水素社会を拓くエネルギー・キャリア(6)

「水素社会」へのシナリオ


国際環境経済研究所主席研究員、元内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「エネルギーキャリア」サブ・プログラムディレクター

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 ではこれらの水素供給源からの水素は、FCV用の需要を満たすことができるのだろうか?これを見るためには、【表1】の水素源毎にその供給能力について検討してみる必要がある。水素源毎の供給可能量について調べた【表2】を見ていただきたい。

【表2】水素供給源毎の供給可能量の推計値(億Nm3/年)

 まず、【表1】中で価格が安いのは副生水素であるが、副生する水素の量は限られている。【表1】の「苛性ソーダ」及び「石油化学」の分野は【表2】では「化学」に相当するので、「鉄鋼」分野と合わせて2030年には30~40億Nm3の量の水素が副生する可能性があると推計されていることになる。しかし、今後、国内の鉄鋼、石油化学産業自体の規模が今後縮小する可能性が大きいことや、鉄鋼業ではCO2排出の削減のために水素の自家消費量が増加すると考えられていることなどから、この副生量は減少していく可能性が大きい。さらに「天然ガス(都市ガス)」分野の供給量の推計値は、ガス会社がLNG基地の余剰能力を利用して天然ガスから水素を製造するという仮定のもとで算出されたものだが、ガス会社が実際にこういった事業を行うかどうかは不明であり、この推計値の不確かさも大きい。

 以上のような理由で【表2】の中で、将来的にもある程度確実に水素供給源となると考えられているのは、製油所の水素製造装置で化石燃料から製造される改質水素と考えられる。そしてその量は2030年で40~70億Nm3/年となる。但し、この水素源についても、今後の製油所の統廃合や、軽質燃料の需要の変化に伴う製油所内での水素消費量の変化の動向などによって、その供給余力には不確実性があることに留意する必要がある。

 ところで「水素・燃料電池戦略ロードマップ」では、国内の水素供給余力の今後の見通しについて、「2030年頃の(水素の)追加の供給ポテンシャルは120~180億Nm3程度になるとの試算がある注5)」としている。これは【表2】のすべての水素供給源の水素量の合計値をもとにした数字と推定されるが、この数字は上記のような不確かさを含むものであり、私は120~180億Nm3という数字は過大な見積もりとなっていると思う注6)

 さて、以上のように国内の水素供給余力について、現段階で確度の高い見通しを行うことは難しいのだが、一つ明らかなことは、FCV一台当たりの水素の年間消費量が、ざっくり言って1,000Nm3/台/年である注7)ことを考えると、量的には当分の間、FCV用の燃料水素は、国内で製造される改質水素でまず賄えるということだ。2030年で200万台という、少し高すぎると考えられているFCVの普及見通しが達成されたとしても、FCVに必要となる水素量は2030年で約20億Nm3/年にとどまるからだ。

 このように水素利用が、エネファームとFCVに限られるのであれば、水素利用は、当分の間、国内の化石燃料から製造された水素で回っていく可能性が大きい。

 では発電分野はどうか?発電分野における水素の利用技術については、前回述べたように、現在でも工場内で副生する水素を、自家発電で燃料の最大90%まで混焼して発電している実例があることから、その要素技術は、既に一定程度確立されていると言われている。ただ、長期安定運転が求められる発電事業分野で水素発電を行うためには、事業用の発電タービン等で長期実証運転による検証等を行うことが必要と考えられている。

 この分野では、特にLNGとのコスト競争力が重要となる。2030年頃にCO2フリー水素の価格がプラント引き渡しコストで30円/Nm3(発電コストでは17円/kWh)を下回るようになると、既存の発電燃料と競合することが可能となり、発電分野への水素の導入が進む可能性があると考えられている。この30円/Nm3というコストは、海外でのCO2フリー水素の製造コストに加えて、エネルギー・キャリアを利用して日本まで水素エネルギーを輸送するコストを含む。

