IPCCは木に竹を接いだデータで災害激甚化を訴えている

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監訳 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 杉山大志 訳 木村史子

本稿はロジャー・ピールキー・ジュニア 2024年2月26日「Apples, Oranges, and Normalized Hurricane Damage: An incredible data error in a paper celebrated by the IPCC offers a science integrity test for climate science」を許可を得て邦訳したものである。


リンゴはお好きですか?

 過去の災害損失の「正規化」とは、過去の極端な自然現象が今日の社会状況のもとでどの程度の被害をもたらすか、を推定しようとするものである。正規化の概念と最初の方法論は、25年以上前に私と国立ハリケーンセンターのクリス・ランドシーによって開発され、米国に上陸したハリケーンに適用されたことは、長年の本コラム(THB)の読者ならご存知だろう。

 それ以来、洪水、竜巻、熱帯低気圧、対流性暴風雨、山火事、地震などを含む、世界中の地域や国における多岐にわたる現象における被害時系列を正規化するために、我々の手法に基づいて70以上の査読付き論文が発表されている

 正規化された米国のハリケーン被害に関して、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)AR6 WG第6次全米気候評価報告書(USNCA)の双方は、この増加する文献の中からわずか1つの正規化研究(Grinsted et al. 2018:以下G18注1)と呼ぶことにする)を選択した。

 G18は、米国のハリケーンに限らず、他のあらゆる正規化研究に反して、過去のハリケーン被害データを人口と富の変化で正規化した後でさえも、人為的な気候変動に起因する根本的な損害額の増加傾向が残っていると結論づけている。

 私はこのことにあっけにとられながらも、G18で報告され、IPCCとUSNCAによって推進されている最近の損害額増加傾向は、人為的な気候変動の結果ではなく、むしろ人為的なデータエラーの結果であり、それは明白で否定できないことをここに報告したい。私は米国科学アカデミー紀要(PNAS)に連絡して撤回を求め、著者であるグリンステッド博士にも連絡を取った。

 コーヒー片手に読み進めてほしい。この誤りは明らかであり、研究にとって致命的である。PNASによる早急な対応と、IPCCとUSNCAによる修正が必要だ。

 まずはすべての正規化研究の基本から始めよう。過去の損害時系列の正規化は、必ず過去の損害の時系列から始まる。ハリケーンによる直接損害額の総計については、1900年まで遡って一貫した方法で編集された歴史的な損害額の時系列は、1つしかない。

 なぜそう言えるのか?私の同僚と私は過去30年以上にわたって、独自の研究と情報源に基づいてこの時系列を作成し、査読付き文献に詳しく記録してきたからだ。


米国ハリケーンの基本損害額についての元データ

 この時系列データは、Monthly Weather Reviewに掲載された年次報告書と、後に米国国立ハリケーンセンターが発表した推定値に基づいている。そして1900年以来の全時系列の結果は、一貫した方法論に基づいており、この時系列の一貫性と最新性を維持するための継続的な研究により、同じ条件で比較した結果が得られている。

 以下は手法の説明と元のデータソースの特定した査読付き論文であり、データセットが41年分から118年分へと増加し、長期的な米国ハリケーンの正規化が可能となったものである。

 さて、ここからが面白いところだ。

 G18の報告によれば、2008年にPielke et al. 2008において収集し編集し、査読付き文献で発表したデータを使用する代わりに、ICATという保険会社からオンラインで入手した査読なしのデータセットを使用することにした、という。G18では、以下に示す論文からの抜粋でこのことを説明している(ここでPielke et al.とは、すぐ上にリンクを貼ったPielke et al. 2008と同じである)注2)

すなわち、「1900年以降の、全ての熱帯暴風雨による基本の損害見積もりは、Pielkeら(15)によって作成され、ICAT災害保険会社(2)によって更新されている。私たちはICATデータセットを基本損害額の記録として用いる」、となっている。(訳注:基本損害額とは、おおむね固定資産への被害であり、直接的な損害額と上述しているもの)。


