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核燃料サイクル政策のあり方についての提言(第7回)


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 前回(第6回)では原子力の軍事利用から平和利用への展開を図った所謂原子力先進国とは異なり、わが国の原子力開発は事実上ゼロからのスタートであり、海外からの発電炉導入とほぼ同時に、核燃料サイクルもスタートした。しかし政策的に一貫した目標不在のまま今日に到っていることから、国は日本独自の戦略性・柔軟性を備えた開発体制の再構築を図る必要があることを提言した。今回はさらにわが国の核燃料サイクル開発には必要不可欠とされる技術・産業基盤整備意識のないことを指摘し、早急に基盤のあり方についての議論を進めることを提言する。

核燃料サイクル技術・産業基盤の確たる構築を意識すべきである

 日本のサイクル開発は六ヶ所再処理ともんじゅの2点に絞られ、この2つのプロジェクト以外の開発要因を含めて全体像が全く見えない。本来は発電・サイクルという原子力開発全体が健全な形で前進基調にあるべきであるが、そのためには開発行為全体を底辺で支える技術・産業基盤の整備が時間経過の中で確実に進められなければならない。基盤はその国の開発技術の水準を示すものであり、特に国外にあってはプラント輸出などに関連する国際的信頼性を象徴するものである。
 原子力開発の場合は基盤の本質部分、即ち核燃料物質そのものの変化の流れを国として如何なる体制の下で如何に定着させるかの視点が必要である。ウラン精鉱、濃縮、燃料成形加工、原子炉内での燃焼、再処理・MOX燃料加工、将来的には高速炉(有害度低減核変換、増殖)を経て最終的な高レベル放射性廃棄物処分に到る流れである。この流れの過程における核燃料物質の変化は定量的に管理されるとともに、核安全(臨界、過酷事故防止)、放射能・放射線管理、核不拡散、核セキュリテイなど国際的に共通した基準による管理を必要とする。この流れは本来国の一貫した政策による計画的なものであるべきであり、途中分断できるものではない。基盤全体として国による統制的色彩の濃いものであることは間違いない。
 我が国の場合、最初の軽水炉発電所導入以来発電所の増強は可成りのスピードで進展し、これによるベースロード電源確保がその後の国の経済成長に大きく貢献した。同時に電気事業者は、ウラン資源有効活用体制の早期実現を期して、SNF再処理、高速増殖炉(FBR)サイクルの実用化開発を急いだ。当時は21世紀後半には、FBRサイクルが軽水炉サイクルに取って代わることまで指向した経緯があった。しかし核燃料サイクル開発は期待通りには進んでいない。これまでの時間経過の中で、適当な時期にサイクル開発の目標再設定と、技術・産業基盤整備の必要性を再認識し、必要な措置を講ずるべきであった。大学等も含めて官民は一体となってトータルな立場で議論すべきであったが、世の中の厳しい批判が連続する中でそのような機会を持つ余裕すらなかったといえよう。その時々のテーマを振り返って「必要なことはやっている」という錯覚に陥っていたことは否定できない。その結果原子力開発体制に構造的な歪みを残してしまった(原子力開発実態への参加に無関心であった大学、国内需要減退で海外へ逃げ腰となったプラントメーカーなど)。
 原子力分野の技術・産業基盤整備にあたっての特質は、核燃料物質を取り扱う施設の現場にあるといえる。現場とは安全管理、放射線防護、放射性廃棄物処理・処分とともに立地社会そのものである。過去の経緯のうち1960~80年の開発初期段階における経験は、現状をベースとして基盤構想を固めるには貴重な情報である。この種の情報は時間経過と共に希薄化し、消滅していく。国として基盤構想を固めるには、今をおいてその機会はない。早急に議論を進めるべきである。

{提言}
 わが国の原子力開発は第1回原子力長計(1956年)を起点とすれば、既に60年近くの時間経過にあり、その間50余基の軽水型原子力発電所を建設してきた。無資源国日本としては、画期的なスピードである。ウラン資源有効活用を目指して核燃料サイクル開発も進めてきたが、大幅な工程遅延にある。原子力開発は将来に亘る継続するエネルギー安全保障の立場からすれば、わが国の過去の経緯を踏まえ、発電・サイクル開発ともに前進基調で着実な進展を進める体制によることは基本的条件であり、その体制を底辺から支える技術・産業基盤のあり方がそのカギを握る。わが国では基盤整備の意識がないまま今日に到っており、結果として現在の原子力開発体制には致命的な歪みを残している。国は将来的な原子力事業展開を見通し、わが国の実情に適応する開発体制全体像の見直しとそれを支える技術・産業基盤のあり方についての議論を早急に進めるべきである。

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