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高効率石炭火力発電所への融資規制は温暖化防止に逆効果だ


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院 教授


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 地球温暖化問題に対処する上で、忘れてはならないのが現実的な視点である。温暖化問題に関する議論では往々にしてスローガンが幅をきかす。「産業革命以降の温度上昇は低ければ低いほどよい。2℃目標では不十分だ、1.5℃だ」、「各国の排出削減目標は高ければ高いほどよい」等々。これらが実現すれば誠に結構であるが、各国政府は国内で様々な政策課題に対処しなければならない。現実の公共政策では温暖化防止だけが至高の価値ではないのだ。

 また、温暖化に関する議論ではしばしば善玉、悪玉が作り出される。善玉の右代表が再生可能エネルギー関連産業であり、悪玉代表が化石燃料関連産業、特に石油・ガス企業、石炭企業等である。世界の環境関係者は、化石燃料企業からの投資引き上げキャンペーンを張っており、昨年9月、ロックフェラー財団が化石燃料投資から撤退すると発表したときは、歓呼の声があがった。しかしIEAの世界エネルギー見通しの中心シナリオであるNew Policy Scenarioでは、石炭、石油、天然ガスの需要が2010年の10327石油換算百万トンから2035年には12980石油換算百万トンに拡大すると見込んでいる。化石燃料企業を敵視し、ある投資家が投資を引き上げたところで、化石燃料に対する需要があればそこに投資需要が発生し、別な投資家が資金を供給するだけのことだ。キャンペーンとしては シンボリックであるとしても、それで温暖化を防止することにはつながらない。

 それと似たような性格の議論が、「高効率石炭火力発電所への多国間開発金融機関の融資を停止すべきだ」というものだ。2013年6月にオバマ大統領が気候変動行動計画を発表し、気候変動に対する国際的取り組みの強化の一環として、海外の石炭火力新設に対する米国政府の公的金融支援を停止するのみならず、他国や多国間開発金融機関に対しても同様の措置を求めるという方針を打ち出した。この米国の方針に北欧諸国、フランス、英国、オランダ等が追随し、これら諸国の働きかけにより、世銀、欧州投資銀行、欧州復興開発銀行で新設石炭火力への融資を極めて例外的なケースを除き、差し止めるとの方針が採択された。例えば世銀グループでは「新設石炭火力への融資は、石炭火力以外に選択肢がなく、資金が調達できないなど、まれな場合に限る」とされている。

 更にOECD諸国の公的融資の条件を拘束する輸出信用ガイドラインにおいて、米国、英国、オランダは「排出原単位が700g-CO2/kwh以上の高炭素排出型発電プラントについては、CCS(炭素貯留隔離)設備の導入により、500g-CO2/kwhまで低減しない限り、公的輸出信用を供与しない」、「高炭素排出型発電プラント向けの公的輸出信用が可能な場合を明確に特定する(所得水準が一定以下、利用可能な代替エネルギー源が限定されている国等)」との融資規制強化を提案している。ちなみに石炭火力技術の中で最も高効率なIGCC(石炭ガス化)で709g-CO2/kwh、超々臨界で792g-CO2/kwhだ。CCSは未だに高コストであり、商業プラントに導入された事例は、極めて有利な特殊条件の下での1例しかない。先進国も含めてこの状況だから、経済力の劣る途上国に対してCCS導入を条件付けるということは、事実上、途上国向けの高効率石炭火力技術への融資を禁止することに等しい。

 「CO2排出量の多い石炭火力が新設され、将来にわたって固定化(ロックイン)されることを防ぐ」というのがこうした提案の理由だが、率直に言って、世界のエネルギー情勢の現実から遊離した机上の空論と言わざるを得ない。この方針を適用したら、世界の石炭火力発電所の新設が止まり、代わりに再生可能エネルギー発電やガス火力が増大するのだろうか。答えは「ノー」だ。

 先に紹介したIEAのNew Policy Scenario では世界の石炭火力発電所の発電量は2010年の8687Twhから、2035年には11908Twhに拡大すると見込まれている。その内訳を見ると、OECD諸国では3746Twhから2794Twhに縮小する一方、非OECD諸国では4940Twhから9114Twhとほぼ倍増することが見込まれているのだ。

