肥料の高騰を招いたウクライナ侵略とイラン戦争


東京大学名誉教授

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肥料の国際価格は、この5年ほどの間に大きく2度、歴史的な水準まで跳ね上がった。最初は2022年2月に始まったロシアによるウクライナ侵略で、肥料原料の輸出大国であるロシア・ベラルーシへの経済制裁と供給の混乱が価格を史上最高値に押し上げた。次は26年2月末に始まったイスラエル・米国とイランの軍事衝突である。中東の要衝ホルムズ海峡の混乱をきっかけに、肥料の国際価格は開戦後わずか1週間で4割前後急騰し、日本国内でも肥料価格が引き上げられるなど、影響は農業と食卓に及んでいる。

肥料の原料生産地

窒素、リン酸、カリ(カリウム)は「肥料の3要素」と呼ばれる。このうち2つ以上の成分を組み合わせて扱いやすい粒状に加工したものが「化成肥料」である。肥料は工業製品でありながら、販売価格の6割を原料費が占め、原料費は3割程度と言われる一般的な工業製品に比べて原料価格の変動がそのまま製品価格に跳ね返りやすい。これが、国際情勢の変化のたびに価格が大きく変動する理由の一つになっている。

日本は肥料の原料のほぼ100%を輸入に頼っている。しかも原料は、ごく一部の国・地域に生産が偏っている。窒素分の原料となる尿素は、天然ガスなどの化石燃料から作られたアンモニアを加工して生産される。かつては中国が輸入量の27%を占めたが、21年秋に中国が肥料輸出を規制したことをきっかけに、日本はマレーシア、ベトナムなどからの調達に切り替えた。24〜25年度の実績ではマレーシアが74%を占め、次いでベトナム10%、サウジアラビア5%、中国3%という構成になっている。

リン酸の原料であるリン安(リン酸アンモニウム)は、埋蔵地がモロッコと中国に偏っているため、輸入先も中国が72%と依然として大きな割合を占め、モロッコが21%でこれに続く。以前は中国が90%を占めていたことを考えると、こちらも分散が進んでいる状況だ。

カリの原料である塩化カリは、埋蔵量がカナダ、ロシア、ベラルーシに集中している。現在カナダから78%を輸入しているが、22年以前はロシア(16%)とベラルーシ(10%)が4分の1以上の輸入先だった。ウクライナ侵略をきっかけに、この2か国からの輸入はゼロとなり、カナダへの依存を強めるとともに、イスラエルやヨルダンなど中東方面にも調達先を広げている。

こうして肥料原料の調達先は国際情勢の変化のたびに組み替えられてきたが、いずれも特定の国・地域への依存から完全には抜け出せていない。

2つの戦争の影響

ロシアは肥料原料の生産国であると同時に、肥料の輸出でも世界有数の大国で、侵攻前の時点で尿素の世界輸出量の15%(世界最大)、リン酸肥料の12%(世界3位)、カリ肥料の18%(世界2位)を占めていた。ベラルーシもカリ肥料の主要輸出国である。

22年2月にロシアがウクライナへの侵略を開始すると、欧米や日本による経済制裁でこれらの国からの輸出が停滞した。さらにロシア自身も21年12月から22年5月にかけて無機肥料の輸出に数量制限を課し、7月以降も、ロシアが「非友好国」と位置づけたEU・米国・日本向けの輸出を減らす一方、ブラジル・インド・中国など「友好国」向けは増やすという選別を行った。

加えて、黒海経由の海上輸送が滞ったことと船舶燃料の高騰があいまって海上運賃も押し上げられた。中国が21年秋から続けていた肥料輸出規制も重なり、窒素・リン酸・カリのいずれの国際相場も、この時点で史上最高値を更新する事態となった。

高値ながらもいったん落ち着きを取り戻しつつあった肥料市場を、再び大きく揺さぶったのが26年のイラン戦争である。中東のペルシャ湾岸地域は、天然ガスや原油、そこから作られるアンモニア・尿素、そしてリン酸肥料の原料となる硫黄の一大生産・輸出拠点だ。世界の肥料貿易のうち、アンモニアの23%、尿素の34%、リン酸系肥料の20%がホルムズ海峡を経由しているとされる。

26年2月28日、ホルムズ海峡は事実上封鎖に近い状態に陥った。その結果、まず原油・天然ガスの価格が急騰し、天然ガスを主原料とするアンモニア・尿素の生産コストを直接押し上げた。加えて、湾岸地域のアンモニア生産設備そのものが紛争の影響で操業停止に追い込まれた。ロシアでもウクライナ紛争に絡む攻撃で多くの施設が損傷し、南アジアでも天然ガス調達の制約から多くの施設が稼働停止・縮小に追い込まれた。