Grinsted et al. 2018において自らのデータについて述べている内容。

 「ICATデータセット 」について説明しよう。

 Pielke et al. 2008の第2筆者は、私の優秀な元教え子ジョエル・グラッツである。2005年にコロラド大学ボルダー校で修士号を取得した後、彼はボルダーに本社を置くICATという保険会社に就職した注3)。まさしく、G18が言及したのと同じ「ICAT」である。

 ICATでは、ジョエルが担当したプロジェクトのひとつの中で、ジョエルが私の協力を得ながら、現在活動中の熱帯サイクロンを過去の類似サイクロンと一緒に表示し、それら類似サイクロンの過去の被害を正規化したものを表示するオンラインツールを作成した。なんとすばらしいことだろう!注4)

 ICATオンラインツールを作成するためにジョエルが最初に使用した基本損害額データは、Pielke et al. 2008において発表されたものであった。そのため、ICATオンラインツールはあきらかにPielke et al. 2008に基づいて設計されており、つまり、もともと 「ICATデータベース 」というものは存在しなかったのである。

 2010年、ジョエルはICATを離れ、より大規模で、より良い研究へと歩みを進めた。ICATのオンラインツールはさらに数年間継続され、その責任者たちは、データを2005年以降に拡張し、Pielke et al.2008のデータを置き換え、文書化も正当化も査読もされていない注5)他の歴史的損害推定値を捏造することを選択した。

 その結果、「ICATデータセット」は主にマーケティング目的で使用され、査読を経た科学に基づくものから、まったく異なるものへと姿を変えた。つまり、「ICATデータベース 」は研究用としては決して適切ではなかったのである。

 G18が 「ICATデータベース 」をダウンロードするまでに、それはPielke et al.2008のデータからさまざまに変更されており、すべて追跡不可能な状態であった。

 少し調べてみたが(それほど時間はかからなかった)、G18の主な結果である正規化されたハリケーンによる被害の増加傾向は、ICATが査読を受けたオリジナルの基本損害額データセットに対して行った不適切な変更の結果であり、ハリケーンとは何の関係もないことを示すことができる。

 いくつかの数字を見てみよう。

 Weinkle et al. 2018 では、Pielke et al. 2008 のデータセットを 2017 年まで拡張し、同じ基本損害額を用いている。下の表は、前世紀初頭の主要な暴風雨の基本損害額について、G18/ICATとWeinkle et al. 2018との比較を示している。そこからは基本損害額の推定値が同じであることがわかる。


1900年代初期の主要な暴風雨については、G18とWeinkle et al. 2018の基本損害額データは一致している。
出典 Grinsted et al. 2018.

 それでは、21世紀初頭の主要な暴風雨の基本損害額について、G18/ICATとWeinkle et al. 2018を比較してみよう。 両者の数値は大幅に異なっており、G18の値の方がはるかに大きいことがわかるだろう。


2000年代初期の数十年に起きた主な暴風雨については、G18とWeinkle et al. 2018の基本損害額は異なっており、G18の方がはるかに大きい。
出典 Grinsted et al. 2018

 なぜG18/ICATの値は、ひと昔前はWeinkle et al. 2018における値と同じだったが、ここ数十年の数値をみるとずっと大きくなっているのだろうか?

 その答えは米海洋大気庁(NOAA)の報告、「Billion Dollar Disasters(十億ドルの災害)」にある。

 私が以前記したように、1990年後半にNOAAは「billion dollar disasters 」において時系列データを集計し始めた。1900年以降の米国ハリケーンの基本損害額の時系列データが直接的な経済的損害のみを含んでいたのとはその集計方法が異なり注6) 、NOAAの「billion dollar disasters」の時系列データは、作物の収穫の損失、事業の中断、連邦による災害支援、内水氾濫、さまざまな未定義の「データ変換」など、多くの種類の間接的損害も含めて集計しているのである。「billion dollar disaster」データベースは、NOAA内の国立環境情報センター(NCEI)と呼ばれるグループによって作成・管理されている。


フルーツはフルーツ、でしょ?