 石炭資源は世界中に賦存し、地政学リスクが低い。しかもガス価格と比べても圧倒的に安い。他方、世界には電力へのアクセスを有しない人々が13億人もいる。多くの途上国にとって、国民の生活レベルを向上させ、電力供給を確保することは何よりも重要な課題であり、好むと好まざるとにかかわらず、石炭はそのための重要な手段となる。環境原理主義者が石炭をいかに悪玉視しようが、石炭火力発電所が無くなることは有り得ないのだ。そもそもこの議論を主導している米国は、2010年時点で発電構成の45%が石炭火力だ。オバマ政権のClean Power Scenario ではシェール革命や石炭火力排出規制の強化により、石炭火力のシェアは2020年に31%、2030年に25%に低下することになっているが、それでも4分の1は石炭火力だ。米国のように技術力、資金力のある先進国ですらこの状況なのだから、途上国が国民生活向上のため石炭火力を、しかも高効率火力を導入する手段を阻害することはダブルスタンダードであり、偽善的ですらある。

 それでは高効率石炭火力への融資が禁止されたら何が起きるのか。これも答は明らかだ。中国製の低効率な石炭火力発電が世界中に売られることになる。中国では石炭火力製造が過剰設備状態になっており、2009年頃から石炭火力設備の輸出ドライブをかけており、2013年までに発電量ベースで6倍に拡大した。それを支える可能性の高いのが中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)だ。2014年12月3日付け朝日新聞で中国国際経済交流センターの王軍氏は「中国にとっては(AIIBは)国内の過剰生産の問題とも関連している。AIIBを通じ、国内で過剰に生産されている鉄鋼などの製品を海外で消化できる可能性がある」と述べている。多国間開発金融機関やOECD輸出信用アレンジメントが高効率石炭火力への融資や公的信用を差し止めても、AIIBが低効率の中国製石炭火力発電技術の輸出を金融面で支援することとなろう。AIIBでは中国が最大の出資国となり、重要事項では拒否権も有する。中国の意向が相当程度働くものになることを考えるべきだ。

 この問題を突き詰めて見れば、途上国の今後の発電構成のベースラインをどこに置くかということに帰着する。放っておいても脱石炭火力が進み、ガス火力や再生可能エネルギーが主流になるのであれば、いかなる石炭火力技術の輸出もCO2排出増につながるだろう。他方、放っておいたら低コストだが低効率の石炭火力技術の導入が進むということであれば、高効率石炭火力技術の輸出によりCO2排出増を抑えることができる。間違いなく後者が現実的な見方だ。IEAの石炭火力拡大見通しをベースに、アジアの非OECD諸国において亜臨界石炭火力のみが拡大するケースと徐々に超々臨界石炭火力に移行するケースを比較してみると、2035年には10億トンものCO2を削減することができる。

 IEAは2014年の世界エネルギー見通しにおいて、「仮に全世界の石炭火力発電設備が超々臨界の効率を達成すれば、2040年の石炭火力発電由来のCO2排出量はNew Policy Scenario よりも17%小さくなる。石炭火力発電を新設する場合、より高効率なプラントの方がライフタイムコストより小さい場合であっても、投資者が常に最高効率のプラントを選ぶとは限らない。このような投資判断は資金が限られる場合になされる。より高高率なプラントは総じて建設コストが高いからである。炭素価格が設定されていない場合や、安い石炭が入手可能な場合は、低効率であってもより建設コストの低いプラントが魅力的になる。」と述べている。まさしくそういうことであって、多国間開発金融機関やOECD輸出信用ガイドラインで高効率石炭火力への融資を封印すれば、「悪貨が良貨を駆逐し」、安価で低効率なプラントが増え、結果的にCO2排出削減の機会を失うことになる。

 日本はこうした考え方に立ち、高効率石炭火力への融資規制に反対している。現実を無視した原理主義的な議論に対し、敢然と反論し、経済成長を確保しつつ、排出削減を進めるような現実的な議論を主導することは、日本の重要な責務であろう。

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