MENUMENU

気候変動交渉はなぜ難航するのか?(その1)


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院 教授


印刷用ページ

温室効果ガス排出と経済活動全般のリンク

 第1に温室効果ガス排出は、我々のほぼ全ての経済活動(産業、運輸、民生)に及んでいる。したがって温室効果ガス削減をするためには幅広い経済活動への影響を考えねばならない。しばしば、モントリオール議定書に基づくフロン削減交渉がうまくいったことが引き合いに出されるが、発生源が限定され、代替物質も開発されているフロン対策と、発生源がほぼ全ての経済活動に及ぶ温暖化対策ではマグニチュードが違う。温室効果ガス排出と経済成長をデカップルすれば良い、野心的な温室効果ガス削減対策は新たな産業、新たな雇用を生むというグリーン成長の議論があるが、温暖化アジェンダ推進のためのレトリックとしては秀逸かもしれないが、現実はそんなに甘いものではない。この議論に対する最も単純な反証は「それならばなぜ温暖化交渉は難航するのか」の一言である。厳しい削減目標を設定することで経済全体が成長し、雇用も増大するのが本当であれば、各国は競って他国より厳しい削減目標を提示するはずだ。削減目標をめぐる交渉がこう着状態になっていた際、当時の韓国代表は「グリーン成長へのパラダイムシフトを目指すべきだ」と主張するのを常とした。「それならば90年代半ばにOECDに加盟した韓国は何故速やかに附属書Ⅰ国に移行し、厳しい削減目標を設定してグリーン成長の範を示さないのか」と思ったものだ。削減目標で便益を被る産業(省エネ、再生可能エネルギー関連産業など)、雇用はあるだろうし、グリーン成長が目指すべき方向であるとしても、温室効果ガス削減が経済全体でみればコストをもたらすことは厳然たる事実である。この点を「厳しい削減目標は経済にとってプラス」というレトリックで糊塗しても、かえって議論自体のクレディビリティを下げることになると思われる。

削減費用はローカル、便益はグローバル

 温暖化進行による異常気象の被害は低開発途上国や島嶼国等、脆弱な国々に特に重くのしかかる。温室効果ガス削減は、温暖化の進行に歯止めをかけるという意味で明らかにベネフィットがある。問題は、温室効果ガス削減に伴うコストは各国で生じ、そのベネフィットはグローバルに、あるいは脆弱国を中心に享受されることになる。しかも温室効果ガス排出削減は場所を選ばない。どこの国で排出削減を行ったとしても、地球全体のメリットということでいえば中立である。だから、最初の論点とも併せ、ややもすれば最初の漫画にあるような「自国以外の誰かが削減すればよい」というフリーライドの構造を生み出す。
 もちろん、自国内で温暖化対策を行うことがその国自身にとってメリットがあるという議論はある。再生可能エネルギーを推進すれば石油、天然ガスの輸入を代替できるのでエネルギーセキュリティ上のメリットがあるというのもその一例だ。しかし、温暖化防止という価値観を捨象すれば、石炭を活用することで、はるかに低コストで同等以上のセキュリティ上のメリットを得ることができる(石炭には太陽光、風力のような出力不安定の問題がない)。したがって温暖化対策のコストをうやむやにして、温暖化対策のベネフィットをエネルギーセキュリティの観点で論ずることは論点のすり替えに等しい。

マイナス・サムの交渉

 「削減費用はローカル、便益はグローバル」という特質は、通商交渉との本質的な違いだ。二国間や地域間のFTAやEPAの場合、交渉による貿易自由化のベネフィットは参加国間だけで共有される。もちろん貿易自由化によって得をする産業、損をする産業が交渉参加国それぞれに存在するが、全体としては経済厚生がプラス・サムになる。

 これに対して温暖化交渉の場合、ゼロ・サムどころか、地球全体の温室効果ガス排出を削減するというマイナス・サムのゲームである。プラス・サムの貿易交渉ですら、難航しているのだから、マイナス・サムの温暖化交渉がそれ以上にハードルが高くても驚くに当たらない。FTAやEPAのように、二国間、多国間で有志連合を組んで温室効果ガス削減費用を負担して率先して取り組んだとしても、それに伴う便益は参加国のみに帰属しない。通商分野では、FTAに参加しないと貿易自由化のメリットを受けられないというデメリットがあるが、温暖化分野では、有志連合に参加しないとしても経済的なデメリットはない。炭素関税のような形でアウトサイダーに経済的デメリットを課すという議論もあるが、WTOとの整合性に疑義があるし、報復も招きかねない。要するに「排出はするが、コストは負わず、それに対するディスインセンティブもない」というフリーライダーが可能ということだ。「それを防ぐために国連で世界政府的な枠組みを交渉しているのではないか」という反論があるだろう。しかし、その交渉にはフリーライダーも参加していることを忘れてはならない。全員一致を旨とする国連交渉でフリーライダーにディスインセンティブを与える枠組みを合意できるだろうか。

記事全文(PDF)



英国で考えるエネルギー環境問題の記事一覧