英国における再生可能エネルギー補助金カットの動き


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授

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 5月27日付けの投稿「総選挙後の英国のエネルギー環境政策」において、アンバー・ラッドエネルギー気候変動大臣の就任と保守党単独政権のエネルギー環境政策の方向性についてレポートした。

 投稿の末尾に、「保守党単独政権下でのエネルギー環境政策の方向性は注意深く見極める必要があるが、全体としての方向性は変わらないものの、費用対効果により注意を払うことになる結果、再生可能エネルギーへの間接補助拡大には制約がかかるものと見込まれる」と記したのだが、その後の動きを見ていると、予想以上のマグニチュードで再生可能エネルギー政策の見直しが進んでいるように思われる。

気候変動大臣

アンバー・ラッドエネルギー気候変動大臣

 6月18日、エネルギー気候変動省は、陸上風力につき、既に計画認可、グリッドへの接続許可、土地の確保を受けている5.2GW分を除き、予定より1年早い2016年4月から再生可能エネルギー義務(RO: Renewable Obligation)の対象から除外すると発表した。

 これには解説が必要である。英国では2002年以降、大規模再生可能エネルギー発電施設についてはROによって支援を行ってきた。ROは電力小売事業者に対して一定割合を再生可能エネルギーで賄うことを義務付ける制度である。比率は年々上昇し、2014年度については24.4%、2015年度については29.9%を再生可能エネルギーで賄わねばならない。再生可能エネルギー発電事業者は発電量に応じて政府から発行されるRO証書を電力小売事業者に提出すれば、通常の卸売価格よりも割高で電力を売ることができる。電力小売事業者は発電量の一定比率に応じたRO証書を期末に提示することを求められ、義務を履行しない場合には、Buy Out Price と呼ばれる罰金を払うことになるため、これがROの事実上の最低価格となる。MWh当たりのBuy Out Price は義務量の引き上げに呼応して年々引き上げられ、2002年度の30ポンドから2014年度には43.33ポンドになった。

 しかし、2013年度に成立した電力改革法に基づき、再生可能エネルギー支援策をROから差額契約制度(CfD)に移行することとなり、ROは2017年3月末で廃止されることとなった。2014年度~2016年度はCfDとROが並立し、事業者はどちらかを選べることとされていた。事実上の価格保証があるROと比べ、CfDはより競争原理が導入される。CfDでは政府と事業者の間の合意に基づき、各非化石エネルギー源毎にストライクプライスと呼ばれる購入価格が設定される。この中に原子力が含まれることは2014年7月8日及び11日に「英国と原子力(その1)(その2)」でレポートしたとおりである。

 一度価格が決まったら、長期間にわたって購入が保証されるという意味でドイツの固定価格購入制度(FIT)と類似しているが、英国の再生可能エネルギー促進策がドイツと最も異なるのは、再生可能エネルギーへの間接補助総額がLCF(Levy Control Framework)により、財務省に厳格に管理されているということだ。財務省が管理している背景は、政府の施策により消費者が間接補助金を払うのは、税金と同様の性格を持つという考え方による。このため、エネルギー気候変動省が間接補助金に基づいて再生可能エネルギー推進策を実施する場合、今後の各年の間接補助金総額を試算し、財務省と協議をしなければならない。2012年秋、再生可能エネルギーを重視するデイビーエネルギー気候変動大臣と経済効率性の観点から低コストのガスを重視するオズボーン財務大臣の間で熾烈な交渉が繰り広げられたことは、2012年11月に「混迷する英国のエネルギー政策(1)(2)」で書いたとおりである。

 ROやCfD及び小規模施設に対するFITによる毎年の間接補助総額の枠は再生可能エネルギーの導入量拡大に合わせ、2015年度の43億ポンドから16年度49億ポンド、17年度56億ポンド、18年度64.5億ポンド、19年度70億ポンド、2020年度76億ポンドと年々拡大していくが、これを超えることは許されない。
https://www.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/223654/emr_consultation_annex_d.pdf#search=’levy+control+system’

 毎年の再生可能エネルギー導入量を見通し、あらかじめ設定された枠を超える恐れが生じた場合は、買取金額の引き下げ等の措置が講じられる。たとえば2011~2012年に英国の小規模太陽光発電の購入価格は、30.7ペンスから7.1ペンスに大幅に切り下げられたが、これは太陽光発電の導入拡大に伴う補助額が、シーリングに収まらず、購入価格を引き下げざるを得なかったことによる。

