新エネ基で国家を再起動せよ
竹内 純子
国際環境経済研究所理事・主席研究員
(「産経新聞【正論】」より転載:2024年7月22日付)
気候変動目標の「相場」
エネルギーは国民生活の安定や国民経済の維持・発展に欠かせず、政府はエネルギー需給に関する基本的な計画(エネルギー基本計画)を策定する義務を負う。政府の委員会で第7次エネ基計画の検討が始められた。
エネルギー政策に大きな影響を与えるのが気候変動対策だ。パリ協定の締約国は5年ごとに温室効果ガス削減目標を更新する規定があり、来年2月までに提出せねばならない。現在わが国は「2030年までに13年比46%削減」を掲げているが、日本がホスト国を務めた23年のG7気候・エネルギー・環境相会合コミュニケでは「世界の温室効果ガス排出量を19年比で30年までに約43%、35年までに60%削減することの緊急性が高まっていることを強調する」との文言が記載された。これが先進国の新たな目標の「相場観」となる。
これほどに野心的な削減目標に整合する長期のエネルギー需給見通しを描くことはほぼ不可能、むしろリスクとなる。
基本的な説明になるが、エネルギー基本計画は数値化できない定性的な文章で表現され閣議決定される。基本計画の改定と同時に経済産業省は10年程度後の定量的長期エネルギー需給見通しを示す。これが事業者の投資の意思決定にも影響するとされ注目度も高い。
計画の位置づけの変化
しかし短中期での化石燃料の安定供給確保と中長期での化石燃料の利用・投資の減少とを両立させるための時間的余裕がなくなりつつある。岸田文雄首相は5月に開催された第11回グリーン・トランスフォーメーション(GX)実行会議で「世界が安定期から激動期へと入りつつある中で、単一の前提ありきでエネルギーミックスの数字を示す手法には限界がある」と述べている。長期エネルギー需給見通しが複数のシナリオとして提示された場合には、事業者は投資の意思決定の参考にはしづらい。需給見通しの役割はこれまでと異なると割り切るべきだろう。
役割がこれまでと異なるのは、エネルギー基本計画も同様だ。政府は主要政策としてGXを掲げる。CO2削減に留まらず、エネルギー転換を競争力強化の契機とし、経済成長を図るという発想の転換がその背景にはある。産業構造や産業立地の転換などを要素とする「GX国家戦略」の策定作業が進められ、エネルギー基本計画はその一部と位置づけられた。エネルギー基本計画の役割の変化を、我々も認識する必要がある。
その上で、次期計画が示すべき論点を整理したい。
第1に、化石燃料は戦略物資で、その確保に万全を期すというメッセージを出すことだ。低廉で安定的なエネルギーの確保は国民生活を左右する。脱炭素を目指す移行期間においても、化石燃料を安定的な価格で確保し続けることは死活的に重要だ。
ウクライナ危機など世界情勢の不安定化を経験し、政府は有事に備えた液化天然ガス(LNG)確保の仕組みも立ち上げたが、規模も小さく価格安定性に与える効果は極めて限定的だ。政府は資源外交の努力を強化するとともに、自由化の進展と気候変動対策の強化で不確実性が増したエネルギー事業に対し、サプライチェーン(供給網)を維持できるような対策を講じる必要がある。
原発活用へ具体的議論を
第2に、原発活用に向けた事業環境整備の論点やプロセスを明確化することだ。電動車の拡大など電化が進むことに加えて、生成AIの急伸により電力需要は今後急増すると見込まれている。
先進国で最低レベルのエネルギー自給率を速やかに向上させ、デジタル化による電力需要の増加スピードについていくことができるのは既存の原発の再稼働だけであり、20230年代以降も需要増の傾向が続くのであれば新増設の議論も具体化させねばならない。福島第1原発事故以降、政府は「原発への依存度を低減する」としてきたが、それを削除するとともに、安全規制および事故時の損害賠償制度の適正化、技術・人材の維持など多様な論点にどう取り組むのかを示すべきだ。
第3に、気候変動対策はコスト負担や強制的手法を伴うことを国民に伝え、覚悟を促すことだ。「脱炭素は経済成長につながる」という、若干単純な楽観論が国内外で多用されてきたが、コスト負担や雇用の喪失などの痛みは間違いなく起きる。むしろコストがかかるからこそ、少ない1次エネルギーと資源消費で付加価値を得る知恵と技術が必要とされるのだ。
政府は将来のカーボンプライシングの導入を決めたが、消費者に強い負担をかけることはないとしている。製品・サービスをグリーン化するために必要なコスト差を埋められるのか不確実な状況では、インフラや製造業の設備投資に踏み切れない。どこまでの規制的手法を導入するかを示すことは喫緊の課題だ。新たな基本計画が今後のエネルギー政策が果たすべき「宿題」にどこまで踏み込んで表現できるのかに注目したい。