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激動期のエネルギー政策どう描く


国際環境経済研究所理事・主席研究員


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(産経新聞「正論」からの転載:2021年5月13日付)

 第6次となるエネルギー基本計画が、間もなく公表される見通しだ。エネルギー産業の激動期に、政府はどのような10年後を描くのだろうか。

 エネルギー供給の確保は、外交や安全保障などと並ぶ、政府の最重要の政策事項の一つであり、見通しを示すことは、市場に対するメッセージとしても、注目されている。

温暖化目標が先に決まり

 今回のエネルギー基本計画は、これまでとは策定の手順が異なる。従前は、安定供給・安全保障とコスト、環境性の3つの要請の重心をエネルギー基本計画において定め、そこから環境目標を求めていた。

 だが、政府は4月22日に開催された気候変動サミットにおいて、2030年度の温室効果ガス削減目標を公表した。同年に13年度比46%削減という温暖化対策の目標が先に決まった、「環境ファースト」での計画策定となる。

 このタイミングで2030年度目標をこれまでの13年度比26%削減から大幅に更新したのは、米国が気候変動問題の国際交渉に返り咲いたことを内外にアピールする目的で開催された気候変動サミットにおいて積極的な姿勢を示し、バイデン政権との共同歩調を強調する必要があったことは間違いがない。しかし、それだけではないだろう。

 エネルギー政策の重心を定めたうえで環境目標を抽出するという従来の手順は、環境対策にはコストがかかるという前提に立つ。しかし、菅義偉政権は、環境対策は経済成長につながるものであり、高い目標を示すことによって経済成長を牽引しようという「発想の転換」を説く。

 「発想の転換」という言葉は菅首相の所信表明演説でも使われ、その後もこの問題に関する関係閣僚の発言においても多用されている。環境目標は、コスト負担との兼ね合いで考えるべきではないということなのかもしれない。

技術や投資は間に合うか

 しかし、あと9年しか残されていないなかで、野心的な目標設定が経済成長を牽引するという前提は本当に成り立つのだろうか。

 2050年の脱炭素化というビジョンであれば、そうした前提が成り立つ可能性はあるだろう。産業革命以上の社会変革といわれるエネルギー転換を成し遂げるには、30年間でも短すぎるかもしれないが、野心的な目標設定によって技術開発や投資をこの分野に集中させるとともに、人々の行動変容を促すことの意義は大きい。

 欧州や米国が、実現性や具体策の議論の前に、脱炭素化を掲げたことも、ビジョンを共有する意義を重視してのことだと理解している。

 しかし、2030年はあまりに近い。あと5年もすれば同年のCO2排出量の着地は見えてくる。長期的なイノベーションに取り組むより、短期的な排出量の取引や税による排出抑制といった手段に頼らざるを得なくなるだろう。

 製造業の現場では大幅な省エネ技術への更新投資が必要とされるが、それが間に合わなければ、撤退あるいは海外への移転が加速しかねない。

 それにもかかわらず、新たな2030年目標の達成に向けた当面のコスト負担や雇用に関する国民や産業界への説明がほとんどなされていないことは気にかかる。

 少なくとも46%という目標の根拠や、エネルギー政策や産業政策との整合は国民に一切説明されていない。国際政治上、40%台後半の数字しか出しようがなかったということかもしれない。

 温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」が誕生したときに、「『自主的な』目標設定というのは、日本が独り負けする仕組みになるかもしれない」と看破された方がいたが、せめて、わが国にとって、それがいかに高い目標であるかを諸外国にどう説明されたかは問われる。

精神論ではない基本計画を

 本来、パリ協定が共有した目標は、2050年ではなく、今世紀後半の温室効果ガスの実質ゼロである。

 産業革命以降約200年もの間、増やし続けてきたエネルギー消費とCO2排出量を実質的にゼロにする社会に転換するには、大いなるイノベーションの社会実装が必要であるので、パリ協定は、短期的かつ法的な目標達成の義務化よりも、長期目標の共有を優先したはずなのだ。

 過去に経験したことのないスピードと広がりをもって、社会変革が進むなか、さまざまな発想の転換が求められることは、論を俟たない。

 しかし必要なのは、発想の転換によってイノベーションが加速することであり、その社会実装には長い時間がかかることへの覚悟もまた必要だ。

 また、エネルギーの安定供給はまさに生命線であり、その確保をおろそかにすれば、国家のリスク管理のレベルが問われることとなる。精神論ではない、エネルギー基本計画を期待したい。



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