さらに、リン酸肥料の原料である硫黄は世界の輸出の半分近くを中東地域が占めており、ホルムズ海峡以北からの供給が世界の硫黄需要の6割近くに関わっていたため、供給不安から価格が1トンあたり100〜200ドル程度から一時1,300ドルまで跳ね上がった。これに追い打ちをかけたのが各国の輸出規制で、中国が窒素・カリ複合肥料や硫酸の輸出を停止したほか、ロシアも硫黄の輸出を年内禁止とし、トルコ・イラン・エジプト・カザフスタンなども独自の規制を設けた。22年の第1波のときと同様、供給不安が広がると各国が自国優先で囲い込みに走り、それがさらに国際市場での品薄感を強めるという悪循環が繰り返された形だ。

6月8日にはイランが停戦を発表し、17日に米・イラン間で「イスラマバード覚書」が結ばれたが、ホルムズ海峡の管理権をめぐる解釈の違いから7月に事実上崩れ、8月に入っても米軍によるイラン向け船舶への攻撃や、イエメンのフーシ派による紅海での商船攻撃が続くなど、緊張が完全に解けない状態が続いている。

どのくらい高騰したのか

肥料の価格の変化を、化学品業界で使われる国際スポット価格(バルト海・黒海/中東港での本船渡し卸売価格FOB、単位はいずれも1トンあたりの米ドル)で、ウクライナ侵略前から直近までの時点で比較する。

そこから読み取れることは、第1に、尿素は2つの波のどちらでも大きく値上がりしており、22年は侵略前の3倍近くに、26年もイラン戦争前のおよそ2倍まで跳ね上がっていることだ。第2に、26年の「戦争前」の水準(350〜420ドル)は、22年の「侵略前」の水準(230〜255ドル)よりもすでに高く、22年の高騰の影響が完全には消えないまま次の危機を迎えたことがわかる。第3に、塩化カリは対照的な動きを見せている。ロシア・ベラルーシという主要輸出国そのものが制裁対象となった22年の第1波では大きく値上がりしたのに対し、カナダやロシアが直接の紛争地域ではない26年のイラン戦争ではほとんど反応していない。

日本では、22年6月、JA全農は輸入尿素が前期比94%、国産尿素が73%、塩化カリが80%、化成肥料が55%という「過去に経験のない大幅な値上げ」を発表した。国際相場でも窒素・リン酸・カリのすべてが当時の史上最高値を記録している。

26年のイラン戦争では、開戦から1週間で世界の肥料価格は4割急騰したと報じられ、国際的な尿素先物価格は開戦前と比べて49%値上がりした。米国国内でも、無水アンモニアが36%上昇し、窒素肥料の一種である窒素液肥が25%上昇するなど、窒素系の肥料が特に大きく値上がりした。一方でリン酸肥料やカリ肥料の値上がり幅は当初は数%程度にとどまっている。

日本にも影響は及び、尿素の3月の平均輸入価格は前月比で17%上昇した。国内の肥料メーカー・農業団体は26年産の秋肥について、化成肥料を5%値上げすることを決定しており、これは前期(春肥)と比べると14.5%の上昇に相当する。第1波の94%値上げに比べると、第2波の値上げ幅そのものは小さく見えるかもしれない。しかし、これは肥料価格がすでに22年の高騰後、高止まりしたまま下がりきっていない水準からの、さらなる上乗せである点に注意が必要だ。

その後の展開としては、世界的には26年3〜5月ごろにピークを付けた後、いくらか値を戻す動きも見られるが、それでも紛争前の水準までは戻っておらず、「下がったとはいえ、なお高い」というのが実情である

代替手段はあるのか

農家が取れる対応としては、まず施肥量そのものを見直し、必要な量だけを施すという方法がある。また、低成分の肥料に切り替えることで、3割ほど価格を抑えられる場合もある。原料面では、尿素の代わりに硫酸アンモニウムなど別の窒素源に切り替える動きも見られる。ただし、リン酸やカリについては、これ以上大きく施肥量を減らすと収量への悪影響が避けられないため、削減余地は限られている。

中長期的な対策としては、下水汚泥や家畜のふん尿といった国内で発生する有機性資源を肥料として再利用する取り組みが注目されている。また経済安全保障推進法に基づき、国内需要の3か月分に相当する肥料の民間備蓄を支援する制度が設けられている。政府は「みどりの食料システム戦略」で50年までに化学肥料の使用量を3割減らす目標も掲げて、輸入原料への依存そのものを下げる方針を示している。