 2010年にジョエル・グラッツがICATを去った後、ICATはPielke et al.2008の基本損害額をNOAA/NCEIが作成した「billion dollar disaster」におけるデータセットに置き換え、拡張することを決定したこと。これは紛れもない事実である。これは方法論的に不適切であり、リンゴの長い時系列にオレンジの短い時系列を重ね合わせたようなものである(訳注:リンゴとオレンジの比較とは、英語の慣用句で、本来異なるものを同一視して、うわべだけを不適切に比較することを指す)。

 なぜそう言えるのか?もう一度、G18が調査で使用したデータセットを見てみよう。下の表で、「国立環境情報センター(NCEI)」と書かれているのは、G18が報告した米海洋大気庁(NOAA)の「billion dollar disaster」データセットのことである。


ここ数十年の主要な暴風雨については、G18はWeinkle et al.2018の基本損害推定値ではなく、NOAA/NCEIによる「billion dollar disasters」データベースにおける基本+間接的損失額を使用した。
出典: Grinsted et al. 2018.

 G18がネットで見つけた出所不明のデータセット(「ICAT」)を研究に使ったことは間違いない。なぜ私は、ICATデータセットの出所をG18が知らなかったと断言できるだろうか?

 その答えはG18が示している。彼らは無意識のうちに、「ICATデータセット」に基づく彼らの分析の頑健性のテストとは、「ICATデータセット」を元に作成された2つのデータセットに対してその分析を適用することだ、と主張している。このような方法で分析の頑健性をテストすることはありえないし、ましてや論文で発表することもありえない注7)

以下の箇所ではこう書かれている。「頑健性を評価するために、SI/appendixにあるWeinkle et al (16)のデータセットとUS Billion-Dollar Weather and Climate Disasters datababse(27)の2つのデータセットに対してATD正規化を適用した。」

 では、G18にインプットされたデータが、彼らの見出しになっている結論に決定的な違いをもたらしていることを、私はどうやって知ることができるのだろうか?

 その答えは,G18 が補足情報の中で,Weinkle at al.の論文の中のデータセットに彼らの正規化手法を適用した結果を報告しているところに示されている。そこでは、正しい基本損害の時系列を使用した場合、G18の結果は過去25年分の文献の広範なコンセンサスと一致することが示されている。G18は、1900年から2017年までの正規化ハリケーン損害にもトレンドがないことを示している注8) 。IPCCと全米気候評価報告書(USNCA)が恣意的に選んだ大見出しの結果は、誤って接続された基本損害額のデータセットを修正することで、消滅させることができてしまうのである。

 これは、研究上の致命的な誤りが明白であり、結果として生じる当然のことでもあり、かつ、誰もが自ら簡単に証明できる、稀なケースの一つである。私はPNASにG18の撤回を要求し、IPCCとUSNCAも同様に訂正しなければならない、と申し入れている。これはシンプルではあるが、気候科学における科学的誠実さの重要な検証なのだ。さてどうなるか今後に注目してみよう。

注1)
Grinsted, A., Ditlevsen, P., & Christensen, J. H. (2019). Normalized US hurricane damage estimates using area of total destruction, 1900− 2018. Proceedings of the National Academy of Sciences, 116(48), 23942-23946.
注2)
このデータソースの開示は、査読においてただちに命取りになるべきものであった。
注3)
ジョエルはその後、OpenSnowという天気予報会社を率いて大成功を収めている。
スキーヤーや天気が好きという方は、ぜひチェックしてみてほしい!
注4)
もし再保険関係者で、適切なデータを使ってこのようなツールを再現したいとお考えの方がいたら、ぜひご連絡ください。
注5)
ICATは、Pielke et al.2008のデータセットを研究目的に使用するとは言っていない。その時点では、単なるマーケティングツールであった。
注6)
直接損害とは主に固定資産の損失のことである。
注7)
はっきりさせておきたいのは、私はここで研究不正の申し立てをしているわけではないということだ。しかし、G18の著者がずさんで、画一的で、無知であったことは明らかである。もし私に尋ねてくれれば、このようなミスは避けられただろう。使おうとしているデータを作成した専門家を排斥することは、結果としてこのような大きな問題を引き起こすことになるのである。
注8)
これについてG18の表S1で確かめられるが、そこではWeinkle et al. 2018の基本データにG18の手法を適用した結果、1900年から2017年まで意味のある傾向は見られなかったと報告している。