日本着価格3万円?もありえる米国産シェールガス

ーシェールガス輸入が電力市場にもたらすものは混迷ー


国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授

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 1990年代のことになるが、日本企業が主体になり米国西海岸に石炭の輸出港湾を建設するプロジェクトが検討された。米国西部ユタ州、コロラド州などで生産される石炭を日本向けに輸出する港湾設備を建設する事業だった。
 個人的には、他国のインフラ事業に投資することには賛成できなかったが、米国の石炭に係わる多くの企業が事業に出資することになり、私が働いていた企業も出資した。このプロジェクトは必要な採算を満たすだけの取扱量(要は日本向けの輸出数量だが)を確保できず、結果として清算された。石炭の取扱いを行うために用意された敷地は、液化天然ガス(LNG)の輸入基地に転用されると聞いたが、その後実現はしなかったようだ。
 1990年代から2000年代初めには、米国では多くのLNG輸入基地の建設が検討された。二酸化炭素の排出が相対的に少ないクリーンなエネルギーとして、天然ガスの需要が高まりLNGの形で輸入されることになると当時の米国では考えられていたからだ。建設に着手した事業者もいたが、2000年代後半に事情は一変する。シェール革命により、天然ガスの生産量が飛躍的に増加し始めたからだ。米国のシェールガス生産量は増加を続け、いま米国の天然ガス生産の40%を占めるまでになり、米国を世界最大の天然ガス生産国に押し上げた。
 天然ガス生産が増えたことから価格も下落し、米国内では発電部門の燃料を石炭から天然ガスに切り替える動きが加速した。オバマ大統領が気候変動対策として石炭火力からの二酸化炭素排出削減を進めたことも、石炭離れを後押しした。1990年代に米国の発電量の50%以上を占めていた石炭火力のシェアは今年32%まで落ち込み、年間ベースで初めて天然ガスによる発電が石炭を上回り33%になるとエネルギー省は予想している。
 電力向けの石炭価格と天然ガス価格は今年2月時点で石炭がトン当たり40.88ドル、天然ガスが百万BTU-MMBTU当たり 2.73ドルだが、石炭の価格をMMBTU当たりにすると2.11ドルであり、天然ガスとの差は殆どない。取り扱いと燃焼後の灰処理の手間を考えれば、炭鉱に隣接する発電所以外では天然ガスが有利だ。今年2月の電力業界での燃料消費量をみると、石炭が前年同期比-24.5%、天然ガス+6.6%だ。
 2000年代後半に天然ガス生産量が増加したことから、LNG輸入基地建設を進めていた事業者は事業をLNG輸出に切り替えることになる。この切り替えの動きにいち早く反応したのが、ルイジアナ州でサビーンパスLNG輸入基地を建設していたチェニエール・エナジーだった。同社は2001年に輸入基地の建設に着手し、2008年4月に完成するが、完成時点ではシェールガスの商業生産が本格化していた。
 同社は、設備を転用しLNG輸出基地を建設することとし、2010年9月に米国で初めてシェールガスの輸出許可をエネルギー省に申請し、翌年許可を取得する。同社はシェルなどと輸出契約を締結済みだが、輸出能力の80%を”take or pay”条件注1)で契約済みと報道されている。
 サビーンパスからのLNGの初出荷は、今年2月24日ブラジル向けに行われた。4月には初の欧州向けにポルトガル向けの船積みが行われた。契約価格は発表されていないが、エネルギー省の統計によるとブラジル向けFOB価格は千立法フィート当たり4.03ドルだ。米国の天然ガス価格の指標となるヘンリーハブの価格は図-1の通り原油価格の下落に合わせ2014年半ばより下落を続け、ブラジル向け船積みが終了した2月24日のヘンリーハブの価格はMMBTU当たり1.85ドルだった。単位を統一すると、ヘンリーハブとブラジル向け輸出価格との差はMMBTU当たり2ドルもない。事前の予想よりも小さい差だ。ブラジル向けだけが特別な価格なのだろうか。

図-1

 日本のLNG輸入価格の推移は図-2の通りだ。原油価格にリンクした契約が多いこともあり、LNG価格は下落を続け2016年3月の輸入価格は、1トン当たり42500円になっている。6月下旬から拡張されたパナマ運河の利用が可能になることから、LNGを積み出すメキシコ湾から日本向けのLNG船も通行可能になる。現在の低迷している海運市場を前提にすると、日本向けの海上運賃はMMBTU当たり1ドル程度になるのではと思われる。

図-2

 スポット価格と思われるブラジル向け船積み価格と同レベルの輸出価格が日本向けに適用されると仮定するならば、日本着の価格はトン当たり28000円となり、今の輸入価格をさらに下回ることになる。今年3月の燃料用一般炭の輸入価格は1トン当たり7800円だったので、石炭の1kWh当たりの燃料費は2.5円、28000円のLNG価格を前提にするとLNGは3.7円となる。実際の使用に際しては輸入価格に荷揚げ費用などを加える必要があり、単純な比較だけでは難しいが、石炭が持つ相対的なデメリットを考えるとLNGの使用が有利な可能性がある。将来、二酸化炭素の排出に万が一費用が掛かるようになれば、LNGの優位は動かないかもしれない。
 将来の化石燃料の価格を予測することは不可能であり、現状の石炭とLNGの価格競争力がどのように変化するかは分からないが、シェールガスが予想よりも安く出荷されることがあるならば、「自由化された電力市場で最も価格競争力を持つ電源は石炭火力」と、多くの事業者が持つ想定に疑問符が付くことになり、事業者には混迷をもたらすことになる。
 シェールガスは、米国から輸出される点で安全保障上多くのメリットを日本の需要家にもたらす。日本の需要家の契約によってはヘンリーハブの価格を基準にするものも出てくるだろう。契約上、価格上のメリットも大きい。その大きいメリットゆえに、電源用燃料選択の悩みが増えるのは皮肉な現象だが。

注1)
take or pay条件とは、不可抗力以外の理由で引取りができなかった場合には、代金の支払い義務を負うこと。石炭などの契約に用いられるtake and pay条件もある。