことは決して無駄ではあるまい。今後、随時、主として温暖化問題についてトランプ政権誕生のもたらす影響について、思いつくままに記してみたい。以下の論点は杞憂かもしれないが、いわば「思考実験」、「考えるヒント」として読んでいただきたい。

米国不在のパリ協定のルール交渉はどう動くか

 米国がどのような形でパリ協定から離脱するのか、気候変動枠組条約そのものからも離脱してしまうのか、具体的な道筋は不透明である。しかし新政権発足以降、現在進行中のパリ協定の詳細ルール作りから米国が事実上、手を引いてしまうことはほぼ確実だろう。COP22の交渉状況を見ると、途上国は国別貢献(Nationally Determined Contribution)の中に支援の意図を含めること、透明性フレームワークにおいて先進国・途上国の二分論を明確にビルトインすること等を求めており、予想されたように先進国と途上国の対立が顕在化している。

 こうした中で米国の事実上の退場がルール交渉にどういう影響を与えるだろうか。米国のパリ協定拒否(国際法上の離脱には時間がかかるとしても)に対し、国連交渉に参加している交渉官たちは「米国にかかわらず、我々は脱炭素化前に進む」というメッセージを一層強く出したいと思うであろう。「COP22と日本が本当に注力すべきこと」で書いたように、パリ協定がせっかく予想を上回るスピードで発効したのだから、ルールブックも2018年に採択できるよう、交渉を進めようというモメンタムがある。国連温暖化交渉の住人たちは米国がパリ協定に背を向けたことで尚更、成果を挙げようと思うだろう。

 問題は米国の事実上の退場が交渉のダイナミクスにどういう影響を与えるかだ。上記に述べたような先進国・途上国の対立がある中で、先進国陣営における米国の存在感は何と言っても大きい。資金問題にせよ、二分法の問題にせよ、米国が最も神経を尖らせて対応してきた。その米国が沈黙することになれば、相対的に途上国側が勢いづくことは想像に難くない。これまでの交渉経験から見てもEUは途上国に対して土壇場で腰砕けの対応をする傾向が強い。ポスト2013年交渉の際も、早々と京都議定書第二約束期間容認論に変節をした前科がある。「2018年にはルールを採択し、米国がいなくても国際社会は前に進んでいることを示そう」という思いが先走る余り、途上国に妥協することを懸念する。

 交渉である以上、どこかで妥協しなければならないのは明らかだが、米国不在の交渉で合意を急ぐ余り、過度な妥協を行い、将来、米国が復帰する芽を摘んでしまうことになったのでは元も子もない。日本やアンブレラグループは将来の米国復帰を可能にするようなルール作りを強く主張する必要があるだろう。

2017年のG7、G20プロセスはどうなるか

 2017年にイタリアが議長国を務めるG7シチリアサミット(2017年5月26-27日)、ドイツが議長国を務めるG20ハンブルクサミット(2017年7月7-8日)がどうなるかも注目したい。

 試みに米国が京都議定書から離脱する前後のサミット首脳声明を見てみよう。クリントン政権時代最後の2000年7月の九州・沖縄サミット首脳声明では、京都議定書について以下のように記されている。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/summit/ko_2000/documents/commu.html
「我々は、我々のすべてのパートナーとともに、2002年の「リオ+10」に向けて未来志向の議題を準備するように努力する。我々は、京都議定書の早期発効を目指して、すべての主要な未解決の問題をできる限り速やかに解決するため、我々の間で、そして開発途上国と、緊密に協力することに強くコミットしている。そのような目的に向けて、強力な国内的措置及び補完的な柔軟性のメカニズムの実施を通じて京都議定書の目標を達成するために、我々は、気候変動枠組条約第6回締約国会合(COP6)が成功を収めるようにする決意である」

 これが、2001年初めのブッシュ政権による京都議定書離脱表明を挟み、2001年7月のジェノヴァ・サミット首脳声明では以下のような記述になり、米国とそれ以外の国とのポジションの違いを明示することとなった。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/summit/genoa01/g8_k.html
「我々は、温室効果ガスの排出を削減する必要性について完全に合意している。京都議定書及びその批准に関しては、現時点では意見の不一致があるが、我々は、我々の共通の目標を達成するため、集中的に協力していくことにコミットする。このため、我々は、ボンにおいて再開された第6回締約国会議(COP6)に建設的に参加しているが、全ての関連するフォーラムにおいても引き続き同様の姿勢で臨む。我々は、最近のG8各国間及びその他の国々との間で議論が深化していることを歓迎する」

 その後、京都議定書が発効した2005年の英グレンイーグルス・サミットまで「京都議定書」という言葉は首脳声明から消える。グレンイーグルス・サミットでは、気候変動に熱心なブレア首相の肝いりで「気候変動、クリーンエネルギー、持続可能な開発」の文書が合意され、グレンイーグルス行動計画が始動する。京都議定書についての記述は以下の通りであり、G8全体として気候変動枠組条約にコミットするが、京都議定書については「批准した国は」と主語を特定した表現となった。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/summit/gleneagles05/s_02.html
「我々は、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)が、気候変動に関する将来の行動を交渉するための適切なフォーラムであることを認める。京都議定書を批准した国は、同議定書の発効を歓迎し、また、その成功に向け取り組む」。

 ここで本年6月の伊勢志摩サミットに飛ぼう。昨年12月のパリ協定合意を受け、気候変動関連の記述は高揚感に満ちている。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000160267.pdf
「G7は,引き続き指導的な役割を担い,パリ協定の2016年中の発効という目標に向けて取り組みつつ,同協定の可能な限り早期の批准,受諾又は承認を得るよう必要な措置をとることにコミットするとともに,全ての締約国に対し,同様の対応を求める。我々は,更なる野心を時間の経過とともに促進しつつ,自国が決定する貢献を,早期に透明性をもって,かつ,着実に実施することで先導することにコミットする。また,我々は,5年ごとに行うグローバルな評価手続の定期的な検証に積極的に参加することにコミットする。我々は,2020年の期限に十分先立って今世紀半ばの温室効果ガス低排出型発展のための長期戦略を策定し,通報することにコミットする」


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