「厄介な社会問題」としての地球温暖化問題の解決策は?


キヤノングローバル戦略研究所/IPCC1.5度特別報告書代表執筆者


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地球温暖化問題に関しては2050年やそれ以降に向けた長期的な戦略が必要とされる。これを検討するため、先日(9月13日)、経済産業省の長期地球温暖化対策プラットフォーム「国内投資拡大タスクフォース」第二回会合が開催された。そこで話題の一つのなったのは、地球温暖化問題は「厄介な社会問題(wicked social problem)である」という点である注1)。この意味合いについて、本稿で手短かな補足説明をする。

 30年前に大気科学者は南極上空で大規模なオゾン層破壊、すなわち「オゾンホール」を発見した。これを受けてオゾン層破壊物質の削減計画が国際合意された注2)。これは実施に移され、成果を挙げてきた。 
 次いで、このオゾン層保護と同じ方法が地球温暖化問題にも適用され、世界諸国は排出削減の数値目標を交渉してきた注3)。だがその間、世界の温室効果ガスは増え続けた。この失敗の理由は、オゾン層問題とは異なり、地球温暖化は科学的というよりは厄介な社会問題(wicked social problem)であるためだ注4)。 
 「厄介な問題」とは、都市政策の専門家が初めに見いだした概念である。多くの社会問題、例えば、犯罪、教育、健康等の問題がこれに該当する。「厄介な問題」とは、完全に解決することはなく、改善できるに留まる。目標設定は科学的でなく任意である。目標達成は問題解決を意味しない。そして繰り返し目標自体を再定義し、対策手段も見直す必要がある。そして無理に問題の完全解決を目指すと、かえって弊害が起きる。
 例えば凶悪犯罪を20XX年までに8割削減する、という目標を立てるとする。この目標は任意性があり、目標達成は問題解決と等価ではない。また目標達成を確実にする方法もない。そして凶悪犯罪をゼロにすることも出来ない。迂闊にゼロを目指すとプライバシー侵害などの弊害が出てくる。その一方で、対策手段はある。警察を強化するとか、失業者の再就職トレーニングをする等である。そして、目標と行動は、繰り返し見直していく必要がある。数値目標を8割にするか9割にするかといった野心性を議論することには、政治的なパフォーマンスとしての意味合いはあるかもしれないが、問題を改善するためには役に立たない。
 もう1つ例として、学力向上を考えよう。学力テストで5割の学生が90点以上とか、任意の目標設定は可能である。だがこれは問題解決と等価ではない。無理に目標達成しようとして子供を塾づけにすれば弊害がある。対策手段はあって、授業の方法を改善する、教材を改善する、等である。この場合も、数値目標の野心性を競ってみても、問題解決には役に立たない。
 オゾン層の問題は、厄介な問題ではなく、簡単な問題(tame problem)だった。オゾン層破壊のメカニズムはよく分っており、オゾン層破壊物質の排出を止めることが明確な目標だった。技術的手段として、代替物質が知られていた。その費用は受容可能な範囲に収まることが分っていた。関係者は政府や冷蔵庫など少数の産業に限られていて社会問題というより技術的問題だった。
 だが地球温暖化問題は違う。厄介な社会問題である。
 まず目標設定は任意である。そして、目標達成は、問題解決と等価でもない。
 説明しよう。COP21では地球の平均気温上昇を2℃ないし1.5℃以下に抑制することが目標として謳われ、日本の地球温暖化対策計画では2050年までに△80%の温室効果ガス削減を行う目標を立てている。
 だがこれらの数値目標は科学的というよりは、政治的に決まったものである。というのは、地球温暖化問題には大きな不確実性があるからだ。温度上昇が2度の場合のリスクがどの程度なのかは、よく分かっていない。例えば2度と3度でどのぐらい環境影響が違うかも分かっていない。2度の場合の誤差範囲のほうが、2度と3度の場合の違いよりも大きいからだ。また温室効果ガス濃度を産業革命前の2倍にとどめたとしても、温度上昇の予測には幅があり、1.5度と4.5度の間に入る確率が66%といった程度にしか分かっていない。
 2度目標も△80%目標も、このような状況において、政治的に決定された、任意性のあるものだ。2度目標の達成は、地球温暖化問題の解決と等価ではない。2度でも悪影響があるかもしれないし、3度でも殆ど悪影響が無いかもしれないからだ。また地球温暖化問題は、単純に「CO2代替物質」を導入すれば済むという問題ではなく、多くの経済活動・産業・技術が関係するので、温暖化対策は多くの人の利害が関わる社会問題となる。ゼロ排出を目指すことは実際的ではない。もしそれを目指そうとすると、例えばバイオエネルギーやCO2回収貯留技術(CCS)の大量利用が必要になるが、これは生態系への影響やコストなど、新たな問題を生む。トップダウン的に野心的な数値目標をたてて強行しようとしても、容易に解決しないし、かえって弊害が懸念される。
 では、地球温暖化問題を「厄介な社会問題」だと認識したときに、とるべき戦略はどのようなものか。それは、他の「厄介な社会問題」への対処に似る。
 多くの不確実性がある中、地球温暖化問題についてはっきりしているのは、温度上昇を何度に留めるのであれ、長期的にみれば、大規模な排出削減が必要ということだ。任意の温度目標・削減目標を置くことはよいが、それは言わば仮のものであり、対策をとりつつ、また環境影響評価研究の進展を受けて、不断に見直すべきである。対策手段としては、大規模削減が可能になるイノベーションを促進し、また、経済と両立する低コストな排出抑制策を実施すればよい。そして、これも繰り返し見直していく必要がある。

注1)
投資拡大タスクフォース第二回資料資料5 大阪ガス行動観察研究所 松波様 御提出資料 「Wicked Problemを解くには?」
http://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/energy_environment/ondanka_platform/kokunaitoushi/pdf/002_05_00.pdf
(なお同会合の議事録は後日同HPに掲載される予定)。
注2)
オゾン層を破壊する物質に関するモントリオール議定書等。
注3)
気候変動枠組み条約京都議定書、パリ協定等。
注4)
地球温暖化問題が「厄介な問題」であることを詳しく論じたものとして、日本語で読めるのは以下: ハートウェル・ペーパー・2009 年の行き詰まり後の新たな温暖化政策の方向性http://eprints.lse.ac.uk/27939/3/The_HartwellPaper_Japanese_translation.pdf

※本連載・報文は著者個人の文責に基づくものであり、いかなる所属・関連機関に責が及ぶものではありません。

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