 LCFに基づき、間接補助総枠にタガをはめる英国のアプローチは、再生可能エネルギー導入が拡大すれば補助額も野放図に拡大してしまう日本や見直し前のドイツのFITとの大きな違いだ。しかもこの年間総枠のうち、CfDに振り向けられるのは2015年度で0.5億ポンド、2016年度~2020年度に2.05億ポンドである。先行するROの補助を受けている再生可能エネルギー施設が多数存在し、そうした「根雪」部分も総枠の中に含まれているからだ。CfDでは、各再生可能エネルギー源毎に政府がストライクプライス(administrative strike price)を設定しているが、事業者が実際にその水準を受け取ることが保証されているわけではない。2016年度の場合、CfDに伴う補助総額に2.05億ポンドのキャップがはまっていることに加え、その内訳として「確立された技術(established technologies)」に0.5億ポンド、「確立度の低い技術(less established technologies)」に1.55億ポンドの枠がはめられている。「確立された技術」とは5MW以上の陸上風力、5MW以上の太陽光発電、CHPを伴う廃棄物エネルギー、5MW~50MWの水力、ランドフィルガス、下水ガス等を指し、「確立度の低い技術」とは洋上風力、波力、潮力、地熱等を指す。
https://www.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/336101/draft_cfd_budget_notice.pdf#search=’draft+budget+notice+for+cfd+allocation+round+1′

 即ち、陸上風力事業者は0.5億ポンドの補助枠をめぐって同じ「確立された技術」に属する他の技術と競争しながら入札に参加しなければならない。2015年2月に発表されたCfDの第一次オークションの結果を見ると、陸上風力のストライクプライスの水準は80~82.5ポンド/MWhであり、政府が設定した水準95ポンドを下回っている。
https://www.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/407059/Contracts_for_Difference_-_Auction_Results_-_Official_Statistics.pdf

 陸上風力事業者からすれば、枠が限られ、オークションへの参加を強いられるCfDよりも、これまでのROに参加していた方が有利だということになる。ところが案に相違して、予定より1年早くROが利用できなくなってしまったというわけだ。更に政府は陸上風力に対する建設予定地周辺住民からの反対が強いことを受け、政府は地域住民に建設計画への拒否権を与えるべく法律改正を行う予定だ。

 こうした一連の政策は陸上風力事業者から見れば「冷や水」であるが、総選挙時の保守党のマニフェストには「陸上風力のこれ以上の拡大を止める」と明記されており、ある意味、予想された動きでもある。

 しかし、英国政府による再生可能エネルギー補助の見直しは陸上風力にとどまらない。7月には小規模な太陽光発電(50kw~5000kw)へのROの適用を同じく1年繰り上げ、2016年4月で打ち切ると発表した。また2015年8月からは、これまで再生可能エネルギー企業に対して認められてきた気候変動賦課金(Climate Change Levy)の免除措置が終了する。

 これらの動きの背景にあるのは、再生可能エネルギーへの補助額がLCFの枠を超過し、国民負担が更に増大する恐れが出てきたからだ。2012年秋にデイビー大臣とオズボーン大臣の間で合意された枠を超過しそうな背景としては、原油価格が低下し、間接補助額が拡大したこと、技術革新による再生可能エネルギーの発電量が当初の想定よりも大きくなったこと等があげられている。政府は「このままでは2020年度の枠76億ポンドを15億ポンドほど上回る」と見通している。ラッド大臣は様々な場で「真面目に働いている家庭ができるだけ低水準のエネルギー価格を享受できるよう確保すべきだ」と述べているが、家庭部門の電力価格が過去10年間で60%上昇した家庭部門の電力価格のうち、15%がグリーン政策によるものだとの分析もある。間接補助の拡大に歯止めをかけねばというドライブが働いたのだろう。