長期的には、再生可能エネルギー、あるいは原子力で作った電力を使って水から水素を作り、天然ガスなど化石燃料に頼らずアンモニアを製造する「グリーンアンモニア」の実用化も研究段階で進んでいる。

日本は、21年の中国による輸出規制、22年のロシアのウクライナ侵略などを経験するたびに、調達先を分散させてきた実績があり、特定国への依存度を下げることが一定の効果を上げてきた。ただし、中東地域という「生産地そのもの」が紛争の当事地域になったイラン戦争は、これまでとは性質の異なる難しさを抱えている。

農薬の価格

肥料と並んで農業コストを左右するもう一つの資材が、殺虫剤・除草剤・殺菌剤などの農薬である。同じイラン戦争を背景としながらも、農薬の値動きは肥料とはかなり性質が異なる。

農薬は、病害虫等に効果を示す有効成分(原体)に、界面活性剤などの補助成分を加え、粒剤・粉剤・乳剤・水和剤といった製剤に加工して製造・販売される。日本国内での製剤の生産金額は年間4,100億円、国内出荷量は20.5万トン(2024年度)にのぼる。内訳は除草剤が8.9万トンと最も多く、殺虫剤5.6万トン、殺菌剤3.4万トンと続く。

農薬の原体は日本国内でかなりの部分を自給できている。原体の国内取扱量5.8万トンのうち輸入は1.4万トン、比率にして24%にとどまる。輸入相手国も、ドイツが25%、インド24%、中国19%、米国11%などで、特定の国・地域への依存が際立っているわけではない。

イラン戦争の影響がないわけではないが、肥料との違いははっきり出ている。農業協同組合によれば、令和6年度が1.6%の値上げ、令和7年度が2.5%の値上げにとどまり、値上げ理由は「原料・中間体の価格高騰」「エネルギー価格の上昇」「生産国での環境規制」「物流費・人件費の上昇」などである。

農薬についても「みどりの食料システム戦略」のもと、50年までにその使用量を50%削減する目標が掲げられており、抵抗性品種の活用や総合的病害虫管理、AIによる発生予察やドローン散布といったスマート防除技術の普及を通じて、化学農薬そのものへの依存度を下げていく方向性も示されている。

肥料の今後の見通し

現時点で、イラン戦争は不安定な状態が続いている。専門家からは、供給網への打撃の深さを踏まえると、価格の高止まりが長期化するとの見方が出ている。特にリン酸肥料の原料である硫黄については、供給が紛争前の水準に戻るまで1年半から2年程度かかるとの試算もあり、仮にホルムズ海峡の航行が正常化しても、価格がそれに合わせてすぐに落ち着くとは限らない。ロシアも、自国の紛争の影響で生産設備の損傷を抱えながら、なお世界の尿素輸出の18%、リン酸系肥料の15%、カリ肥料の19%を担っており、2つの戦争の震源地の双方が同時にリスクを抱える構図になっていることも、先行きを見通しにくくしている。

食料安全保障への影響も懸念材料だ。国連世界食糧計画(WFP)は、紛争が長期化し原油価格が1バレル100ドルを超える状態が続いた場合、深刻な飢餓に直面する人が最大で4,500万人増加しうると試算している。実際に、オーストラリアでは小麦の作付面積が減少する見込みが示されるなど、肥料価格の高騰は次の収穫期の生産量そのものを左右し始めている。

日本国内では、26年産の秋肥での値上げに続き、27年の作付けに向けた肥料価格や、コメをはじめとする農産物・食品の価格にも影響が及んでいく可能性がある。約20年前の08年に起こった原油高による高騰も含めれば、肥料の大幅な高騰は今回で3度目であり、国際情勢が緊迫するたびに農業資材の価格が大きく振れる構造そのものが繰り返し問い直されている。当面は外交交渉の行方とともに、各国・各農家がどこまで施肥の効率化や調達先の多様化で影響を吸収できるかが、価格動向を左右する鍵になりそうだ。

おわりに

肥料の2度の高騰には共通する背景がある。ロシアが「友好国」と「非友好国」とで肥料の輸出量に差をつけ、中国・ロシア・トルコ・エジプト・カザフスタンなどが相次いで輸出規制を敷き、各国が輸入先の分散や国内備蓄、自給率の引き上げへと動いてきたことだ。これらの動きは一つの流れを指し示している。これまでは、世界を一つの社会として考えて、国境を越えて人・モノ・金・情報の移動や結びつきを強めようとするグローバリズムの考え方に基づく自由貿易が主流だった。しかし今や、米、ロシア、中国など多くの国がそれとは正反対のナショナリズムに向かい、関税や輸出品の「武器化」が起こっている。肥料をめぐる問題はこの風潮を象徴する出来事とも言えよう。