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長期戦略イコール長期削減目標ではない(その2)


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院 教授


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 また報告書では図5に示すように2000年~2012年のOECD高所得国におけるGDP当たり排出量の削減率とGDP成長率の関係をプロットし、「温室効果ガス削減活動が経済成長に貢献している」と論じているが、これは因果関係が逆さまである。GDP成長率が高くなればGDP当たりの温室効果ガス排出量原単位は改善傾向になり、低成長率の元では原単位は悪化傾向になる。特に2000年~2012年までマイナス成長になっていた日本で原単位が悪化したことは驚くにあたらない。
 そもそも「温暖化対策を実施すればするほど経済成長につながる」ならば、国連気候変動交渉があれほど紛糾するわけはないし、ユーロ危機の真っ只中で欧州各国は競って温暖化対策を強化することで不況からの脱出を図ったはずだが、現実はそうなっていない。オバマ政権のグリーンニューディールが失敗に終わったことは記憶に新しい。削減目標をより野心的なものにするために、「野心的な目標は経済成長につながる」といった詭弁を弄するべきではない。

図5 GDP当たり排出量の削減率とGDP成長率の関係 出所:気候変動長期戦略懇談会

図5 GDP当たり排出量の削減率とGDP成長率の関係
出所:気候変動長期戦略懇談会

長期戦略イコール長期削減目標ではない

 それでも温暖化問題は人類の直面する課題であり、長期的な温室効果ガス削減に戦略的に取り組まねばならない。パリ協定の中で「長期低排出開発戦略」の策定が慫慂されているのは正しい方向である。
 しかし長期戦略イコール長期削減目標ではない。温室効果ガス排出量はGDP、人口、エネルギー価格、産業構造等、実に様々な外的要因の影響を受ける。特に2050年のような長期のスパンを考えれば、不確定要素が尚更大きい。そのような中で様々な要因の複合的結果としての総量排出量を目標値とすることにどの程度の合理性があるのだろうか。
 懇談会で提示された80%目標のイメージについて種々の観点から批判を加えたが、「再生可能エネルギーコストは2050年までには大幅に低下し、火力や原発と十分競争できるようになっている。だから80%削減のコストはそれほど大きくない」という反論もあるだろう。「再生可能エネルギーが安くなる」というならば、再生可能エネルギーの大量導入・貯蔵を含め、長期の大幅削減を可能にするような技術の開発目標、コスト削減目標をこそ掲げるべきであろう。その意味で、現在、温暖化対策計画と並行して検討が進んでいるエネルギー環境技術イノベーション戦略は長期戦略の中核となるべきものだ。
 また真剣に長期に大幅排出削減を目指すのであれば、2050年以降、大規模非化石電源である原発の退役が続き、最終的に原発ゼロになることを放置しておいて良いのかという問題に向き合わねばならない。自由化された電力市場の下でも、より安全性の高い新規原発によるリプレースをオプションとして可能にするような政策環境の検討も必要だろう。
 こうした長期の削減につながるような技術システム、更には懇談会報告書にも提唱されているような社会システム、ライフスタイルの諸要素をどう変革していくかを議論した上で2020年までに長期排出開発戦略を策定すればよい。そういった議論もないままに2030年目標の実現を目的とした温暖化対策計画の中に、長期削減目標だけを唐突に掲げることは合理性を欠く。
 「経済や生活にいかなるコストを払ってでも、温室効果ガスの削減さえなされれば良い」などという温暖化防止至上論には普通の人であれば賛同しないはずだ。多くの人は「経済や国民生活へのしわ寄せを最小化しつつ、可能であればプラスの影響すら出るような工夫をしつつ、温暖化対策を進めるべき」と考えているはずだ。野心的な長期削減目標を掲げるというのは一見わかりやすいスローガンだ。しかし、こうした考え方は京都議定書時代の削減数値目標至上主義そのものであり、高い総量削減目標さえ掲げれば実態がついてくると考えるのは幻想である。むしろそれを可能とするための技術システム、社会システム、ライフスタイル等の諸要素で定量的、定性的目標を設定して取り組み、その進捗状況をチェックしながら進んでいくほうがはるかに日本らしい真面目なアプローチではないか。

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