ミッシングマネー問題にどう取り組むか 第5回
プライススパイクがミッシングマネーを解消する理屈
電力改革研究会
Policy study group for electric power industry reform
第4回では、comprehensiveな容量メカニズムによるミッシングマネー解消の考え方を示した。対して容量メカニズムを不要とする論では、電力の需給が特にタイトな時間帯(最大需要発生時が代表的)に、電源の限界費用を大きく超えるkWh市場価格が発現すること(以下「プライススパイク」と呼ぶ)により、電源が固定費回収のために十分な利益を得ることが可能になり、ミッシングマネーが解消されるとする。つまり、ミッシングマネー解消の原資を、「発電量とは無関係に支払われるkW価値」に求める容量メカニズムに対し、「特定の時間帯に発現するプライススパイク」に求めるべきとの論である。
プライススパイクが発現するためには、誰かが電源の限界費用を大きく超える売値を提示することが必要である。しかるに電源は、貯蔵が利かない技術面の制約の下、稼働を優先して行動すれば、自己の限界費用で売値を提示する。電源が極端な高値を提示する場合は、稼働できない、すなわち収入がゼロになるリスクを受容する必要がある注28) 。
<デマンドレスポンス(DR)を電源と等価な供給力として考慮>
山本・戸田(2013)では、デマンドレスポンス(DR)を電源と等価な供給力として考慮することにより、kWh市場でミッシングマネーが解消されるケースを示した。第4回と同じくJoskow(2006)を参考にしている。
第4回で示したモデルと同様の3種の電源に、電源と等価なものとしてDRを追加する。費用構造は次のとおりである。
DR: 固定費 ゼロ円/kW/年 可変費(=発動時の対価) 400円/kWh
上記のDRを含めたn=4の場合のイメージを図14に示す。最経済な電源ミックスを作成すると、年間の極めて限られたピーク時間帯(このモデルでは20時間)において、ピーク電源の一部に代わり、DRが電源ミックスの一角を占める。
- 注28)
- 他の電源が限界費用に基づく売値を提示する中で、特定の電源Aだけが極端に高い売値を提示するとする。この場合、電源Aだけが稼働できないリスクを余計に負う一方で、プライススパイクが発現した場合の利益は、他の電源にも及ぶ。つまり、電源Aがリスクを負って利益を得ても、他の電源もただ乗りしてしまうので、電源Aが他の電源と競合関係にあるならば、この行動は割に合わないものとなる。(電源Aが他の電源と共謀している場合は、これは当てはまらない可能性がある。)
図15及び図16に、n=3の場合(DR加味せず)とn=4の場合(DR加味)について、最大需要発生時における市場の状況を示す。
DRを加味しないモデル(n=3)では、最大需要発生時においても市場価格は8円/kWhであり、少なくともピーク電源は、自己の限界費用が市場価格となっているため、固定費の回収ができない。対して、DRを加味したモデル(n=4)では、利用可能な電源をすべて使い切った後も需要と供給がバランスせず、DRが市場で約定する。
<固定費ゼロのDRがミッシングマネーを解消する>
DRが提示する対価(限界費用)は、この需要家が予定していた電気の使用を諦めることによる機会損失である。この機会損失がピーク電源の限界費用を大きく超える水準であり、市場価格は400円/kWhまで上昇する(プライススパイク)。この状況下では、ピーク電源も固定費回収原資たる利益が得られる。そして、DRは自己の限界費用で市場価格が決まっているので固定費回収原資は得られないが、固定費はゼロであるので、ミッシングマネーは発生しない。このようなプライススパイクが一定の頻度で発生すれば、電源がkWh市場から得る収入が固定費回収に十分な水準に引き上げられ、ミッシングマネー問題は解消される。
表2に、n=4のモデルについて、年間ベースでみた各電源及びDRの収支を示す。年間ベースで見てミッシングマネーが発生していないことが分かる。
さて、上記は理論上の可能性である。現実のkWh市場において、実現するかについては、リスクがあると考えている。
- 注29)
- DRの発電電力量は抑制した電力量の意味である。
- <参考文献>
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- Joskow, P.L. (2006), “Competitive Electricity Markets and Investment in New Generating Capacity”
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- 山本隆三、戸田直樹(2013) , “電力市場が電力不足を招く、missing money問題(固定費回収不足問題)にどう取り組むか”, IEEI Discussion Paper 2013-001
執筆:東京電力株式会社 経営技術戦略研究所 経営戦略調査室長 戸田 直樹