総選挙後の英国のエネルギー環境政策


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授

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 5月7日の英国総選挙は、保守党、労働党ともに過半数を割り込み、ハング・パーラメントになるとの世論調査の予測を大きく裏切り、保守党が単独過半数を占めることとなった。保守党と連立を組んでいた自民党は壊滅的な敗北を喫し、エド・デイビーエネルギー気候変動大臣も議席を失った。

 保守党単独政権の誕生は英国のエネルギー環境政策にどのような影響を与えるであろうか。今回の選挙では、経済、医療制度、移民問題等が国民の主たる関心事であり、エネルギー環境政策は争点になっていない。だが、各党のマニフェストにはエネルギー、気候変動政策も盛り込まれており、保守党のマニフェストの主要項目は以下のとおりである。

英国気候変動法の支持
COP21において二度安定化を確保するような強力な国際合意を実現
2050年までに全ての自動車をゼロエミッションに
陸上風力のこれ以上の拡大を止める
新規原子力の拡大
北海油田、ガス開発、安全なシェールガス開発の支援
歪曲的で高コストな電力セクターの新たなターゲットには反対

というものであるが、自民党のマニフェストと比較すると興味深い。自民党はマニフェストの中で、「2030年までに発電量に占める再生可能エネルギーのシェアを60%に引き上げる」という、「電力セクターでの新たなターゲット」を設定しており、保守党とは真っ向から路線が異なっていたからだ。

 もともと、自民党はグリーン色が強く、2010年の連立政権発足以来、エネルギー気候変動大臣のポストは自民党出身の大臣が占めてきた。しかし、連立政権の中では経済重視、天然ガス重視のオズボーン財務大臣と再生可能エネルギー重視のデイビーエネルギー気候変動大臣の間での路線対立が顕在化したのは、以前、本コラムで書いた通りである。

http://ieei.or.jp/2012/11/column121116/
http://ieei.or.jp/2012/11/column121129/

 その自民党が表舞台から姿を消し、保守党単独政権が誕生したわけだが、まず注目を集めたのは、保守党の中で誰がエネルギー気候変動大臣になるかということだった。特に再生可能エネルギー団体は、「ウィンドファームをこれ以上英国にちりばめるな」と主張していた連立政権当時のパターソン環境政務次官をはじめ、保守党内にはアンチ風力の議員がたくさんおり、再生可能エネルギーに大逆風が吹くのではないかと懸念したのである。

 キャメロン首相が任命したのは、エド・デイビー大臣の下で気候変動担当政務次官であったアンバー・ラッド女史である。ラッド大臣は、大規模メガソーラーには消極的ではあるが、風力をサポートしており、グリーン団体は彼女の任命を概ね歓迎している。注目されるのはラッド大臣が、かつてオズボーン財務大臣の補佐官を務めたことがあり、オズボーン大臣に近いと見られることだ。

アンバー・ラッドエネルギー気候変動大臣

アンバー・ラッドエネルギー気候変動大臣

 英国の再生可能エネルギー促進策に伴う間接補助は、財務省が担当する課金管理システム(Levy Control System)の下で総枠が管理されている。オズボーン大臣とデイビー大臣の間で、2012年度の23.5億ポンドから2020年度には76.0億ポンドまで支援上限が引き上げられることが合意されている。

 エネルギー気候変動省は2020年度時点での支援額は62.5億ポンドと上限を10億ポンド以上下回ると見込んでいるが、不確定要素もある。一つは原油価格の低下により卸電力価格が低下しているため、間接補助コストが増大していること、もう一つは洋上風力が拡大しており、補助額が予想以上に拡大する可能性があることだ。英国のシンクタンクの中には76.0億ポンドでは予算が足りなくなる可能性があるとの分析をするものもある。76.0億ポンドという金額は、2020年までに電力部門に占める再生可能エネルギーのシェアを30%にするというEU再生可能エネルギー指令を実現するために必要ということで算出されたものだ。しかし、間接補助財源が足りなくなったからといって、オズボーン財務大臣が上限引き上げを認めるかどうかは疑問だ。総選挙で勝利した英国は引き続き、財政緊縮政策を続けることとしている。こうした中で国民の負担増につながる間接補助の拡大をそう簡単に認めるわけにはいかない。

 更に2020年以降の支援上限についてはまだ何も決まっていない。EUの2030年パッケージを決める際、英国は各国別の再生可能エネルギー導入目標に強く反対した。保守党のマニフェスト「電力セクターによるコスト高のターゲット設定には反対」もその考え方に基づくものだ。電力改革法に基づき差額契約制度(CfD)が導入され、原子力、再生可能エネルギーはこの制度に基づいて支援されることになるが、再生可能エネルギー目標が前置され、そのために必要な支援額を決めるというアプローチではなく、2030年までに90年比40%削減という英国の温室効果ガス削減目標に最も費用対効果の高いやり方を模索しながら進めるということになるだろう。

 こう考えると、オズボーン財務大臣に近いラッド大臣の就任は、今後の英国の再生可能エネルギー政策の遂行に当たって、オズボーン財務大臣の間接的影響力が更に強まる可能性を示唆している。

 原子力、シェールガスを推進することについては、連立政権当時と変わらない。むしろオズボーン大臣がシェールガスの熱心な推進者であったことを考えると、シェールガス推進に拍車がかかる可能性もある(もっとも原油価格の低下は英国のシェールガス開発にとっても逆風ではあるが)。

 温暖化交渉については、ラッド大臣が気候変動担当政務次官であったこともあり、パリで野心的合意を目指すというポジションに変更はないだろう。ラッド大臣自身、COP20(リマ)の前にチャタムハウスで交渉の進展と目標提出について気合の入ったスピーチをしていた。

 保守党単独政権下でのエネルギー環境政策の方向性は注意深く見極める必要があるが、全体としての方向性は変わらないものの、費用対効果により注意を払うことになる結果、再生可能エネルギーへの間接補助拡大には制約がかかるものと見込まれる。

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