 ここで海外からCO2フリー水素は、どの程度のコストで運んでくることができると考えられているのか見てみよう。これまでに公表されている調査結果によると、海外の風力を利用して製造するCO2フリー水素は34~51円/Nm3程度注8)、また、海外の安価な褐炭をガス化、それをCCS(二酸化炭素貯留)と組み合わせることによって2025年ごろまでにCO2フリー水素を海外で製造し、液化水素の形で日本に輸送するという構想による水素価格は、CIF価格で30~38円/Nm3程度になるとの調査結果がある注9)。これらの調査では、CO2フリー水素の製造コストは20~30円/Nm3と推計されている。なお、このほかにもこうしたコスト推計は公式、非公式に数多く行われていて、最近では海外のCO2フリー水素価格を15円/Nm3程度と試算している例もある。

 以上のように2030年頃にCO2フリー水素の価格水準をプラント引き渡しコストで30円/Nm3まで下げることは、今後の研究開発成果や関連機器の量産効果を考慮すると、実現可能な範囲の目標と考えられている。また、今後、CO2排出制約が高まったり、LNG価格が高騰したりする場合には、このコスト要件がより緩和されることになる。

 発電分野に水素エネルギーが導入され始めると、水素エネルギーに対する需要は急速に拡大する。前回も述べたように、新設・リプレースされるLNG火力発電所において、LNGの50%に水素が導入され、LNGと水素の混焼発電が行われ始めるだけでも、2030年までに水素需要は年間約220億Nm3となる。あるいは別の試算では、総発電量の5%が水素発電に置き換わった場合に必要となる水素量は約300億Nm3と推計されている。このように発電分野に水素エネルギーが導入され始めると、必要となる水素量は、水素の国内供給ポテンシャルをいっぺんに大きく超過することになる。そうなると燃料の水素または水素エネルギーは海外から運んでくるしかない。エネルギー・キャリアが必須の時代となるのだ。

 このような形で海外からのCO2フリー水素の導入が始まると、FCVの水素供給源も当然のことながら海外からのCO2フリー水素に切り替わっていくだろう。それによって、CO2の排出削減といった観点からのFCVの普及の価値も大きく高まることになる。別稿でも書いたように、CO2フリー水素を燃料とするFCVの単位走行距離当たりのCO2排出量は、HEV(ハイブリッド車)の約1/7、系統電力によるEV(電気自動車)の1/4~1/6になるのだが、国内で化石燃料から製造された水素を燃料とする場合には、HEVと比べると約17%程度の削減に留まり、EVとの比較ではむしろFCVからのCO2の排出量の方が多くなるためである。

 つまり、「水素社会」の幕開けは、発電事業分野で水素発電が行われるようになるかどうかが重要な鍵を握るということになる。

注5)
「水素・燃料電池戦略ロードマップ」 P42
注6)
ところで、ここでやや横道にそれるが、仮に2030年に国内で供給可能と考えられている最大量の180億Nm3の水素をエネルギー源として導入したとしても、このエネルギー量(約2.3x108GJ)は、日本の年間最終エネルギー消費量(約1.4x1010GJ)の1.6%程度に過ぎないということは十分に認識される必要がある。【表2】の水素源の水素量だけでは「水素社会」の実現には程遠いということだ。
注7)
FCVの年間走行距離を12,000kmと見て、FCV一台当たりの水素の年間消費量を1,344Nm3/台/年としている調査結果もある。
注8)
JST科学技術未来戦略ワークショップ、「再生可能エネルギーの輸送・貯蔵・利用に向けたエネルギー・キャリアの基盤技術」報告書(平成24年7月28日)に収載されている(財)エネルギー工学総合研究所 村田氏講演資料
注9)
NEDO 平成22~23年度成果報告書 「低品位炭起源の炭素フリー燃料による将来エネルギーシステム(水素チェーンモデル)の実現可能性に関する調査研究」(2012)

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