松井英生・石油連盟専務理事に聞く[前編]

震災に強いサプライチェーンづくりに転換目指す


国際環境経済研究所理事、東京大学客員准教授

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6つの製油所が停止。日量130万バレルの生産能力を失い、タンクローリーを大量投入

――何が一番大変でしたか。 

松井:電話が通じないのが一番大変でした。○○病院に灯油を何リットル出してくださいと要請が来るのですが、病院に電話を何度かけても繋がらない。通信がだめになったことで非常に混乱しました。

 次の問題は、一時的に玉(ぎょく。石油製品のこと)が無くなったことです。東北と関東地域には、合わせて9つの製油所がありますが、そのうちの6つの製油所が止まってしまいました。そのうち3つは地震発生による自動停止でしたので大きな被害は受けていませんでしたが、残りの3つは大変な被害を受けました。そういう状況で3月12日、13日は、あっという間に在庫を出してしまいました。ガソリンスタンドでも、関東地方は12日、13日には石油製品がなくなって閉店せざるを得ませんでした。

――東北はさらに混乱したのではないでしょうか。

松井:東北地方は太平洋側の油槽所が全部被害を受けてしまいましたので、日本海側の秋田、酒田、新潟などから石油製品を太平洋側に送らなければならない状況でした。被災地に向けて石油製品を送る手段としては、東京湾岸からのルートと、日本海側から山を越えていくルートしかなくなりました。ところが両ルートの道路が全て寸断されていたため、非常に苦労しました。タンクローリーで送って戻ってくるのに、最大37時間かかった。それだけでなく、灯油を運んでも、行ってみると必要だったのは軽油だったとか、そうした混乱もたくさんありました。

――被災地にはたくさんのタンクローリーが入りました。

松井:タンクローリーにも10kl位から30klまでいろいろあります。普段から輸送を行っている所ならいいのですが、残された油槽所から初めての供給先に届けることになります。30klローリーになると狭い道は入れないなど、被災地ではこうしたロジスティックで大混乱が起きました。

 関東地方の3つの製油所、JX日鉱日石エネルギーの根岸と東燃ゼネラル石油の川崎、極東石油工業の千葉の3つは地震が起きて自動停止しましたが、自動停止した後、安全確認のためのチェックをするわけです。ガスがどこかに溜まっていると再稼動した際に爆発の危険があります。問題がないと判断するまでに約1週間かかり、17日に東燃・川崎と極東・千葉、この2つが再開し、JX・根岸が21日に再開しました。21日以降はマクロレベルでは石油製品の需要に対して供給がなんとかカバーできるようになりました。

――震災直後、製油所の被害はとても心配でした。

松井:東日本の地震が起きる前の原油処理量は日量約400万バレルだったのですが、6つの製油所が停止し、約130万バレルが一気に無くなりました。オール・ジャパンの需要はだいたい1日当たり330万バレルですが、供給能力が400万バレルから一気に270万バレルに減ったわけですから、明らかに震災直後は足りなくなりました。

 首都圏でもガソリンスタンドの多くが閉じてしまった。21日までにようやく、安全確認が済んだ製油所が日量約80万バレルの生産能力を回復し、原油処理量が270万バレルから350万バレルになり、マクロの量としてはなんとかカバーできる状況になりました。

 しかし、まだサプライチェーンの末端は被災していて、通常の状態で消費者に届けるまでにはいきませんでした。震災直後から、官邸からの緊急供給指示がたくさんきました。全部まとめると最終的に1500件弱の要請がありました。大きな所だけでも、病院や公共施設、上下水道、NTT、また福島原発の冷却装置のための燃料や福島の原発避難地域から避難される方の輸送用の燃料なども供給していきました。

 タンクローリーが非常に長距離輸送になり、それに加えて東北地方にあったタンクローリーの多くが津波で流されてしまった。正確な数字はわかりませんが、約150台流されたような状況でした。ガソリンスタンド自身も、岩手県、宮城県、福島県の3県では半分近くが営業停止しました。

――かなり厳しい状況下で緊急対応を迫られたわけですね。

松井:輸送手段が限られたなかで、緊急供給要請に一生懸命対応しました。その際に大きな問題となったのが、タンクローリーが高速道路を通行するための通行証を国から頂くのに時間がかかったことです。現地に入るには、運転手、車番、どの高速に乗り、どこに運ぶのかを登録しなくてはなりません。政府からOKが出ると運転手は最寄りの警察署に行き通行証をもらいますが、そこに連絡が来ていないこともありました。

 通行証が出るまでに時間がかかったり、出ても高速道路でチェックされて、また連絡が来ていないと止められたりしたこともありました。官邸の官房副長官にお願いして、緊急対応ということで、17日にはタンクローリーは目視で確認できれば許可して頂けるようになりました。

松本真由美・国際環境経済研究所主席研究員