COP18参戦記 最終日


国際環境経済研究所理事・主席研究員


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 「国連気候変動枠組交渉」と書いて「待つ」と読む。
それくらい今回のCOPは待たされることが多かった。国連気候変動枠組条約の締約国会議(Conference of the Parties)すなわちCOP(京都議定書の締約国会議やいくつかの補助会議もあわせて開催される)の正式な会期は月曜日から2週間後の金曜日までと設定されている。しかし近年、期間中に閉幕できるのはまれで、「国連気候変動枠組み交渉の転換点」として取り上げたCOP15は土曜日の午後3時半ころ、COP16は土曜の朝方にようやく終了した。
 今回のCOP18も、金曜午後から何度か各国閣僚級のインフォーマル会合が開催されるとの情報が流れたものの実施できずにいると聞き、会場の外に栄養補給に出たのが19時頃。21時過ぎに会場に戻ったものの始まる気配すらなく、23時前に一度ホテルに撤収した。難産に立ち会う父親の気分もかくや、である。いつでも会場に駆けつけられるよう、1時間おきくらいにWEB-CASTで会場の様子をチェックしつつ洋服のまま仮眠をとって結局朝を迎えた。眠い目をこすりつつ会場に向かっても、会場には緊張感が無く、交渉団の数もまばらだ。交渉の俎上に載せるべき文書に各国の合意が取り付けられず、そのまま全体会合を始めると空中分解する恐れがあるので、始めたくとも始められないのだ。再び昼食を取りに市内に出たところで「始まりそうだ」との報を受け、食べかけのカレーを放り出し駆け戻る。息せき切って戻ったところ、一旦始まった会議がすぐにまた停止して再び待ち時間に。食べ損ねたカレーへの思いが募り、アラブの民の口癖(?)である「インシャラー(神の思し召しのままに)」が口を突いて出る。仕方ない。神の思し召しがあるまで、待つしか仕方ないのだ。
 こうして待つこと3時間。会期延長を見込んで余裕をもって予約しておいたはずのフライト時間が迫り、いよいよ席を立とうとしかけた18時半過ぎ、会議場にカタールの行政監督庁長官を務める実力者で、今回のCOP議長を務めるアティーヤ氏ら議長団が壇上の席についた。開会を宣言するや、アティーヤ議長がおもむろに文書名を読み上げ「~I hear no objection!(反対意見無しと認める)」と宣言して木槌を打つ。コンセンサス方式を採る国連の会議では木槌を打つことが非常に重要で、これによって提案された文書が会議の成果物として採択される。このように曖昧な決定方式となった経緯は外務省前気候変動課長の加納氏が当研究所に寄せてくださっている連載「気候変動交渉とグローバル・ガバナンス」の第1回投稿に詳しいが、COP1において手続き規則が議論された際、多数決方式などで途上国に押し切られることを恐れた先進国と途上国の間で合意ができなかったことによる。この時点から既に国連気候変動枠組み交渉の限界はある程度見えていたとも言えるだろう。議長が無理やり木槌を打てば参加国から不満が噴出して収集がつかなくなるため、参加国にある程度意見を言わせ満足させたうえでタイミングを見計らって木槌を打つ。このタイミングが議長の腕の見せ所であり、COP15の議長を務めたデンマークのラスムセン首相は木槌を打つタイミングを逃し、結局主要国首脳が事前に合意した文書はCOPによる正式文書として採択できず、その文書の存在に「留意する(take note)」という非常に曖昧な位置づけにしかならなかった。
 その反省を知ってか知らずか、アティーヤ議長は会議を開催するや次々に文書番号を読み上げては木槌を叩いていく。待ちくたびれた参加者からは笑いと拍手が起こったが、会議場にいる多くが、何が採択されているのかよくわからないという異例の議事進行だった。先進国がホスト国として議長を務めているときにこんな議事進行をしたら、途上国から一斉に集中砲火を浴びて、交渉が決裂することは間違いない。カタールはリッチな産油国ではあるが温暖化交渉では途上国に分類されること、アティーヤ議長の胆力、徹夜明けで参加者の意識がもうろうとしていたことなど様々な条件が重なって、あっという間にいくつもの文書が採択された。なお、議長によって木槌が打たれた後にも、その内容に不満のある国の交渉団は、議場で不満を表明し、議事録にその記録を残すよう要求している。
 今回の会議によって決まったことは何か。

