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トランプ政権誕生に備えた思考実験


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院 教授


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欧州が仕掛けてくる可能性は高い

 本年6月の報道によれば、2017年のシチリアサミットで議長国イタリアのレンツイ首相は移民、アフリカに焦点を当てる意向だと報じられている。しかしパリ協定の予想を上回るスピードでの発効、気候変動に懐疑的なトランプ大統領の誕生という状況変化を考えると、気候変動が大きなテーマになる可能性は十分にある。

 イタリアのレンツイ首相が12月の国民投票で憲法改正への支持を取り付けて留任し、来年4月のフランス大統領選で気候変動懐疑派のルペン国民戦線党首が敗れ、フランスの新政権(オランド大統領か、サルコジ前大統領か、ジュッペ元首相か)がパリ協定を引き続き強く支持すると前提して考えてみよう。即ち、「気候変動に熱心な欧州」対「気候変動に無関心・後ろ向きな米国」という構図だ。

 G7の議長国がイタリア、G20の議長国がドイツと、どちらも欧州諸国であり、G7とG20で出すべきメッセージについても当然、水面下で連絡調整を図るだろう。欧州はトランプ大統領の初登板となるG7、G2Oプロセスを使って米国の包囲網を作ろうと考えるのではないか。中でもドイツの動きが注目される。

 今年9月のG20杭州サミットの首脳声明の気候変動関連部分は以下の通りである。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000186046.pdf
「我々は,持続可能な開発並びに気候変動に対処するための力強く効果的な支援及び行動に対するコミットメントを再確認する。我々は,各国の手続が許容する限りにおいて可及的速やかにパリ協定に参加するため,それぞれの国内手続を完了することにコミットする。我々は,同協定に参加したG20構成国及び同協定の2016年末までの発効を可能にするための取組を歓迎し,同協定の全ての側面についての適時の実施を期待する。我々はパリでの結果に沿って緩和及び適応のための行動に関し開発途上国を支援するための資金的リソースを含む実施手段の提供についての先進国による国連気候変動枠組条約上のコミットメントが実施されることの重要性を確認する。我々は,緑の気候基金によって提供される支援の重要性を再確認する。我々は、「緩和及び適応のための行動の野心を高めるための気候資金の効率的で透明な提供及び動員を促進することに関するG20気候資金スタディ・グループ報告」を歓迎する」

 G20杭州では、途上国を含むG20というフォーラムの元々の性格、中国がホスト国ということもあり、パリ協定の早期発効を謳いつつ、途上国支援に力点を置いたものになっている。他方、ドイツは緩和部分でもっと書き込みたい、そのためにG20に先行するG7では最大限前向きのメッセージが望ましいと考えているだろう。

 メルケル首相はトランプ氏の当選にあたり、ドイツにとって、EU以外の国の中で、米国ほど共通の価値によって緊密に結ばれている国はない。その共通の価値とは、民主主義、自由、権利の尊重、全ての個人の尊厳を重んじることである。人権と尊厳は、出身地、肌の色、宗教、性別、性的な嗜好、政治思想を問うことなく守られなくてはならない。トランプ氏がこれらの価値を我々と共有するならば、トランプ氏とともに働く用意がある」というメッセージを送っている。ここでは明示されていないが、気候変動についての価値観の共有も「共に働く」条件と考えているであろう。

 メルケル政権は2017年秋に総選挙を控えている。移民で支持率が低下しているメルケル首相にとって、気候変動はドイツ人のトランプ嫌いと環境原理主義的傾向にアピールする格好のアジェンダのはずだ。このため、ドイツはG7サミットでできるだけ気候変動に前向きなメッセージが出るようイタリアに働きかけ、それを自らが議長国を務めるG20サミットにリレーし、「トランプ政権誕生後も世界は温暖化防止に動く」という構図を作ろうとするのでないか。

