繰り返される「風評加害」、インフルエンス・オペレーションと教訓無き日本社会


福島県出身・在住 フリーランスジャーナリスト/ライター

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 「放射能汚染土」の再利用の中止・撤回を求める意見書──。
 東京都三鷹市議会で3月27日に行われた令和7年第1回定例会で、このような意見書が賛成13、反対12で原案可決された。提出者は三鷹市議会、野村羊子市議(きらりいのち※「きらりいのちをめざす市民派・無所属・れいわ」)。賛成者は紫野あすか市議(共産党)他。
https://www.gikai.city.mitaka.tokyo.jp/activity/pdf/20250327giantou_saiketu.pdf
本件には、以下3つの大きな問題が含まれる。

1.
問題に対する理解、および当事者意識と責任感の欠如
2.
NIMBY(私の家の裏庭には持ってくるな)的エゴイズム・差別の正当化
3.
ALPS処理水問題の教訓や反省が全く生かされていない

 順を追って解説していこう。

問題に対する理解、および当事者意識と責任感の欠如

 三鷹市議会が「放射能汚染土」と名指した土壌は、実際には安全処理が施されている。「処理土」あるいは「復興再生土」と呼ばれ、未処理の除染土壌とは全く異なる。これを「汚染土」呼ばわりすることは不当であり、誤解や風評を広めかねない。
https://josen.env.go.jp/chukanchozou/facility/recycling/

 一方で、処理土の「再利用」とは具体的に何を指し、何故必要か。目的は何か。こうした情報や説明が行政から充分に届いていない、マスメディアが積極的に報じようとしていないことにも問題はある。以下、簡略に解説する。

 東京電力福島第一原発事故に伴い福島県内の中間貯蔵施設に運ばれた除染土壌は、当時の民主党政権の下で制定された「中間貯蔵・環境安全事業株式会社法」に、中間貯蔵開始から30年以内、すなわち2045年までに福島県外最終処分を完了させることが国の責務と明記されている。つまり「そのまま福島に置いておけ」には出来ない法的前提があり、処理土問題は本質的に「福島の問題」ではない。

 仮に集められている除染土全てを一律に「放射性廃棄物」扱いで最終処分しようとした場合、上記の理由からそれらのコストや用地は全て「福島県外」、具体的には東京電力管内を中心とした電気料金や、我々一人ひとりの税金によって間接的に賄われる。莫大な負担が見込まれ、日本全体にとって大きな足枷になる。

 ただし、負担を大幅に軽減できる可能性はある。住民の安全と安心を一刻も早く確保するため早急かつ大規模に集められた除染土の汚染レベルには、大きなグラデーションがあるからだ。加えて半減期による減衰もあり、今やその約7割近くが放射線被曝リスクの観点からは一般土壌と大差無い状況となっている。
 そのため、貯蔵された除染土全てを汚染レベルによって分別し、リスクが一般土壌並みのものについてはフレコンバッグを解体して不純物の除去などの分別処理を施す。これによって貯蔵物の大幅な減容化が見込まれ、必要となる最終処分地とコストが最小限に抑えられる。

 しかも、まとまった土壌は本来的には土木事業などに有益な使い途がある資材ともなる。そのため、安全性が確保された土については再利用する計画になっている。誤解も多いが、再利用とは貯蔵したフレコンバッグをそのまま持ち出し転用するわけではない。前述した分別・安全処理を行った処理土であり、三鷹市が言う「放射能汚染土」では断じてない。そのままでもリスクは十分に低いが、再利用時には更に他の土をかぶせる覆土(ふくど)処置までも行う。これによって有益な資材を大量確保することにも繋がる。

 要するに処理土再利用計画とは、主に首都圏を中心とした一人ひとりの負担を大幅に減らすことを目的に進められている。既に何年も前から省庁や自民党本部や公明党本部などでの使用実績もあり、当然ながら何ら問題も起きていない。

 ところが三鷹市議会は、処理土を「放射能汚染土」と呼び、再利用に反対する意見書を原案可決した。しかも自民党・公明党・都民ファーストの議員全員は反対した中で、それ以外の議員全員、立憲民主党、共産党などが賛成した。前述したように「中間貯蔵・環境安全事業株式会社法」は立憲民主党の前身、民主党政権が制定したにもかかわらずである。
 そればかりではない。当然ながら、処理土に対する誤解や偏見、風評などへの対策費が増加した場合、それらも全額、一人ひとりの税金から上乗せされる。参考までにALPS処理水問題では非科学的な「風評加害」が原因で、対策費が800億円にまで跳ね上がった。https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/76122

 三鷹市議会は、自分達が可決した意見書の意味と責任、影響を全く理解していないのではないか。

NIMBY(私の家の裏庭には持ってくるな)的エゴイズム・差別の正当化

 三鷹市議会は公的な意見書に「放射能汚染土」との文言を使い原案可決させた以上、「汚染」と呼ぶ正当な根拠と有意な科学的リスクを具体的に証明・説明する義務がある。それが無ければ、「いかなる処置を施そうと汚染土は永遠に汚染土である」と宣言したに等しい。自ら率先して「放射能汚染土」と公的に称した以上、「受け容れに伴う風評の懸念」は理由にならない。