 この交渉は専門用語が非常に多く難解なのだが、下記に今回のCOPを振り返り、今後に向けて重要だと思われることを述べたいと思う。
 
 交渉上最も重要なことは、これまで2つあった交渉の場「気候変動枠組条約の下での長期的協力の行動のための特別作業部会(AWG-LCA)」及び「京都議定書の下での附属書I国の更なる約束に関する特別作業部会(AWG-KP)」が閉じられ、新たな国際枠組みの構築に向けた来年以降の交渉の段取りが決定されたということである。今後は、昨年のダーバン合意で立ち上げることが決定された、2020年以降全ての国に適用される枠組みを検討する「ダーバン・プラットフォーム特別作業部会」で次の枠組み交渉が行われることとなり、今回のCOP18では、その作業計画が決定された。

 気候変動枠組条約の根本思想は「温暖化は先進国が産業革命以降化石燃料をふんだんに使ってCO2を排出してきた結果」であり、条約加盟国を先進国・途上国に二分してその責任に差異を設けている。先進国のみに様々な義務を課す枠組みは「リーケージ(漏れ)」という形で条約の目的実現のために締約された京都議定書の実効性を低下させ、そして世界の経済情勢は著しく変化したのに先進国・途上国の区別が1990年代初頭当時から変わっていないことは、義務を負う先進国に不公平感を与えて第二約束期間への参加国を減少させる結果となった。それに対して、昨年のCOP17で採択されたダーバン合意にある「全ての国に適用される」という文言は画期的であったと言って良い。今回「ダーバン・プラットフォーム特別作業部会」の作業計画が定まって今後の交渉トラックとして定着し、「AWG−LCA」と「AWG−KP」がその役目を終えたことは大きな進展である。しかし、中国を始めとする途上国は、あくまで条約の下の根本原則、すなわち条約第3条1項に規定される「(共通だが差異ある責任(Common but Differentiated Responsibilities (CBDR)))(先進国と途上国は気候変動問題に対し共通の責任を負うが、その程度には差異があるとする原則論)に拘る姿勢を見せている(同じ条文に「respective capabilities それぞれの対応能力に応じて」との文言もあるのだが・・・)。交渉の場は整理されたとはいえ、交渉内容について今後何度も揺り戻しがあるであろうことは、文書採択の後の各国ステートメントを聞いても明らかである。交渉の基礎的アレンジメントは整ったことは評価できる一方、あくまで基礎的アレンジメントに過ぎないことに留意する必要がある。

 日本人には馴染み深い京都議定書は、2013年から2020年までの8年間を第二約束期間とし、参加する各国の排出抑制及び削減に関する約束が取り決められた。参加を表明したのはEUと豪州、ノルウェー、スイスと旧ソ連のウクライナ、ベラルーシなどである。しかし、旧ソ連の国々は第二約束期間に不参加となるかもしれないと報じられている。こうした国々は、第一約束期間において、非常に緩い目標設定であったため、特段の削減努力なしに”ホットエアー”と呼ばれるクレジットを手にしているのだが、今次交渉では、地球温暖化対策としては何ら貢献していないこのクレジットを第二約束期間に繰り越すことには厳しい制限が設けられた。そのため、ウクライナやベラルーシは、議定書上本来認められていた権利が制限されることはおかしいとして強く反発しているのだ。

 また、直前まで態度を明らかにしていなかった豪州は結局「1990年比0.5%削減」という非常に緩やかな目標を掲げて、京都議定書第二約束期間への参加を表明し、喝采を得た。2014年までにこうした目標値について引き上げの方向での見直しが議論される予定であり、厳しい目標設定を求められた場合に、現在参加を表明している各国がどう対応するかは不透明である(但し排出権取引市場の維持が大命題のEUは除く)。第二約束期間参加国を全部併せても世界全体のCO2排出量の10数%しかカバーしていない上に、第一約束期間におけるカナダのように目標達成が不可能であることを早々に表明することなども考えられるため、第二約束期間における京都議定書の実効性は既に疑問視されている。