 G7の際にトランプ大統領も共有できるようなメッセージにしようとすれば、パリ協定をエンドースし、それに基づく更なる行動について書くことが難しくなろう。気候変動枠組条約へのコミット(トランプ政権がパリ協定は離脱しても気候変動枠組条約から離脱しない場合)、温暖化問題の重要性、クリーンエネルギー開発、技術開発等を入れ込んだとしても、パンチの欠けるメッセージにならざるを得ない。パリ協定が発効した翌年のサミットでパリ協定に言及しないというオプションはイタリアにとってもドイツにとっても受け入れがたいであろう。

 となるとグレンイーグルス共同声明のように「パリ協定を支持する国は」と主語を米国以外の国に特定し、2018年に詳細ルールの採択を目指す、2018年にIPCCの1.5度報告書が出ることを踏まえ、2020年を待たずに目標引き上げを検討する、長期戦略を2018年中に提出し、2050年80%減を目指す、等といった、伊勢志摩サミットを深堀りしたメッセージを書き込もうとするのではないか。

 もちろん「2020年を待たずに目標引き上げ」はトリッキーな問題である。米国がひたすらエネルギーコスト低下を目指す中で、逆にエネルギーコスト上昇につながるような目標引き上げを打ち出せるかという問題がある。またEUレベルでの目標の深堀りの議論にはポーランドが強く反対するだろうし、これまで積極派であった英国が離脱することになれば尚更、域内の合意形成は難しい。しかし環境原理主義的な対応をとりがちなドイツが「トランプとそれ以外の国の違い」を際立たせるために、そうした方向を狙う可能性もある。G7に参加している英、独、仏、伊ということであれば、ポーランドを気にする必要はない。これに対し、トランプ大統領は米国さえ関係なければ他のG7諸国が「パリ協定をエンドースする国」として何をコミットしようが「我関せず」というポジションを取るだろう。

日本は国益を考えた自立的対応を

 以上はあくまで頭の体操に過ぎない。レンツイ首相が憲法改正に失敗して退陣したり、フランスでまさかのルペン政権が誕生したり、英国が米国との関係において他の欧州諸国と一線を画する対応をすると、絵姿が全く変わってくる。しかし、トランプ大統領初登板のG7、G20プロセスで気候変動が大きな論点になることは間違いないと思われる。その際、日本はどう対応するか。

 2018年に詳細ルールを採択し、長期戦略を2018年中に提出する、といったメッセージならば問題ないだろう。しかしイタリアやドイツがトランプの米国との違いを際立たせるため、「パリ協定をエンドースするG7諸国は2020年以前に目標を更に引き上げる」「2050年80%を目指す」等といったメッセージを入れ込もうとなると、原子力再稼動が足踏み状態にあり、原子力の新増設の議論が封印状態にある日本にとっては、自分で自分の首を絞めることになる。

 そもそも26%目標を考える際の1つの条件は「他国に遜色のない温暖化目標」だったが、米国が26-28%を放棄してしまえば、全くの事情変更だ。更に温暖化対策計画中、2050年80%目標は全ての主要排出国の参加する公平で実効ある枠組み、主要排出国の能力に応じた取り組み、経済成長と温暖化対策の両立を前提条件としている。これも米国が80%目標を放棄すれば成立しなくなる。90年比の目標を掲げ、2015年時点で既に24-25%減を達成している英国やドイツと日本とでは全く事情が異なるのだ。欧州発の「曲球」には十分慎重な対応が必要だろう。

 トランプ政権の誕生により、「米国頼みを前提とした戦略ではなく、自分の足で独り立ちした外交・安全保障政策を」というコメントをそこかしこで聞く。これは温暖化の分野でもそのまま当てはまる。パリ協定を尊重し、温暖化防止に向けて最大限の努力をすることは当然だ。他方で、日本にとって最大の貿易相手国である米国が国益第一にエネルギーコストの引き下げを図る中で、日本のエネルギーコストをいたずらに上昇させるような政策を講じれば、米国へのカーボンリーケージを招くだけだ。パリ協定の根幹は「各国自決」である。日本は日本経済、産業競争力への影響を慎重かつ冷静に検討しながら、経済成長と温暖化対策の両立を図らなければならない。「自分の足で独り立ちした」対応が必要なのである。

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