 案の定、こうした一連の動きに対しては環境団体、再生可能エネルギー団体から強い抗議の声があがっている。風力発電団体であるRenewableUKは「今回の決定は最も費用対効果の高い再生可能エネルギーである陸上風力への投資や雇用創出を大きく阻害するものである。陸上風力への支援をカットする一方で、政府は国民の4分の1しか支持していない(シェールガスの)フラッキングを奨励している」と怒りを露にしている。ラッド大臣が議会のエネルギー委員会で原子力は風力や太陽と違って安定的な電力供給が可能であるとした上で、「我々は確実なベースロードが必要であり、原子力をエネルギーミックスの一部分とするため、原子力への支払いを増やす用意がある(We have to have secure base-load, so you should not be surprised that we are prepared to pay more for that in order to ensure nuclear is part of the mix)」と発言したことも彼らの怒りを増幅したものと思われる。

 「総選挙後の英国のエネルギー環境政策」に書いたように、ラッド大臣はオズボーン財務大臣に近い。そうした彼女の考え方が非常によく現れているのが7月24日に行った気候変動に関するスピーチである。お時間のある方は是非全文を読んでいただきたい。
https://www.gov.uk/government/speeches/secretary-of-state-speech-on-climate-change

 ラッド大臣はスピーチ前段で「気候変動は経済安全保障にかかわるものである」、「気候変動に対して適切な行動をとるならば、それがプロ成長、プロビジネスでなければならない」とした上で、「政府は方向性やビジョン、野心のレベルを定めることができる。政府はフレームワークやルールを創り、必要な支援や予見可能性を提供することができる」と政府の役割を強調している。ここまでは欧州のエネルギー環境大臣のメッセージとして驚くにあたらない。

 しかしこのスピーチの中で彼女が最も強調したかった部分は、「支援は対象技術がいずれ二本の足で立ち、補助金にずっと依存し続けるものであってはならない」(But the support must help technologies eventually stand on their own two feet, not to encourage a permanent reliance on subsidy)ということではないか。更に読んでいて驚いたのは以下のくだりである。ニュアンスを正確に伝えたいのでまず原文を読んでほしい。

We need to act together. And we should be strong and decisive.

But how we act is equally important.

It cannot be left to one part of the political spectrum to dictate the solution and some of the loudest voices have approached climate action from a left wing perspective.

So I can understand the suspicion of those who see climate action as some sort of cover for anti-growth, anti-capitalist, proto-socialism.

 これまで欧州のエネルギー環境大臣のスピーチを数多く聞いたり読んだりしてきたが、野心的な気候変動対策を求める声を左翼や反成長、反資本主義や社会主義と関連付けたものを初めて見た。欧州の環境保護運動の中に、そうした要素が含まれていることは、気候変動交渉に参加してきた経験に照らしても時間として感ずる。かつて、ある親しいエネルギーエコノミストが野心的な温暖化対策を求め、政府や企業の野心の低さを攻撃する環境NGOを評して「彼らはスイカだ。外は緑で中は赤だ」と言っていたことを思い出す。エネルギー関係者、産業界との雑談でも類似したコメントをしばしば聞いた。しかしそれらは「大きな声では言えないが・・・」というものであり、大っぴらに環境NGOを批判するようなことはpolitically incorrect であった。その意味で、ラッド大臣のスピーチの中に上記のくだりを見出したときは「ここまではっきり言うのか」と驚いた。深読みすれば、コストを度外視してひたすら野心的なCO2削減対策、野放図な再生可能エネルギー支援を求める業界団体、環境関係者に対する宣戦布告とも受け取れる。

 本コラムにおいて、コスト意識の高まりやエネルギー安全保障のプライオリティの高まりといった欧州のエネルギー環境政策の状況変化を累次にわたって紹介してきたが、今回の英国の動きは非常に興味深い。日本では福島第一原発事故以降、ドイツばかりが欧州右代表のような形で語られてきたが、コスト重視を前面に打ち出した英国の今後の動向は要ウオッチであると考える。特にドイツ以上に優遇されたFITを導入し、制度開始後3年余りで早くも制度見直しを強いられている日本は、英国のコスト意識から学ぶべきところが多いのではないか。

 3年弱にわたって「英国で考えるエネルギー環境問題」に寄稿してきたが、4年4ヶ月の英国駐在を終え、8月半ばに帰国することとなった。帰国後は東京大学公共政策大学院教授としてエネルギー環境政策を講ずる予定である。拙文をお読みいただいた方々に御礼申し上げると共に、帰国後は新たなコラムの下に、引き続きエネルギー環境問題についての私見を綴ることとしたい。

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