 日本の民間企業は、京都議定書上の目標達成に貢献すべく、多くの京都クレジットを既に取得・購入している。日本が第二約束期間に参加しないことで、このクレジットの利用にどう制限がかかるのかが非常に懸念されたが、基本的に第一約束期間の調整期間(2012年の第一約束期間終了から2年程度おいた2015年後半とされているが、日付は今後決定される)においてはこれまでと変わりなく利用できることが日本政府交渉団によって確認されている。しかし、2008年には一時1t当たり30ユーロ以上の値をつけた排出枠価格は今回のCOPを終えてさらに下落が加速し今や7ユーロを切り(2012年12月引き渡しEUA先物12月14日価格は6.47ユーロ)、 多くの企業が相当の含み損を抱えてしまっていると聞く。京都メカニズムは、約束期間における目標設定を最も安いコストで達成することに貢献する非常に有益なスキームではあるが、一方で、長期の技術開発に資金を供給できる仕組みではないという根源的な問題もあり、2020年以降の新たな枠組においては、こうした京都第一約束期間における経験を最大限生かしたものとなることを望む。

 日本政府は今後どのような交渉スタンスを取れば良いのか。オブザーバーとして参加していて感じることは、1990年比25%削減目標を打ち出したときに前提条件として付した「全ての国が参加する公平で実効性ある枠組みの構築」は日本国民としてみれば当然のことであるが、交渉相手から見れば、「高い削減目標を絵に描いた餅にするための口実」と捉えられても致し方ないだろうということだ。また、京都議定書第二約束期間に参加しなかった理由についても、その実効性がこれだけ疑問視されているのだから当然である一方、これも交渉相手から見れば「自国が損をするスキームから逃げた」と批判されても仕方ないと感じる。実際、今回のCOPでは交渉上日本が非難を浴びるような場面は無かったが、中国を筆頭にいくつかの途上国は明らかに日本がエネルギー政策の混乱に任せ、明確な削減目標を提示していないことを批判する動きを見せている。

 日本政府が、この厳しい経済状況においても短期資金において相当の貢献を行ったことは、単に鳩山イニシアチブという名前においても約束してしまったからという理由だけではなく、温暖化対策から逃げるわけではないという日本としての攻めの姿勢、矜持を見せるためだったのであろう。しかし、資金の拠出はわかりやすい貢献でありながら、それほど感謝を持って受け取られるものでもないことが今回のCOPで明らかになった。納税者に対する説明責任という観点から、途上国支援のあり方についても今後見直し・提案できないだろうか。途上国の交渉団からは当然反発があるだろうが、先進国が今後支援を継続するためには成果の可視化が必要であることを主張するだけでも意義があると考える。

 また、震災前から取り組んでいる二国間オフセットメカニズムの具体的事例も待たれる。二国間オフセットメカニズムのような新たな構想を交渉テキストの俎上に乗せるためには、構想を描くだけでは他国の賛同を得ることはできず、具体的な事例を見せる必要があることはこれまでの交渉を見ていても明らかだ。このCOP期間中も政府交渉団はモンゴル、バングラディッシュなど複数の途上国と具体的な協力体制について議論したと聞くが、来年以降本格化する交渉において日本提案の本気度を示すためにも、早期に具体的成果が示されることを期待する。その他日本に今後求められる貢献については、温暖化に関する科学的知見への協力(規制ガスを今後どうしていくべきか)、省エネ・代替フロン物質対策における具体的技術開発・供与、持続可能で実効性ある取り組みとするために民間企業が喜んで参画しうる仕組みの提案など、様々あるだろう。自国の目標値における「数字競争」とは視点を変えた貢献について、私自身も今後検討を深めていきたい。

待ちくたびれて記念写真を撮る。天井からぶら下がるシャンデリアは1個1億円は下らないという。資源を持つ国のパワー。

壇上に登場するや文書の採択を始めた
カタール・アティーヤ議長

この1週間ともに過ごした登録証。
これがないと会場には絶対に入れない。
1週間経ち私同様ヨレヨレになっている。
お疲れ様でした!


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