 本件の重大問題は、「市議会による差別の正当化」である。仮に三鷹市議会が言う「汚染土」を特定の──たとえば性別、出身地、家柄、肌の色、民族、病歴などに変えてみれば判り易い。しかも意見書が求めた要求の本質は、つまり自分達が「放射能汚染土」とまで呼ぶものを「福島に全て永遠に押し付けろ」と求めたに等しい。典型的なNIMBY(Not in my backyard:私の家の裏庭には持ってくるな)的エゴイズムと差別の正当化に、市議会が公的に加担したと言える。

 処理土再利用について、「安全なら福島県内で使う方が経済的・合理的」との主張もしばしばある。ただし、彼ら彼女らが真に心配しているのは「経済的合理性」ではない。これらには三鷹市議会と同質の当事者意識欠如、あるいはNIMBY的エゴイズムを正当化するための詭弁、「辺境」への内なる蔑視や差別心の告白が少なからず含まれている。
 著者個人としては、科学的に安全であるからこそ福島県内でも一定程度を積極的に活用すべきとは考える。ただし福島県内での再利用ばかりを先行させれば、NIMBY的なエゴや当事者意識の欠如、偏見差別を益々正当化・定着させてしまうだろう。

 ところが本件に限らず、福島に対しては14年間、他の差別問題では有り得ないほど「何を言っても良い」「全て押し付けておけばいい」かのような侮辱・屈辱的な扱いが正当化され続けた。詳細は『「正しさ」の商人 情報災害を広める風評加害者は誰か』『「やさしさ」の免罪符 暴走する被害者意識と「社会正義」』に記録したが、無数の流言蜚語、冤罪でっち上げに等しい「汚染」の印象操作が溢れた。
 ところが深刻な差別ほど「当たり前」のように行われるため、差別として認識されない。コンプライアンス的な問題も問われない。それらの発信者らの社会的責任は全くと言って良い程に問われず、それどころか功績として地位や名誉を手にした者も少なくない。いつまで繰り返されるのか。

ALPS処理水問題の教訓と反省が全く生かされていない

 汚染無きものを「汚染」と不当に呼び政策を妨害する。この構図は、近年大きな社会問題になったALPS処理水海洋放出と酷似する。
 結局、ALPS処理水では海洋汚染など起きなかった。「汚染水が海洋放出される」との文言はデマだった。漁業者などが懸念した価格低下などの風評被害も概ね起きなかった一方で、それを起こそうとした勢力は確実に存在した。

 2019年11月~2022年11月の3年間に、SNS(X)で処理水の「汚染水」呼ばわりを続けてきたのが誰かを調べた調査では立憲民主党、共産党、社民党、れいわ新選組の政治家や支持者らが際立っていた。
https://gendai.media/articles/-/103215?page=5
 2023年8月23日に東京大学大学院工学系研究科鳥海不二夫教授が行った「処理水の放出に反対しているのは誰か」の別の調査結果でも、立憲民主党、共産党、れいわ新選組の支持者らが中心であることが明らかにされた。
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/b06a69badc65ea0451abdaa6e184b8b1ffef7bc8
 2024年5月31日に米 OpenAIはAI and Covert Influence Operations:Latest Trendsという報告書を発表し、報告書の中でロシアや中国が、ChatGPTを含むAIツールやAIモデルを国内での世論工作に利用したり、ALPS処理水海洋放出のネガティブキャンペーンなどのインフルエンス・オペレーションがあったことを指摘した。問題は福島という地方に留まらず、国益にも直結している。
https://downloads.ctfassets.net/kftzwdyauwt9/5IMxzTmUclSOAcWUXbkVrK/3cfab518e6b10789ab8843bcca18b633/Threat_Intel_Report.pdf

 そのような状況の中、処理土を「汚染土」呼ばわりし再利用に反対しているのは誰か。三鷹市議会では前述のように、処理水と同様に立憲民主党や共産党などの議員であった。三鷹市以外ではどうか。処理土再利用に関するパブリックコメントのSNS投稿の分析をしたところ(東日本大震災・原子力災害 第3回 学術研究集会 https://researchmap.jp/HAYASHITomohiro/presentations/49491523)、やはりALPS処理水「汚染水」喧伝と共通する勢力が「汚染土」を喧伝している実態が明らかになった。

 ALPS処理水問題に決着が付いた今もなお、当時デマを広めた人々は誰一人として責任を取らず謝罪の一つも無い。それどころか、処理土で二番煎じに励んでいる。
 彼ら彼女らが社会から相応の責任を求められる日は来るのか。
 AIが急速に発達しつつある今、インフルエンス・オペレーションの影響や脅威は益々大きくなっていく。日本社会は、いつになれば教訓を生かせるのだろうか。